首里城で火災 正殿と北殿が全焼か 思い出す案内役の女性との会話

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 沖縄県那覇市にある首里城で10月31日午前2時頃に火災が発生し、正殿や北殿などが全焼した様子である。信じたくない、悪夢のような事態である。

■世界遺産に登録 華麗な姿に感じる中国の影響

2011年8月7日、雨の首里城正殿

 報道によると正殿から出火し、正殿と北殿が全焼、南殿も延焼しているという。言うまでもなく首里城は沖縄の顔と言ってもいい存在。2000年に首里城跡が「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として世界遺産に登録されている。

 実は僕は子供の頃から首里城に行きたいと思っていた。沖縄が日本に返還される前、琉球政府が発行していた「琉球切手」が人気になったことがあり、その中の「守礼門」(3C)の造形の美しさに目を奪われた。(一度は行ってみたい)と思っていたが、2011年8月に実現。写真はその時のもので、守礼門も撮影したが、正殿もしっかりと写真に収めた。その時に(琉球は昔から、中国の影響を受けていたんだな)と強く感じさせられたのを覚えている。

■印象に残る首里城の案内役の女性

 首里城を訪れた時に、案内役の若い女性と話をしたのを覚えている。首里城と、琉球王朝のことを聞いた後、沖縄の方の意識をうかがった。

松田:首里城にいた琉球の王家の子孫は、今もご健在なんですか?

女性:今も沖縄にお住まいみたいです。先日もラジオに出演されていたようです。普通に暮らしていらっしゃるようです。

松田:沖縄の方は、日本人より琉球人という意識が強いんでしょうね。

女性:そうかもしれません。

松田:あなたは、日本人であることをどう思いますか?

女性:私ですか? 私はもちろん沖縄が好きです。でも、日本も好きですよ。

 「日本も好きですよ」という言葉が非常に印象に残った。彼女のような一般の方でも、やはり日本は自国という意識が希薄なのであろう。我々の持つ民族や国家への意識との乖離をはっきりと感じさせられた。それが現在の沖縄に関する様々な問題の根にあるのだろうと考えながら正殿を見て回った。

 首里城が火災と聞き、真っ先に思い出したのは、その女性との会話。首里城の美しさとともに今でも強く印象に残っている。当時はまだ日刊スポーツに在籍中だったので、新聞記者のような聞き方をしてしまったのかもしれない。あの女性は今も首里城で働いているのだろうか。沖縄の象徴とも言うべき首里城の火災に心を痛めているに違いないと思うと、僕の心も痛む。

 僕の思い出話はともかく、今は被害を最小限にとどまってほしいと願うのみ。そして早期に再建し、美しい姿を再び見せていただきたいと思っている。

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