ワクチン接種後に死亡 台湾の反応

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葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

京都産業大学外国語学部中国語学科、淡江大学(中華民国=台湾)日本語文学学科大学院修士課程卒業。1998年11月に台湾に渡り、様々な角度から台湾をウオッチしている。

 日本からのワクチン提供に感動の声が広がった台湾ですが、接種後に高齢者が死亡したことが判明しました。日本でも日刊ゲンダイで報じられたようですが、台湾ではどのように受け止められているのでしょうか。ワクチン接種の状況とともにお伝えします。

■8名死亡に「AZ猝死」の報道

台北市内の指定診療所には朝から多くの人が訪れた(撮影・葛西健二)

 日本から贈られたアストラゼネカ製ワクチンは6月15日から台湾全土で接種が始まりました。ところが接種が進められていく中で、台湾メディアを中心にアストラゼネカ製ワクチン接種後に死亡案件が発生していることがクローズアップされてきました。16日の時点でアストラゼネカ製ワクチンを接種した75歳以上の高齢者は17万人に達しましたが、8名が接種後に死亡していることが伝えられました。

 テレビや新聞は「AZ猝死 (アストラゼネカ突然死)」などと、アストラゼネカ製ワクチン接種と死亡に関連性があるかのような報道を展開。報道を見た接種対象者やその家族を中心に動揺が広がっています。私の住むマンションの3階の高齢男性も、連日の報道で不安を感じた家族からの説得で18日の接種予約を取り消しました。

 また高雄市では19日と20日の接種率がそれまでの2割にとどまったという情報もあり(Mirror Media 2021年6月21日)、5月の新型コロナウィルス感染拡大前から接種可能であったにもかかわらず副作用の懸念から敬遠されていたアストラゼネカ製ワクチンに対する不信が再燃している状況といえるでしょう。

 中央感染症指揮センター陳時中衛生福利部部長は17日の会見で、死亡についてはワクチンとの関連性も排除できないが、その他にもさまざまな原因が考えられると述べました (中央感染症指揮センター 2021年6月17日定例会見)。しかしその後も「AZ猝死」の報道は過熱、これら報道に対し中央感染症指揮センターは接種後の死亡案件数を発表するとともに「死亡案件とワクチンの相関性は不明である」とした上で、「個人の感染防止」だけでなく「集団としての免疫力を持ち感染拡大を防ぐ」ことにつながるワクチン接種を行うよう呼びかけています(中央感染症指揮センター2021年6月17日報告)。

 こうした一連の流れについて、日本でも日刊ゲンダイ電子版が「台湾に激震!アストラゼネカ製ワクチン接種直後に36人死亡 開始わずか4日間で」という甘粕代三記者の署名記事を19日に公開しているのは皆さん、ご存知の通りです。

■過激なタイトルで報道しているメディアの特徴

 この点について、個人的な見解を述べましょう。一連の「AZ猝死」関連の報道を見ていると、「」「暴増」や「嚇壞 (ぞっとする)」といった少々過激な表題や感情的な内容(家族の憤懣や接種者の不安と不信)を押し出したのは、東森テレビ、中天テレビ、中国時報に多いように思われます(例えば「怒!南投首例打疫苗猝死」2021年6月19日 中天新聞、「打疫苗後『全台63死』!桃園市暴增」 東森新聞ETToday新聞雲、「聽聞全台13人打AZ猝死嚇壞」 中国時報 2021年6月17日)。

 台湾のメディアはよく「緑」と「藍」に分けられますが、この「緑」は民進党、「藍」は国民党を指します。台湾テレビ業界では、政治討論番組やニュース報道の内容に各局の視点や方向性が色濃く表れます(参照:親中派テレビ局停波 露骨な偏向報道の実態)。

 東森テレビを有する東森グループCEO王令麟氏は曾て国民党員として立法院(国会)議員を務めたこともあります。東森テレビの報道、特に政治報道は国民党寄りのものが多い傾向にあります。2009年に中天テレビ、中国時報を買収した旺旺グループは中国で食品事業を成功させ、台湾で最も親中的な企業グループとして知られています。中天テレビ、中国時報の報道(政治関連)も国民党、中国寄りのものが目立ちます。

 私には、過激な報道を行う3社の後ろにワクチン問題で批判の声が強まり立場の苦しい蔡政権に対し追い打ちをかける国民党の姿があるように感じられます。「藍」の声だけを拾って、台湾全体が不安に包まれ日本への怒りに満ちているかのように判断するのは、木を見て森を見ない類のように感じられます。

