不人気アストラゼネカ社ワクチンと台湾の思惑

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葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

京都産業大学外国語学部中国語学科、淡江大学(中華民国=台湾)日本語文学学科大学院修士課程卒業。1998年11月に台湾に渡り、様々な角度から台湾をウオッチしている。

 台湾のデジタル政策担当オードリー・タン政務委員の主導で開発された「新型コロナウイルスワクチン予約システム」が始動しました。18歳以上が予約対象者となった7月13日からは2日間で台湾人口の約3分の1が予約登録を完了、台湾の人々の接種への渇望が伝わってくる結果となりました。しかし、メーカーの選択が可能なことから、大規模接種事業に影響を与える問題が発生しています。

■オードリー・タン氏の「ワクチン予約」システム 稼働開始

会見する唐鳳デジタル政策担当政務委員(衛生福利部疾病管制署チャンネル画面から)

 「マスク分布マップ」及び「マスク予約システム」システム開発やネットワーク構築で台湾国内のマスク供給体制に寄与した唐鳳(オードリー・タン)デジタル政策担当政務委員は7月6日の中央流行疫情指揮センター定例会見に出席、自身が主導し開発した「COVID-19ワクチン接種意向登録及び予約システム」の離島での試験運用開始を発表しました(台湾のマスク配布システムは「朝日新聞に在台邦人激怒の理由」参照)。

 対象者は専用サイトにてワクチン接種の意向登録を行います。その際に希望接種地域と希望するワクチンメーカー、現時点では「モデルナ社製ワクチン」「アストラゼネカ社製ワクチン」のいずれか、または両者を選ぶことができます。期間内であれば登録内容は変更が可能です。接種資格を満たす登録者にはその後ショートメッセージで通知がなされます。メッセージを受け取り後は専用サイトやスマートフォンアプリ、コンビニエンスストアで接種の予約ができます。このシステムは居留IDを持つ台湾在住の外国人も対象です。

 7月13日から15日(その後19日まで延長)の第3期間では対象者が全島の18歳以上に拡大されたことを受けワクチン接種意向登録者が殺到。一時サーバーダウンが起きる事態となりました。私も13日に専用サイトへのアクセスを何回か試み、翌日の晩になりようやくサイトのトップページに繋がりました。

 7月15日の中央流行疫情指揮センター発表によると、13日からのワクチン接種意向登録者は732万人となっています。台湾の全人口は約2300万人なので、わずか2日間で3人に1人が登録を行ったことになります。台湾の人々のワクチン接種への渇望が具体的な数値として表れたと言えるでしょう(中央流行疫情指揮センター定例会見 2021年7月15日)。

■ワクチンメーカー選択で大きな差が 

 中央流行疫情指揮センター発表による、7月15日午前までの段階でワクチン接種意向登録者732万人の内訳を見てみましょう。

(1)モデルナ社製ワクチン選択者 約412万人(56.3%)

(2)モデルナ社・アストラゼネカ社製のワクチン両社の選択者 約302万人(41.2%)

(3)アストラゼネカ社製ワクチン選択者 約16万7000人(2.3%)

 意向登録者の約半数以上がモデルナ社製のみを選択しています。中央流行疫情指揮センターの陳宗彥副指揮官は15日の定例会見で、アストラゼネカ社製ワクチン接種登録者を優先に接種予約通知を行うこと、モデルナ社製の選択者に対する接種予約通知は早くても4週間後になることを伝えました。

 また、期間内であればメーカーの選択は変更できることにも言及、言外にアストラゼネカ社製の接種者増加への期待が感じられました(中央流行疫情指揮センター定例会見 2021年7月15日)。

■アストラゼネカ社製ワクチン接種がためらわれる理由

公費疫苗預約平台」の意向登録画面(写真提供・葛西健二)

 台湾では大規模接種が始められた先月中旬は日本からの提供第一便を中心にアストラゼネカ社製ワクチンのみの接種が進められていました。その後6月20日にアメリカが提供するモデルナ社製ワクチン250万回分が到着、高齢者を中心とした接種対象者はメーカーを選択することができるようになりました。

 この頃国民党寄りのメディアを中心にアストラゼネカ社製の接種後の死亡事案が連日大きく報じられていたこともあり(参照:ワクチン接種後に死亡 台湾の反応)、モデルナ社製の選択者が急増していきます。そして同社ワクチン接種完了者数は先週アストラゼネカ社製の接種完了者数を上回りました。

 7月14日現在モデルナ社製の接種完了者約230万人、アストラゼネカ社製の接種完了者約200万人となっています(中央流行疫情指揮センター 「COVID-19 疫苗接種統計資料」2021年7月14日)。

 アストラゼネカ社製が現在も回避される傾向にあるのは、国民党寄りのメディアを中心に接種後の死亡事例がクローズアップして報じられていることがあります(例えば中国時報新聞網:接種後死亡通報 AZ是莫德納17倍、2021年7月16日)。

 しかし、実際中央流行疫情指揮センターが確認している接種後の死亡事案の統計を見ると、7月14日の時点でアストラゼネカ社製の接種後の死亡事案は412件、モデルナ社製は25件となっています(中央流行疫情指揮センター「COVID-19 疫苗接種後不良反應事件通報」2021年7月14日)。

