イクイノックス引退 当然の選択

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 世界最強の呼び声が高いイクイノックス(牡4、木村哲也厩舎)の現役引退、種牡馬入りが11月30日、所有する(有)シルクレーシングから発表された。キャリア10戦、4歳での引退に早過ぎるという声もあるが、引退は当然と言ってもいい。

◾️競走馬の資産価値の最大化

現役引退を発表する米本昌史代表(東スポレースチャンネル画面から)

 イクイノックスは11月26日のジャパンCを優勝、G1・6連勝を飾った、そのわずか4日後に現役引退が明らかにされた。競馬ファンの中には、強いイクイノックスをまだまだ見たいという人も、来年は欧州で、特に凱旋門賞を制してほしいという声もあるように思う。

 そうした声を封じて種牡馬入りさせたのは、一言で言えば「現役を続けるよりも、種牡馬にした方が得だ」と社台スタリオンステーションを運営する人々の意見が一致したからと言っていいと思う。

 日本の競馬は「自らの競走馬の資産価値を最大化するための競技」と言い得る。牡馬でも牝馬でも現役を引退して繁殖になる時、なってからの価値をどう大きくするかが問題で、そのためにはビッグレースを勝つことが何より重要になる。

 もっとも、G1レースを3つ勝った馬より、4つ勝った馬の方が繁殖としての価値があるというわけではない。たとえば、皐月賞・東京優駿・天皇賞(秋)を制した3歳馬と、菊花賞・天皇賞(春)・宝塚記念・有馬記念を制した4歳馬が種牡馬になった場合、血統的背景に大差なく、勝ち方も常識はずれの強さを見せるなどがなければ、通常、前者の方が種牡馬としての価値は高い。

 前者は3歳春のクラシックシーズンから活躍していたこと、天皇賞(秋)を制していることでハイレベルの10fのG1を勝つスピードがあることが評価され、逆に後者は菊花賞・天皇賞(春)を勝っていることからステイヤーとしての資質がありスピードが伝わりにくいのではないかと不安視され、宝塚記念は11fのG1ではあるが、天皇賞(秋)に比べるとレースレーティングが低い、即ちメンバーが落ちると評価されることが多いからである。

 イクイノックスの種牡馬としての期待度を中心とする資産価値は今が最高と言っていい。この後、有馬記念を優勝したところで、その価値が今以上に上がることは考えにくい。仮に勝ったとしても伏兵に詰め寄られてギリギリ粘り込んだといった勝利であれば、カリスマ性が失われ価値の低下に繋がりかねない。目先の賞金欲しさにリスクの大きいレースを使うのは資産価値の最大化とは相容れない選択肢である。

◾️イクイノックス幻のローテーション?

 イクイノックスは、3歳春のクラシックは連続2着であったが、秋の天皇賞から海外を経て今年のジャパンCまで無敵の6連勝(宝塚記念は際どい勝負だったが)。IFHA(国際競馬統括機関)が発表するワールドベストレースホースランキングではレーティング129でトップに立っている(11月9日発表分)。世界ランキング1位とメディアがいうのはこの点を指していると思われる。

 このレーティングでは仏ダービー+凱旋門賞を制したエースインパクトと、プリンスオブウェールズSと国際Sを連勝したモスターダフが2位タイ。英愛ダービーなどを制したオーギュストロダンは、タイトルホルダーと並ぶレーティング124で10位タイとなっている。

 イクイノックスは今回のジャパンCの優勝でさらにレーティングを上げることになり、2位の2頭が既に現役引退しているため、2023年の首位は間違いない。

 シルクレーシングの米本昌史代表は引退の会見の中で以下のように語っている。「私の立場からしますと(種牡馬として)相応の評価をいただけているというのが(現役引退の)大きな決断のポイントかなと思います。…本当に素晴らしいレースを見せてもらって、あれ以上のものというのが来年あるかもしれませんけれども、木村先生(調教師)とも話してはいるんですけども『あれ以上のものがあるのだろうか』と。」

 仮にイクイノックスが来年、さらに種牡馬としての価値を高めるとしたら、欧州のビッグレースを勝ち続けるか、あるいは米国のBCクラシックを勝って芝・ダートともに世界最高レベルを示すしかなさそう。

 具体的にローテーションを考えれば、既にドバイシーマクラシックは制しているために、3月の中東シリーズは出る価値がなく(ドバイワールドカップなら行く価値はある)、スタートは6月のロイヤルアスコット(プリンスオブウェールズS)あたりで、その後、国際SもしくはKジョージⅥ世&QエリザベスS経由で凱旋門賞というところか。イクイノックスなら1つか2つは勝ちそうな気がするが、それでも種牡馬の価値が極端に上がるかと言われると、それは難しい。

 現時点で「欧州でも極端な道悪以外なら負けないだろう」というのが大方の見方と思われる。その分の評価は今、種牡馬入りする際には含まれているはず。それを証明するために現役を1年延長して実際に勝ったとしても、(やっぱり強かった)というものに過ぎない。米本氏の言う『あれ以上のものがあるのだろうか』という言葉にはそのニュアンスも含まれているように思う。

◾️欧州勢とこれ以上戦う価値はあるのか

ラストランは東京競馬場

 欧州勢との戦いという点では、ドバイシーマクラシックの結果である程度の結果証明がなされている点も見逃せない。この時の4着が前出のレーティング2位タイのモスターダフで、このレースの後に英国のG1を2勝し、欧州最優秀古馬に輝いている。また、2着ウエストオーバーはサンクルー大賞、3着ザグレイはバーデン大賞をドバイシーマクラシック後に優勝した。

 特にモスターダフに完勝したのは大きく、欧州でもイクイノックスが名前を知られているのは、その点が重視されているからと言っていい。

 もちろん、今後、種牡馬として成功するかどうかは未知数の部分が大きい。ただ、魅力的なのは、ディープインパクトが自分より強い産駒を出していない状況なのに対して、ブラックタイドーキタサンブラックーイクイノックスと、父系が代を経るごとに強くなっている事実である。

 上記のような事情、さらに故障して全てが無に帰するリスクを含めて考えれば、まだキタサンブラックが若いとはいえ、ディープインパクト級のスーパーホースを最高の評価のうちに種牡馬入りというのはオーナーサイドとしても当然考える。イクイノックスの引退はある種、当然と言っていい。

 

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