米国の種牡馬に制約 種付け年140頭まで

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 米ジョッキークラブが5月7日、1頭の種牡馬が年間に種付けできる頭数を140頭に限る新ルールを発表した。日本では人気種牡馬が200頭以上種付けすることは少なくないが、米国ではそうした寡占状態の緩和に乗り出すことになった。

■1年で140頭しか種付けができない

日本で種付け制限導入なら大騒ぎに

 米国の血統登録機関であるジョッキークラブのリリースによると、2020年以降に生まれたサラブレッドが種牡馬になった場合、1年の種付けは、米・加・プエルトリコの3か国の牝馬に対して140頭に限るとした。2019年以前に生まれて種牡馬になった場合には制限はない。実際に制約が生じるのは2023年以降であろう。

 2019年9月6日に種付け制限について検討に入ることを発表していたが、その時は2021年から140頭制限を導入し、新種牡馬については供用初年度から3年後までを制約から外すこととするものであった。当初はかなり強力な制約を検討していたようだが、あまりにドラスティックな変革は生産界から受け入れられなかったということかもしれない。

 ジョッキークラブがこのような決定をした理由は「遺伝子の多様性の確保」である。特定の種牡馬に種付けが増えるとサイアーラインの偏在が生じるため、それを緩和させるというもの。

 確かに無名の種牡馬から種牡馬になれるような産駒が生まれる可能性は高くないであろう。人気種牡馬に200頭以上の牝馬が集まり、不人気種牡馬は10頭にも満たない状況では不人気種牡馬のサイアーラインはそこで途切れてしまう場合がほとんどであろう。

■英セントサイモンの悲劇

 ジョッキークラブが示したデータは2007年に140頭以上に種付けをした種牡馬37頭おり、この37頭で5894頭に種付けされていた。占有率は9.5%だったという。この数値が2019年には140頭以上に種付けした種牡馬が43頭、種付け頭数は7415頭で占有率は27%に上昇しているとする。

 人間の社会で言えば、富の偏在が著しくなっているということであろう。かつて英国ではセントサイモンという10戦10勝の名馬がおり、種牡馬となってからも人気が出たが、直系子孫が増えすぎたためにやがてその父系は衰退したという「セントサイモンの悲劇」の実例がある。つまり人気種牡馬は多くの牝馬も残すため、いい種牡馬であっても、近親交配を避けるために種付け頭数を確保できなくなり、結果、優秀な子孫を残せないという現象が起こり得る。

 そうした実例があるために、ジョッキークラブとしては遺伝子の多様性を確保することを目指すのである。

 もっともこの点について米ウィンチェスターファームの吉田直哉代表は「恐らくこの制限案策定の背景には、新旧の種牡馬事業体間の駆け引きもあるのではないかと思う」(週刊競馬ブック2019年10月15日発売号コラム「一筆啓上」)としており、生産界のパワーバランスに理由を求めている。

■種付け制限が経済に与える影響

 確かにジョッキークラブの主張も一理あるが、競走馬の生産界に与える影響は小さくない。人気種牡馬は140頭しか種付けできないのであるから、種付け料がアップするのは目に見えている。そうなると誕生した競走馬の価格も上昇するであろう。

 例えば、種牡馬シンジケートを組んで50頭の牝馬の種付けを行えるようにした馬がいたとしよう。余勢(シンジケート参加者以外の牝馬への種付け)を1頭につき1,000万円として、180頭に種付けすれば、18億円の収入が見込める。しかし、140頭制限にかかればシンジケートの50頭を除き余勢90頭しか種付けできず、収入は9億円となってしまう。

 種牡馬の所有者(シンジケート)としては期待された収益を上げようと思えば、種付け料を2,000万円にするであろう。これは繁殖牝馬を持つ者にとっては厳しい選択となる。それを計算して余勢の金額を下げれば、シンジケート会員の損失ということになるから、その前提であれば種牡馬シンジケートを組む時にはそれほど高額で組めなくなる。そうすると、競走馬時代のオーナーは、「もっと高く買ってくるところに売ろう」と思って、欧州や日本などに販路を求め、米国から優秀な種牡馬が外国に流出してしまうリスクが生じる。

 そもそも優秀な種牡馬の種付け頭数を制限することで、セントサイモンの悲劇は避けられても、結局、サラブレッドの品質そのものが低下する可能性もある。現代は国際競走が頻繁に行われており、自国のG1レースの多くを外国調教馬に持って行かれてしまうことも考えられる。そうなると生産界全体が沈滞してしまうであろう。

■種付け制限は「自由競争への干渉」の声も

 こうした多くの問題を孕むため、米国でも反対の声は強い。前出の吉田直哉氏は「私のこの新案に関する第一印象は『自由競争への干渉』だ」としている(前出コラム)。

 ちなみに日本の生産界を見ると、有力馬を多く抱える社台スタリオンステーション(北海道安平町)では、2019年度の種付けで140頭を超えたのはロードカナロアの245頭を筆頭に18頭いる。日本の生産頭数は2019年でサラブレッドが7387頭。米国の3分の1程度であるから、米国以上の偏在と言っていいかもしれない。

 今回の米ジョッキークラブの決定は、日本ではそれほど話題になっていない。しかし、米国のサラブレッド生産、ひいては世界の競馬の流れを変えかねない出来事になるかもしれないと思っている。

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