 接種完了者数と事案数を比べるとアストラゼネカ社製での事案発生数の多さが目立ちます。それによる不安や懸念が社会から払拭されていない現状から、大多数の人がモデルナ社製へと流れているのです。

■指揮官自ら異例の出迎え 日本からのワクチン第三便

日本からのワクチンを出迎える陳時中指揮官 (中央)(TVBS NEWS チャンネル 2021年7月15日から)

 日本提供のアストラゼネカ社製ワクチン97万回分が7月15日台湾に到着しました。これは6月4日の124万回分、7月8日の113万回分に続く第3便となります。今回は中央流行疫情指揮センター指揮官の陳時中衛生福利部長自らが桃園国際空港で出迎えました。

 陳時中指揮官は毎日午後2時から開かれる定例記者会見には必ず出席し記者との質疑応答を欠かさなかったのですが、この日に限り定例会見を欠席、自ら空港に赴きワクチンを載せた飛行機を出迎えるという異例の行動をとったのです。

 日本国旗と中華民国国旗が施され「ありがとう」と日本語で書かれた特製マスクを着用、中国語と日本後で感謝の意が記されたカードを携えワクチンを出迎えた指揮官は、飛行機から下ろされたアストラゼネカ社製ワクチン保冷器を背景に「日本から提供されたワクチン334万回分、これは全国民の15%をカバーできる」と述べました。

■日本からのワクチン接種を進めたい台湾政府

 7月15日現在台湾の新型コロナウイルスワクチン総数は約890万回分、今後の可能接種回数の内訳は、モデルナ社製約133万回分、アストラゼネカ社製約323万回分です(中央流行疫情指揮センター  COVID-19疫苗接種統計資料 2021年7月15日)。18歳以上が対象となっている第3期ワクチン予約システムでは、モデルナ社製選択者は412万人、現状では明らかに足らず4週間待ちの状態となるのです(前述)。

 対してアストラゼネカ社製を選択した人はわずか16万7000人、これを差し引いてもなお99%以上が余る算段です。なお両社共に選択した302万人にはアストラゼネカ社製の接種予約の通知が届けられるのではと見られています(ただし通知を受けた人の何%が実際にアストラゼネカ社製の接種に同意するのかは未知数です)。

 接種率を上げ国民全体の免疫力を高めることが最重要課題である台湾政府にとって、人々のモデルナ社製選択への流れは大規模接種が停滞する事態になりかねません。指揮官自ら空港出迎えという異例の行動と発言からは、アストラゼネカ社製を印象づけ接種を促進したいという思惑が感じられました。

 そして何より、日本からの334万回分の「アストラゼネカ社製ワクチン」寄贈が、台湾国内の接種状況混乱の一因とならないことを願っています。

"不人気アストラゼネカ社ワクチンと台湾の思惑"に8件のコメントがあります

  1. 名無しの子 より:

    台湾からの生の情報、いつもありがとうございます。
    そうですか。アストラゼネカワクチン、人気ないですか。それは残念です。
    でも、台湾政府が、迷惑がっていないのなら、少し安心しました。台湾とは仲良くしていきたいですからね。
    今日本のツィッターでは、台湾人の芥川賞作家の方のコメントで炎上しています。
    「安倍元総理は身体に気をつけてほしい。体調が原因で逮捕されないと困るから」みたいなことをツイートしたので。
    「台湾人に、反日の人がいるなんて」と皆、ビックリ。でも確かに、日本に反日がいるように、日本に親中がいるように、台湾人の中にも反日はいるはずですよね。確かにショックでしたが、現実を見なくては。
    今回のアストラゼネカワクチン騒動で、反日の台湾人の方々が増えないことを祈ります。

    1. NA より:

      台湾にも反日の人はいます。馬英九とか。大陸系や先住民の方は。

      1. 葛西健二 より:

        NA様

        確かに外省系、内省系、客家系、先住民、
        そして東南アジア系を中心とした新たな人々、
        台湾は人種の坩堝です。

    2. 葛西健二 より:

      名無しの子様

      コメントありがとうございます。
      台湾は様々なルーツを持つ人々が集まる多層化社会です。
      価値観や考え方も十人十色です。
      ワクチンに対する考え方も色々あるようです。

  2. きよみ より:

    私も台湾在住です。
    真実を公表してくださりありがとうございます。
    日本ではこういったニュースは全く報道されておらず、
    モヤモヤしていました。
    ありがとうございます。

    日本のサイトではこのような事を書くと叩かれるようです
    が、これが真実なのです。
    今の現象はちょっと不気味に感じてました。
    もちろん日台友好は素晴らしいけど、このコロナで何かが
    おかしくなってると思ってました。

    それでも感謝し続けて下さり台湾の皆さんの優しさを
    理解してほしいと思いました。

    1. 葛西健二 より:

      きよみ様

      在台の方からのコメントありがとうございます。
      おっしゃるとおり今の台湾社会、何かおかしくなってきています。
      まさに不気味です。社会の分裂が顕著になってきているような
      気がします。

      1. きよみ より:

        やはりコロナの影響だと思いますが、私は日本が不気味に思えてしまいます。大量にワクチン送って万歳!だけでなく、その後どうなったかをもっと具体的に報道してほしいです。
        ただの感動ストーリーに仕立て上げてほしくないですね。

        1. 葛西健二 より:

          日本から諸外国への今後の海外ワクチン提供(外交)如何にも関わってきますから、具体的な報道が必要かもしれません。

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