24年後もサバイバー 中島瑞果(5)君のための追放

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 『サバイバー』日本版に出場した中島(現姓・丸山)瑞果氏が3月3日、市川浦安保護区の保護司として辞令を交付された。その様子は弁護士JPニュースで報じられ、Yahoo! JAPANなどポータルサイトにも転載されている。番組放送から24年、“みずっち”の活動が再び多くの人の目に触れることとなった。同氏の現在については本連載の後半で詳述することとし、第5回は再び時計の針を2002年春に戻す。

◾️絶妙なポジション

保護司の辞令を手にする中島(現姓・丸山)瑞果氏

 チーム戦を6回戦い、6人が追放されたところで両チームが合流して10人による個人戦がスタートする。中島氏(当時30歳)のデレブチームは2度チャレンジに敗れた結果、桑野京美氏(当時40歳=主婦)と岡部泰三氏(当時26歳=ボーイスカウト日本代表)の2人を追放し、6人で合流することになった。4人を追放し、残る4人で合流することになったベケウに対して圧倒的に有利な立場である。その上で、目立たない、敵を作らない作戦で累積は1票もなく、多数派での合流となった中島氏の戦いぶりは極めて順調であった。

 合流前のデレブでは、リーダーの小野郷司氏(当時32歳=会社経営)と松尾純子氏(当時36歳=レストランプロデューサー)という強烈な個性を持つ2人が並び立つ関係にあったが、中島氏はどちらとも良好な関係を築いていたという。

 「小野っちは姐やん(松尾氏)をあまり好きではないのはわかっていましたし、姐やんはリーダーシップをとりたかったみたいで、何となく小野っちが気に入らないようでした。『どうして小野がリーダーなのよ』という思いを持っているのが、私には感じられました。2人ともお互いを邪魔な存在と思っていたのではないでしょうか。そのせいか、私のところに『姐やん何か言ってた?』ですとか『あいつ(小野氏)何だって?』と聞いてくることが何度かありました。」(中島氏、以下、ことわりなき限り同氏)

 強烈な個性の間に入り、どちらとも良好な関係を築くという絶妙なポジションに収まり、しかも、独立独歩の傾向が強かった蓑島恵利氏(当時28歳=ダイビングインストラクター)ともゲーム以外の生活で強い絆を持つという、非常に強固な地盤の上に身を置くことに成功した。

◾️高波氏に投票集中

 6対4での合流とあり、中島氏の所属するデレブの優勢は明らかであった。チーム内では「個人戦はデレブでベスト6に行こう、がんばろう、という感じでした。そのために(メンバーから浮いていた)よっしー(吉野大輔氏、当時30歳=元僧侶)は残しておこうという共通認識が、何となく共有されていたように思います」と、数の力で押し切る考えを全員で持てていたという。

 こうした考えは相手にも伝わるものなのであろう。「旧ベケウは『ゲームに勝たないと追放される』という強迫観念のようなものが見て取れて、最後までそれを崩しませんでした。心の距離が近くなるには時間が足りませんでした」と振り返る。

  合流後も旧所属チームの牽制が続く中、例外とも呼べるのが、番組でも紹介された旧ベケウの高波邦行氏(当時23歳=ボクサー志望)と旧デレブの黒岩敦夫氏(当時54歳=元漁師)との交流である。高波氏は番組内で父親がいない環境で育った旨を話しており、黒岩氏に父親の影を見ているかのように描かれていた。

 「クニ(高波氏)がお父ちゃん(黒岩氏)と楽しそうに生活しているのは、本当にほっこりしましたし、お父ちゃんも嬉しそうでした。その意味でデレブに一番なじんだのはクニだったと今でも思います。逆にタク(平井琢氏、当時26歳=リバーガイド)は辛かったと思います。私たちの狙いは(抜群の運動能力を持つ)タク(の追放)でしたから、本人もそれをわかって『追放免除ゲームに勝つしか生き延びる道はない』と思っていたはずです。帰国して仲良くなってから話を聞きましたが『ああ、そんなに辛かったんだ』というのが分かりました。」

 合流後、最初の追放免除ゲームを勝ったのはその平井氏であった。そこで旧デレブは平井氏同様、若くて運動能力の高い高波氏をターゲットにする。平井氏は番組内で「元デレブは高波君を狙っているという判断をしています」と話している。一方で、番組では松尾氏が小野氏を落とすために画策しているシーンを流した。そして、高波氏は黒岩氏との結びつきを強めていた。