 陳時中部長の「集団としての免疫力を持ち感染拡大を防ぐ」ことにつながるワクチン接種を呼びかけていることは、ワクチンの有する性質を考えても妥当な判断であるように思えます。台湾の国民も集団ヒステリーのようになるような国民性ではありません。

■福岡県宇美町の名前が一気に有名に

 さて、時計の針を6月15日、日本から提供された新型コロナウイルスワクチンの接種が台湾全土で開始されたところへ戻しましょう。この時、対象となったのは75歳以上の高齢者、医療従事者、介護施設の入居者・職員、透析患者などです。日本提供ワクチンの接種が完了すれば、75歳以上の高齢者のワクチン接種率は53%に達するということです(中央感染症指揮センター 2021年6月15日 報告)。

 高齢者対象ワクチン接種開始初日、接種指定時間が事前に伝えられているにもかかわらず各地の大規模接種会場や指定診療所には朝から接種対象の人々が殺到しました。中には指定時刻午後3時に対して午前9時に指定接種会場到着した人もいたということです。また接種対象者の家族等が付き添いとして大挙したため密集状態が生じた会場もあったということです。

 このような混乱を避けるため桃園市は接種者1名につき付き添い者は1名までとするなどの対策で来場人数を制限しています。また台湾の複数の県市が接種時間短縮のため福岡県宇美町が実施している集団接種方式を採用、台湾の各メディアにて「宇美町式」として盛んに報じられました。

 これにより台湾では多くの人が宇美町に関心を寄せることになり、googleサーチでは宇美方式を取り入れた台南市を中心に 「宇美 打法 由来」といったキーワードでの検索が急増、台湾での宇美町の知名度が大幅に上昇しています(2021年6月19日調べ)。

■日本提供のワクチン 地方で争奪戦

 ところが日本から提供されたワクチンは124万回分と限られた数量であるため、地方政府からは中央政府の分配方式に不満の声が挙がる事態になりました。中央政府から1回目に配られたワクチンの数量は高雄市が9万回分、続いて新北市8.3万回分、台北市・台中市が7万回分とこれに続きます。

 この分配量に対し、最も多くの感染者が確認されている新北市の侯友宜市長は、中央政府からの配分量が高雄市よりも少ないことに「感染状況が厳しい地域優先に分配すべき」と反発(風傳媒 2021年6月12日)、また260万人の人口を抱える台北市では柯文哲市長が「人口比で分配すべき」と不満を表明しています(聯合新聞網 2021年6月13日)。

 これに対し中央感染症指揮センターは、各地方政府への分配に用いられた計算表を公開、指揮センターの指揮官である陳時中部長は、2回目の分配は「各県市の75歳以上の人口比率」に応じて決定するとして、各地方行政首長に対し冷静に対応するようを呼びかけました(中央感染症指揮センター 2021年6月15日定例会見)。

 このように国内のワクチン供給量が大きく不足しているため、地方行政のトップ同士でワクチンの争奪戦が起きる事態となってしまったのです。また台湾のメディアでは日本からのワクチン到着以降も再度のワクチン提供を期待する論調の報道がなされており、16日までの数日間台湾最大のポータルサイト(台湾Yahoo)ではニュースランキング上位5件のうち4件が日本からの第2回のワクチン供給の可能性に関連する報道となっており、人々の期待と関心の高さが窺えました(筆者調べ)。

■アメリカからのワクチン提供に湧く台湾

米台友好を示す圓山ホテルの照明(同ホテルのフェイスブックページから)

 ワクチンの絶対的不足、加えて接種後の死亡事案で動揺が起きる中、アメリカが提供するモデルナ製ワクチン250万回分が20日に台湾へ到着するという吉報が舞い込みます。もともと6日に訪台したアメリカ上院議員団から75万回分の供与が伝えられていましたが、ワクチン不足を受け台湾国内では「少ない」といった声も挙がっていたところに、当初表明していた3倍以上の提供に、日本からの提供時と同じように台湾中が喜びに包まれました。

 蔡英文総統は同日アメリカ政府の援助に対し「A friend in need is a friend indeed,也就是患難見真情 (まさかの時の友こそ真の友)」であると感謝の意を表しました(台湾総統府 YouTubeチャンネル 2021年6月20日)。また陳時中部長自らが桃園国際空港を訪れ、ワクチンを載せた貨物機を出迎えました。

