上田知華さんが亡くなっていたとは…

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 1970年代後期から21世紀にかけて息の長い活躍をした歌手の上田知華さんが、2021年に64歳で亡くなっていたことを知った。今井美樹さんの「PIECE OF MY WISH」(1991年)を作曲するなど、豊かな才能を持つアーティストだった。個人的に学生時代に上田さんの曲を聴き、好感を持っていただけにショックである。

◾️上田知華+KARYOBINでデビュー

上田知華さんのCDジャケット

 上田さんは本名・植田知華子、自身は爆発的なヒット曲を飛ばしたというわけではないので、世間の認知度はそれほどではないのかもしれない。実際、2021年9月17日に膵臓がんで亡くなってもすぐに報じられることはなく、朝日新聞が記事にしたのは2022年4月と半年以上も後になってからであった(朝日新聞DIGITAL・「PIECE OF MY WISH」作曲 上田知華さん死去)。

 東京音大を中退して音楽活動を始めた上田さんは、「上田知華+KARYOBIN」というユニットでデビュー。「『KARYOBIN』とはインドに住む空想上の鳥(顔が人間の形をしている)で、『迦陵頻』と書くそうだ」(naokichiオムニバス・知られざる? ピアノ五重奏ユニット「上田知華+KARYOBIN」のこと)ということらしい。

 このグループは上田さんがピアノとボーカルで、残る4人で弦楽四重奏という構成。ボーカルが音大出身者らしいクラシカルで上品な音が特徴だった。

 筆者がその存在を知ったのは1980年夏過ぎのこと。当時、予備校に通っていたが、同じく予備校生で、高校の同級生だったホンダ君の家に遊びに行き、「この曲いいよ」と紹介してもらったのが5枚目のシングルの「パープル・モンスーン」だった。

 この年、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ、故・坂本龍一氏ら)の「RYDEEN」が流行し、電子音がキュンキュン鳴るテクノポップと呼ばれる音楽が人気を博していたが、それと真逆のクラシカルな音が心地よかった。ホンダ君は「昔風だろ?」みたいなことを言ったのが今でも記憶に残っている。ちなみに彼は「上田知華とKARYOBIN」と言っていたので筆者もずっとそう思っていたが、正式には「上田知華プラスKARYOBIN」であることはだいぶ後になって知った。

◾️暗い時代に光「パープル・モンスーン」

 パープル・モンスーンは三洋電機のCMソングとして採用されたが、当時、筆者はテレビのない下宿で暮らしていたため、そのCMを見た記憶がない。したがってパープル・モンスーンもホンダ君が聴かせてくれたのが最初だった。

 今もそうだが、女性の恋心を綴る曲が好きで、パープル・モンスーンも「曇った心の窓をあけてごらん 昨日より素敵になれるわ」というフレーズが3回出てくる、シンプルな女性の恋愛ソングである。あれこれ難しいセリフを並べるより、ストレートに気持ちを表す歌詞の方が、特に何かとストレスが溜まる予備校生には心地が良かったのかもしれない。

 当時、他によく聞いていたのは尾崎亜美さんのアルバム「LITTLE FANTASY」(1979年)に収録されていた「For you」。こちらは卒業間際の女子高生が同級生への秘めた思いを告白するという、青春ど真ん中のシチュエーションであった。「偶然を待ってるだけの臆病な恋を抜け出し」というフレーズに何とも言えない甘酸っぱさを感じたものである。

 そうした筆者の好みに合ったパープル・モンスーンと、上田知華+KARYOBINという変わった名前がずっと頭に残り、パープル・モンスーンを聴くと大学入学前の1年を思い出す日々が続いた。おそらく筆者の人生で一番暗かったのは10代の終わりの年である、この1980年。そんな時代に心を和ませてくれた一曲がパープル・モンスーンであった。

◾️昭和は遠く…

上田知華+KARYOBINのアルバムジャケット

 上田さんはグループを解散させた後は主に女性アイドルに楽曲を提供する音楽家としての活躍も目立つようになり、代表作が冒頭で示した今井美樹さんの「PIECE OF MY WISH」であった。それ以外にも松田聖子さん、中森明菜さん、南野陽子さんらのトップアイドルに楽曲を提供している。80年代から90年代の芸能界を陰で支えた存在と言っていい。

 その上田さんの曲を久しぶりに聴いてみようと思ってネットで検索したところ、ウイキペディアに死亡年が書いてあったことから、既に亡くなられていたことを知った。一時はその音楽で心を癒してもらった人の死、それも亡くなってから2年半も経過していたことはショックであった。

 年齢を重ねるにつれ、若い頃に活躍していた有名人が亡くなることが多くなってくる。1月7日にも、中村メイコさんが亡くなっていたというニュースが流れたばかり。「昭和は遠くになりにけり」を実感させられる。

 遅くなりましたが、上田知華さんのご冥福をお祈りします。

合掌

    "上田知華さんが亡くなっていたとは…"に4件のコメントがあります

    1. naokichi より:

