気がつけば松田聖子がそこにいた

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 歌手の松田聖子さん(59)が4月に「青い珊瑚礁」のデジタルバージョンの配信を開始、合わせてダンスバージョンを公開し、話題になった。6月からは40周年記念ツアーを再開するようで、還暦を前に元気いっぱいである。

■大学の4年間と重なったアイドルの時期

ザ・ベストテン出演時の松田聖子さん(YouTube:HEART BEAT707から)

 松田聖子さんは1980年4月に「裸足の季節」でデビューし、1985年に俳優の神田正輝さんと結婚して一時的にアイドルから引退した。このアイドルの時期が僕の大学生時代とピッタリと重なっている。在学中の4年間、さまざまな思い出があるが、気がつけば松田聖子さんの歌声がBGMのように脳裏に流れる。

 デビュー当時、「ぶりっこ」と呼ばれ、女性からは嫌われていたようで、僕の周囲の女子大生の友人も「何、あの子?!」みたいな否定的な反応が多かった。それが1982年1月発売のシングル「赤いスイートピー」あたりから流れが変わってきた。周囲の女性の声は「松田聖子、好きじゃないけど、歌はいいよね」と認めるような発言に。

 1985年に結婚して引退する前には「何で辞めちゃうの、聖子ちゃん!」というノリになる、一連の経緯をリアルタイムで見てきた。大学を卒業して日刊スポーツで働き始め、彼女が結婚後にリリースしたアルバム「Strawberry Time」(1987年4月)を聴いて、その完成度の高さに驚かされたものである。

■「時間の国のアリス」が背中を押してくれた

 僕自身、松田聖子さんの曲で最も好きなのは「時間の国のアリス」(1984年5月)。

 当時、僕は4年生で、就職活動をしていた。学生が社会人になる前の通過儀礼のようなもので、(これが大人の世界か)と感じさせられることが多い。以前にも紹介したが、就職活動解禁前に世界的な大企業のOB訪問をした際、「今頃何しにきた、とっくに終わってるよ」とあしらわれるなど、傷つくことが多かった(参照:怒れ!就活生 僕も経験した大企業の舐めた態度 1984年夏)。「こんなことを言われたよ」と落胆して剣道部の同期生に話すと、「お前、いい加減、大人になれよ」と言われたものである。

 社会に出る直前、悩める僕が自分自身に言い聞かせていた言葉は以下のようなものだった。

「正しいものは正しい、間違っているものは間違っている。間違っていることを正しいと思うことが大人になるということであれば、僕は大人になんかなりたくない」

 そんな時に出会ったのが「時間の国のアリス」。テレビで松田聖子さんが歌っているのを見て、歌詞の一節に引き込まれた。

 ♪ 誰だって大人にはなりたくないよ 永遠の少年のあなたが言うの ♫

 松田聖子さんは僕と同じような気持ちでこの曲を歌っているのではないかと考え(今となっては笑ってしまうが)、急に身近な存在に思えた。正しいことを正しいと主張できるマスコミの世界に入りたい、自分の信じた道を貫きたいと思い、選んだ会社が日刊スポーツ新聞社。「時間の国のアリス」が、記者になりたいと願う僕の背中を押してくれた。

■学生生活の終わりは「Canary」

 入社直前、僕は埼玉県に住んでいたが、築地の日刊スポーツまで通勤するには遠いため、東京でアパート暮らしをすることにしていた。大学卒業前、僕は地元の女性と交際していた。僕の部屋で、あるいは自動車で移動中、松田聖子さんの曲をかけることも少なくなかった。

 離れ離れになれば別れることになるだろうと、お互い口にすることはなかったが、暗黙のうちに分かっていたように思う。その時期に「Canary」を2人で聴いた。この曲は女性が恋人と別れ、都会に出て一人暮らしを始める歌である。

