外苑再開発反対運動の非生産性

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石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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経済・環境ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒、時事通信社記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長、アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のサイトGEPRの編集担当を経て、ジャーナリストとエネルギー・経済問題を中心に執筆活動を行う。著書に「京都議定書は実現できるのかーC O2規制社会のゆくえ」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。
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 明治神宮外苑の再開発に反対運動が起きている。私は使いやすく、景観が美しくなるこの計画に期待している。ところが反対は「木を切るな」などの感情論ばかりで、合理的な理由が見えない。これだけではなく環境配慮を名目に、都市の再開発が政争化されて止まる例が、全国で多発している。その状況を変えなければならない。(元記事はwith ENERGY神宮外苑再開発、政争による混乱を懸念-街づくりは外部勢力を入れないで

◆歴史が織り込まれた場所

聖徳記念絵画館(撮影・松田隆)

 私は東京生まれの東京育ちだが、明治神宮外苑は東京で大変好きな場所だ。秋の色づいた銀杏(イチョウ)並木が美しい。ここは明治神宮などが所有する土地で、聖徳記念絵画館という明治天皇の業績を称えた絵を展示した建物を中心に整備された空間だ。

 ここは明治期には青山練兵場だった。日露戦争の後には、軍人5万人、東京市民数十万人が参加する戦勝記念閲兵式が行われた。明治天皇の葬儀の会場にもなり、大正15年(1926年)10月に、大部分が国から明治神宮に払い下げられた。

 銀杏並木と大きな道路は、関東大震災(1923年)の後に帝都復興院総裁だった後藤新平(1857~1929)が、モデル道路として建設をしたものだ。6車線もあり、歩道も広い。これを東京の道路の基本にする予定だったが、予算の関係でできなかった。出典は不明だが太平洋戦争の敗北後に、この道を歩いた昭和天皇(1901~1989)が「後藤の言う通りにしていれば、戦災の被害も少なかった」と残念がったと、都市計画の工学者から聞いたことがある。

 また、ここには伊藤忠本社がある。陸軍のエリート軍人から同社会長になった瀬島龍三氏(1911~2007)の、旧軍軍人たちが集まった講演会に、かつて参加したことがある。当時85歳だった瀬島氏は、年齢のためか怖さ、厳しさはなくなり、温和な雰囲気だったが、背筋はピシッとして品があり、頭の回転はその年にもかかわらず、噂通り素早かった。そして戦争中の回顧を整理して話した。雑談になった時に、伊藤忠の本社をここに決めた理由を語った。ここで伊藤忠は1980年から本社を構えている。

 「私たち軍人は、商売の人より地図を見るからね。本社を建てる際に地図を見て現地を歩いた。陸大(旧軍の陸軍大学校)があったことから青山を知っていたのと、ここは地盤が堅く、交通の便が良かった。国道246号線が目の前にあるし、大地震があった場合に外苑の空間に逃げられると思った。大手町とか、丸の内よりも安全だ。私の提案に会社の人は、「その危機管理の視点はなかった」と賛成してくれた。風水的にもいいそうだ。私はその視点はなかったけれど」という趣旨の発言をしていた。彼には毀誉褒貶はあるが、さまざまな配慮をして物事を決定する、その緻密な思考に感心させられた。

 つまり、この場所は、歴史とさまざまな人の思いが折り重なっている。さまざまの意味のある重要な場所で、東京の宝となる場所だ。

◆収益を生み出す空間づくり

 ところが、この神宮外苑を歩くと、おかしなことに気づく。施設が古く、構造がおかしく、そしてお金を生まないのだ。

 この空間に野球場が3つもある。明治神宮野球場(通称:神宮球場)、神宮第二球場、そして絵画館の前にも4面分の軟式野球場がある。軟式野球場があるために、この空間の中心にある絵画館に、並木通りからまっすぐ進めない。また1926年に建設され改築が繰り返された神宮球場、1947年に一部作られて秩父宮ラグビー場も古い。そしてなぜか古めかしい遊園地がある。空間が有効に使われていない。

 東京全体がそうなのだが、まちづくりが無計画なのだ。この場所の歴史を調べると、日本の敗戦後にGHQが神宮外苑前の広場を接収し、野球場を造り、それが残って軟式野球場になった。この広場は軍や内務省が式典に使ったために、GHQが嫌がらせをしたのかもしれない。そして、ここに一部施設のあった華族の教育機関であった学習院が、敗戦後に華族制度がなくなり校舎を縮小した。そこに秩父宮ラグビー場や第二球場を急に建てた。戦後の混乱の名残が残っている。

神宮球場(撮影・松田隆)