 松尾氏の小野氏落としがあるかもしれず、黒岩氏は高波氏に投票しないかもしれない、という予測を抱かせる展開の中、追放審議会が行われた。結果として平井氏の判断は正しく、高波氏が旧デレブの6人全員の票が集まり、追放が決定する。黒岩氏も父親のように慕ってくれた高波氏の名前を書いている。

◾️本意ではない追放

かけがえのない青春の地の舞台(本人提供、AIで画質調整)

 高波氏をめぐる投票は、黒岩氏からも無情に切り捨てられているようで、若干の違和感を覚える。この投票について中島氏に聞くと、意外な事実を明らかにした。最も追放したかった平井氏が追放免除を獲得したために、ベケウの3人のうち1人を選んで追放することになり、本来なら、ターゲットは若松泰恵氏(当時27歳=家業手伝い)の予定だったところ、事情があって高波氏に変更になったという。

 「普通だったらタクを落としたいけど、追放免除を勝って落とせなくなりました。そこで次の狙いはワカ(若松氏)でした。クニは(黒岩氏との関係もあり)生活をすごく楽しんでいましたから。ところが、クニが足首をケガしてモチベーションが落ちてしまいました。多分、(追放免除ゲームの)『8時間耐久鬼ごっこ』の時だと思います。その日(21日目)は、ずっと痛がっていました。運が悪いことに船が出られないぐらいの干潮になり、鬼ごっこをした島に残ることになりました。その島には医師がおらず、クニの足の状態は分かりません。本人は『この足ではこれからのゲームをやっていけないから帰りたいかな』と言うようになったので、私たちも『そうしますか…』ということになりました。」

 この点は平井氏も「…高波(邦行)君(当時23歳、プロボクサー志望)が急に『帰りたい』と言い出して戦意を喪失しているように見えたので…」(参照・”ごきげんよう” 23年後のサバイバー 平井琢(3))と話しており、中島氏の話を裏付ける。

 この時の追放審議会は追放免除ゲームの翌日の22日目に行われているが、高波氏は黒岩氏と完成させたツリーハウスに腰掛けた時に右足首に包帯のようなものを巻いているのが確認できる。さらに、追放が決まって引き上げる時にはわずかに足を引きずる様子がうかがえる。

 「追放の中には、本意ではない追放がいくつかありました。タクとワカも『クニを帰らせた方がいい』と思っていたかもしれません。」

 自分が優勝するため、強敵となる人間を落としていくのが個人戦の常道である。しかし、長丁場の撮影の中、心身の状態がすぐれない人間も出てくる。そうした時は、落としてあげる、帰らせてあげることが、その人のためという状況が出てくることは容易に想像がつく。

◾️あなたのための追放

 上記のような「もう帰らせてあげよう」という追放は、優勝を狙って全力を尽くすサバイバーの趣旨とズレが生じているとの批判が出るのは避けられないのかもしれない。

 しかし、16人は優勝を争う敵同士であるが、同時に優勝を目指して戦う戦友でもある。連帯意識が強まってくれば、戦略・戦術的見地ではなく、その人のためになるからとの理由で追放のための1票を投じる場合も出てくる。

 それを「番組の趣旨と違う」と批判するのは容易いが、現場で必死に撮影を続けた出場者を思えば、やむを得ない判断として容認されるべきであろう。実際、出場者は24年を経ても連絡を取り合い、交友関係を続けていることから、その結びつきの強さがうかがえる。その種の追放もあることは、まさにリアリティ番組のリアリティの部分と言える。

 同様に、出場者は24年を過ぎても話せない部分がある。それはTBSに対する守秘義務が存在することによる。筆者はその内容は概ね把握しているつもりではあるが、確証はなく、また確証を得られても表に出す気はなく、その必要もないと考えている。

高波氏は笑顔で島を去った(AIで生成)

 なぜなら、守秘義務の部分は番組の展開に決定的な影響を及ぼしているとまでは言えず、そこを除く部分は台本のないストーリー、まさに16人が繰り広げた戦いの痕跡と言えるからである。

 そうした尊重されるべき部分が、ほんのわずかな守秘義務の対象となる事項の存在で全て否定されてしまうことは番組の評価、そしてそれに基づく出場者のその後の人生の評価そのものを誤りかねない。

 われわれ視聴者は撮影後に編集された、ごく限られた無人島での生活の様子を見ているが、16人は映像の背後にある遥かに長い時間を過ごしている。

 サバイバーとは何だったのかを聞かれた中島氏が「かけがえのない青春ではあったと思います。青春末期のね。」と答えたことが、その長い時間を含めたサバイバーの語るべき価値を示しているように思う。

24年後もサバイバー 中島瑞果(6)に続く

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