 テレビでは日本からのワクチンが到着した時と同様にアメリカからの貨物機の空港到着をライブ中継、当日の晩には台湾で最も高いビル台北101に「台美合作抗疫 (台湾と米国で協力してウイルスに対抗しよう)」とアメリカへの謝意を伝えるメッセージが(台北101 Facebookページ 2021年6月20日投稿)、また台湾を代表するホテルの一つである圓山ホテルには「A♡T」と記されたメッセージが灯されました(圓山大飯店 Facebookページ2021年6月20日投稿 )。

 台湾では当分の間、日米の二大友好国から提供のワクチンで大規模接種が進められていきます。アストラゼネカ製とモデルナ製ワクチンの配分に関する政府からの発表は21日の時点で、まだありません。今後どのように配分・接種が進められていくのか、台湾中が動向を注視しています。

    "ワクチン接種後に死亡 台湾の反応"に8件のコメントがあります

    1. 名無しの子 より:

      葛西様、中立的な記事をありがとうございます。ただ、私もどのように受け止めていいのか、混乱しているところです。
      「AZで死亡者が出た」と日刊ゲンダイが報じた時、底知れぬ不安感を感じました。中国、北朝鮮、韓国と、日本の周りは敵国ばかり。唯一の親日国、台湾。これからは台湾との絆こそが大切と心から思い、台湾パインを買いに行きました。
      ワクチンを送ったことで尚一層深まる絆と思っていましたが、このようなことに。日刊ゲンダイの記事は、まるっきりのデマだと思っていたので、やはりショックです。
      台湾の方々は集団ヒステリーを起こす国民性ではないとおっしゃっていますが、台湾の方々のお気持ち以上に、日本人として申し訳ないという気持ちでいっぱいです。亡くなられた方々のご冥福を心より、お祈りいたします。
      ただふと思ったことは、ある意味台湾も、日本と同じだなと。日本もワクチンが届く前は「遅い!」という声が大きかったようです。でも今は、打ちたくない、打たせたくないという声も大きく、デモをしたり、ポスティングまでしたりして問題になったりと、状況が変わっています。今の日本も、ワクチン肯定派と否定派のどちらが多いのか、私自身わからず、どちらに着目して報道するかで、ガラリとイメージが変わるように思います。
      とにかく、未知のウイルスです。皆、手探りの状態ですよね。不安でいっぱいになるのは、仕方がないですね。ただこの先、死亡者がどんどん増えると、日本への感情も変わってくるのでしょうね。とても心配です。
      葛西様、どうか、この先もぜひ取材を続けてください。日台関係、特にワクチン関連は、私だけではなく、皆が注目しています。いろいろなメディアがありますが、そんな中、一番信頼がおけるのは、この令和電子瓦版だと思っておりますので。

      1. 名無しの子 より:

        追加です。今計算してみました。この時点で17万人の接種者のうち、8名の方が亡くなられたということは、割合で言うと0.00004倍、つまり0.004%ということですね。それにしても、0ではないことは残念ではありますが、分母を見ないで、分子だけみて、大騒ぎをしてはいけないということですね。台湾の方々より、私の方が冷静ではありませんでした。反省しています。
        それでは、葛西様、ぜひ続編を、お願いいたします。

        1. 葛西健二 より:

          名無しの子様
          パイン応援ありがとうございます。
          接種後の死亡事案については現時点で28例の死亡解剖中
          26例について慢性疾患が原因と発表されています。
          「藍」寄りメディアの報道はいつものことで大半の人が
          「またか」と冷静に受け止めています。
          まずはワクチンで集団免疫を高めることが第一であるのは
          皆理解しておりますので、今回の騒ぎもいずれ収束すると思います。

          1. 名無しの子 より:

            葛西様、ありがとうございます。ほっとしました。
            これからも台湾の正確な状況を、教えて下さいませ。
            心から応援しております。

    2. ぷんぷん丸 より:

      ヒュンダイの記事なので、最初から話半分、のバイアスは自動で掛かります。(笑

      とは言え現地の状況は気にはなってました。生の声多謝です。

      情報を受け取る側のリテラシーは、大事ですね。

      1. 葛西健二 より:

        ぷんぷん丸様

        少なくとも私の近辺では日本に対する批難の声はまったく挙がっていません。
        本日も行きつけの果物屋のおかみさんから「日本ありがとう」の
        声をいただきました。

    3. 高山椎菜 より:

      葛西様、こんばんは。日刊ヒュンダイの記事はなんでもしゃべるデスクが書いているとかで・・・。

      しかし一定の考えに凝り固まると、まともなこたぁないですな。

      1. 葛西健二 より:

        高山椎菜様

        私も「藍」の声だけを拾って日本へ発信するのは如何なものか、
        と疑問に感じていました。

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