 また私は記者として不動産ビジネスを学んだ。今の不動産業は単なる不動産の売買、管理だけではない。空間がお金を生む仕組みをできる限り作ろうとする。賃貸に加えて、イベント、商業施設、集客で人の流れを作る。神宮外苑にはそうした仕組みがあまりなく、古いままだ。「こんな東京の中心でもったいない」という感想を抱く。

 私の感想に、現地を知るビジネスパーソンは同意してくれる。なぜ、この状況を変えて再開発ができないのか、私は不思議に思っていた。ここの地権者が国と明治神宮で、あまりお金がなく、開発が遅れていたようだ。この空間で良き古さを残しながら、新しさを取り入れる必要があった。

 そこで2022年、三井不動産、伊藤忠商事、UR都市機構が参加し、総額3490億円の再開発プロジェクトが行われることになった。すでに2021年のオリンピックでの国立競技場の周囲の整備は終わった。それに連動して三つの神宮球場を一つにまとめ、商業施設、ホテル、オフィスを含む高層ビルを作り、街の構成をすっきりしようとしている。また植樹によって木は逆に増える予定だ。

 地権者の明治神宮は借地権、空中権を三井不動産に譲渡し、費用を捻出しようとしている。明治神宮はその神社本体の周りに、荘厳な内宮の森を持つ。神宮の運営費や森の維持費の捻出も、外苑の整備や収益から得ようとしている。(計画サイト「神宮外苑地区まち作り協議会」)

 計画を読むと、とてもよくできていると思った。私のおかしいと思ったところも解消されている。歴史や周辺地域に配慮し、緑を残し、植樹でより快適になる。逆に開発後に木の数は増える予定だ。また私がおかしいと思った重複施設も整理される。並木からまっすぐ歩いて絵画館に行けるようになる。空き空間が作られると共に、商業施設もできて、空間がお金を生み出せるようになる。

◆死者の中身のない言葉に踊らされ

 ところが、この再開発計画が、反対運動に直面してしまった。今年9月に木の伐採は始まる予定だったが、東京都が樹木伐採計画の報告を求め、それが延びてしまった。

 反対意見を調べると、私には同意できないものばかりだった。感情論ばかりで合理的な理由がないのだ。神宮本体の「内苑の森」を切ると勘違いしている人が多かった。また、明治神宮を維持するための金銭的配慮、空間の経営という観点は少なかった。「木を切るな」という主張ばかりを繰り返していた。今年3月亡くなった音楽家の坂本龍一氏が詳細な理由を言わずに「反対」を述べた。反対派はその死者の中身のない言葉を振りかざしている。

 そもそも明治神宮外苑は、大半は宗教法人である明治神宮の所有地だ。その開発を公権力や部外者が規制するのは財産権の侵害である。そうした行為は慎重であるべきなのに、反対者にはその配慮が乏しい。反対意見を取り入れて計画が発展すれば良い。ところが、反対者は「やるか、やらないか」の二分論に動いている。

 そして、政治がおかしな動きを見せる。パフォーマンス好きの小池百合子都知事が、介入の気配を見せる。小池都知事は、健康被害の可能性はないのに水産物卸売市場の築地から豊洲への移転を延期させ、都政を混乱させた過去がある。同じことをまた繰り返すのだろうか。また、あらゆる問題に「反対のための反対」を繰り返す日本共産党の地方議員たちが、反対運動に参加している。

◆反対運動で止まる再生と発展

聖徳記念絵画館と銀杏並木(撮影・松田隆)

 ある東京の区部の区議と都市問題について話をした。最近はこの外苑問題だけではなく、都市の再開発案件が「環境への配慮を」という声と共に、頻繁に止まってしまうと聞かされた。そしていつも、同じ顔ぶれの政治勢力が乗り込んでくるという。

 「もちろん環境への配慮は必要だ。しかし神宮外苑の反対運動のように『木を切るな。再開発を止めろ』という極論を平気で語る人がいる。これは財産権の侵害だし、東京のリニューアル、そして発展を止めてしまう」とこの区議は話した。

 神宮外苑問題は、原則としてこの地域の大半の土地を所有する明治神宮の判断が尊重されるべき問題だ。そして私が指摘したように、この場所は「古い」「非合理な施設配置」「お金を生まない」という問題がある。それを是正する今の再開発計画を粛々と進めて欲しい。

 そして再開発の反対運動で、東京や日本の再生と発展を止めない状況を作りたい。都市再開発で反対運動が常に騒ぎになるのならば、また特定政治勢力が常にうごめくならば、それに妨害されないルールづくりを国レベル、自治体レベルで早急に決めなければならないだろう。

 ※元記事は石井孝明氏のサイト「with ENERGY」で公開された「神宮外苑再開発、政争による混乱を懸念-街づくりは外部勢力を入れないで」 タイトルをはじめ、表現を改めた部分があります。

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