アルバム「Canary」のジャケットから

 ♪ 自由に飛べばいい 夢をあきらめないで ぼくの手のひらから 羽ばたいてゆくがいい 静かに言ってあなたは 私の背中押したの ♫

 これを聴き終わった時に、彼女が「私たちみたいだね」とポツリと言ったのを忘れることができない。(やっぱり彼女もそう思っていたんだ)と知り、別れの時が来たことを悟ったのである。

 その数日後、実家を後にした。学生生活の終わりも松田聖子さんの曲だった。

■還暦迎える聖子さん これからもお元気で

 松田聖子さんは来年還暦を迎える。その年まで現役のアーティストとして頑張っていることを同世代の人間として嬉しく思う。

 松田聖子さんの曲が流れる時代に学生生活を送った僕にとって、彼女は特別な存在。今、僕自身がライターとなっているのは、1984年の時間の国のアリスの延長線上にある。21世紀の今、再び彼女の曲をBGMに仕事ができる幸運を思う。

    "気がつけば松田聖子がそこにいた"に4件のコメントがあります

    1. MR.CB より:

      》》ジャーナリスト松田様

      私たち還暦世代にとって『聖子ちゃん』は正真正銘のトップアイドルですね。小生が二十歳頃(1981年)には聖子ちゃんカットが大流行しました。街中の女性の大半が松田聖子と同じ髪型と言っても決して大袈裟ではないくらいの社会現象だった様な気がします。当時はなぜか髪型だけで、普通のファンでも可愛らしく見えてしまったものです(笑)。
      学生から社会人になる過渡期は、誰にとってもある種のジレンマが起きるのではないでしょうか。私もよく上司から「清濁併せ呑む」=大人の様なことを、居酒屋で飲みながら諭された記憶があります。善悪分け隔てずに受け入れるって結局のところ、「妥協すれば気が楽になりますじゃん」みたいな(笑)。いつも冷めた気持ちで聞いていました。面従腹背の新米サラリーマンが私にとって大人の始まりだったと言えますね。
      バンバンの「いちご白書をもう一度」やGAROの「学生街の喫茶店」なんかも、ベタですが心に残る一曲です。久しぶりに聴いてみます。

      1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

        >>MR.CB様

         コメントをありがとうございます。季節外れの返信で失礼します。

         確かに聖子ちゃんカット、多かったですね。当時から「ボリュームありすぎだな」とは感じていましたが、とにかく、松田聖子さんは僕たちの世代にとっては特別な存在だと感じます。

         それにしてもMR.CB様も僕が感じたような大人の始まりを経験されたんですね。当時は僕たちがおかしい、成長しない学生のように思われていたように思いますが、今はだいぶ、僕たちの方に社会が寄ってきたように思います。

         たまに思いますが、何でもない平凡な1日でいいから、昭和の日に戻ってみたいと考えます。いいことも悪いこともありましたが、青春の日々でした。

    2. ぷんぷん丸 より:

      少々世代は下りますが(笑)、それでも聖子ちゃんはトップアイドルでした。
      見る歌番組、出てない時は無いほどでした。それほどコアなファンでは
      ないですが、一通りヒット曲は口ずさめます。(サビ部に限る)

      つい最近、某動画サイトでライブの様子を見たのですが、MCが思いの外お上手なのですね。
      面白くてつい、色々見てしまいました。

      ファンを楽しませようとする様子が、
      本当のエンターテイナーなのだ、と思った次第。
      芯の強いところと、天然なところが、混在して良いですね。

      世知辛い記事が多い中、ほっこりする記事でした。
      昔の音源聞いてみようっと。

    3. Rio:D より:

      ♪ 自由に動けばいい 野望あきらめないで 姫のブログ見たら 同意されゆくがいい 高らかに言ってあなたは 神経逆なでしたの ♫

      心の俳句(自由律)

      すみません、来宮関係のリンクから来たものでして・・・。
      いつも関心をもって拝見しております。

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