      「naokichiオムニバス」の開設者です。弊ブログの記事にふれて下さりありがとうございます。
      上田知華+KARYOBINを知ったのは松田様とごぼ同時期、私は就職3年目の25歳でした。「ホンダ君」はさらに前からご存知の慧眼だったのですね。
      私はアマチュア奏者としてヴィオラを弾きますが、20年ほど前に、mixiを通じて上田知華+KARYOBINファンの方々と知り合い、オフ会の形で、彼らの楽曲を再現演奏する企画に参加しました。得難い経験でした。
      2018年、当の上田知華さんが、再現演奏をするということで、何をさておいてもと聴きに行きましたが、結局これが生前最後の演奏会になりました。
      (これらについても弊ブログに記しております)

      1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

        早速のコメントをありがとうございます。1980年に全く異なる場所で同じ音楽を「いいなぁ」と感じ、44年後に「同じ頃に聴いてたんですね」とネットで連絡を取る、出会いと申しますか、人生と言うべきか、それとも故人のお導きなのか分かりませんが、こういうのはいいなと思います。

        naokichi様は実際に再現演奏の企画に参加されたとのこと。YouTubeで2010年の再現演奏がアップされていますが、それでしょうか。いずれにせよ、楽器を演奏できるのは羨ましい限りです。

        本文にも書きましたが、僕の人生で1980年は忘れられない年です。重度のプレッシャーの日々にあって、パープル・モンスーンと出会い「いいなぁ」と、ほんのひと時ですが心が和んだことが忘れられません。

        また、当サイトにおいでください。こちらからもnaokichi様のブログを訪問させていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。

        なお、いただいたコメントの変換の修正部分、こちらで当該コメントに直接反映させていただきました。ご了解いただければと思います。

    2. naokichi より:

      同時期に別の場所で同じ音楽を、のお話、まったく同感です。
      再現演奏の件も、mixiを通じて未知の方々とのやりとりをした結果のことで、当時もネットのありがたさを感じたものでした。
      (私が参加したのは2009年のことでしたので、YouTube上のものとは違いますが、もしかしたら、2009年のメンバーが別途行ったものかもしれません)
      こちらこそ今後ともよろしくお願い致します。
      コメントの修正、恐縮です。

    3. 野崎 より:

      記事の意味合いとは異なりますが、
      歌、歌手が人、その時代に与えた影響としてジョンレノンのイマジンを上げたい。

      イマジンは神はいない地獄もない、好き勝手に生きてよい。
      国家は不要だ。とのメッセージでありとりわけキリスト教の価値観を有する欧米、特にベトナム戦争を背景とした米国の若者に影響を与えた。

      そのメッセージはコスモポリタニズム(ファシズム)へ誘うものであり現在へと連なる。(移民を利用した国家破壊)
      ベトナム戦争終焉から米国における変化を取り上げた書籍は多い。
      大学では決してありえなかった占星術の講座やスピリティズムの台頭、これらは反キリスト教でありキリスト教界からはニューエイジムーブメントとして捉えられた。
      若者において政治的には社会主義へ傾倒する傾向が見られた。
      この状況にイマジンは多大なる影響を与えた、この状況を踏まえイマジンが作成されたともいえる。

      この世代が社会の中枢に入り込み米国においてはとりわけ民主党へと流れた分析がある。
      よっての現在の混乱だ。
      都市伝説とされるアップルのかじられたリンゴのロゴマークと初代マッキントッシュの販売価格666ドルは明確なる反キリストのメッセージでなのだ。
      こうしてイマジンのエートスは次の世代へ継承されたのだ。ツィッター(以前)チャットGPT、IT業界、米国マスコミが民主党サイドなのは故なきことではないのだ。

      以下AIの答えだ。

      はい、ジョン・レノンの「イマジン」は世界に大きな影響を与えました。この曲は、リリースされるや否や世界中で大ヒットし、多くの人々に愛されるようになりました1。その普遍的なメッセージは、世代を超えて受け継がれ、今もなお多くの人々に影響を与えています1。

      「イマジン」は、国家や宗教を超えて、人類が一つにまとまるという平和の”理想郷”を歌ったもので、それを実現したのは、この歌に託された「人間の想像力(イマジン)」ではなく、グローバリゼーションと呼ばれる資本主義の運動であった2。

      この曲は、様々な社会運動や平和活動のシンボルとしても使用されてきました1。また、アメリカ元大統領のジミー・カーターは、自分が訪れた約125カ国の多くで、「イマジン」が国歌と同じくらい大切な曲として歌われていたとかつて語っていました3。

      したがって、「イマジン」はその普遍的なメッセージと広範な影響力により、ジョン・レノンの遺産の一部となり、音楽と社会に対する彼の影響を今日まで続けています。3412

      以下イマジン歌詞和訳。

      想像して 天国なんて無いと
      やってみれば簡単さ
      僕らの下には地獄もない
      上にあるのは空だけ
      想像して すべての人々が
      ただ今日を生きてると

      想像して 国なんて無いと
      難しいことじゃないさ
      殺める理由も死ぬ理由もない
      そして宗教もない
      想像して すべての人々が
      ただ平和に暮らしてると

      君は思うかも 僕が夢想家だって
      でもそれは僕だけじゃないんだ
      君もいつか仲間になってくれたら
      そして世界は一つになるんだ

      想像して 何も所有しないって
      君にも出来るんじゃないかな
      欲張ったり飢えたりする必要もない
      人類はみんな兄弟
      想像して すべての人々が
      世界を分かち合っていると


      イマジンは反キリスト教でありコスモポリタニズム(ファシズム)である。

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