決死レポートも話題 台湾の台風事情

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葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

京都産業大学外国語学部中国語学科、淡江大学(中華民国=台湾)日本語文学学科大学院修士課程卒業。1998年11月に台湾に渡り、様々な角度から台湾をウオッチしている。

 日本と同じように台風の影響を受けやすい台湾では、河川の氾濫や土石流の発生など自然災害による被害が小さくありません。台風の接近・上陸により自然災害による被害や影響が想定される際に「颱風假(台風休暇)」と呼ばれる臨時休業・休校措置がとられます。しかし近年この台風休暇は形骸化し、臨時休業を行わない映画館やデパートが盛況になるといった、本末転倒な光景が問題視されています。

■台風による大規模な自然災害

地下鉄西門町駅は、2001年(民国九十年) 9月の納莉台風によって水没。エスカレーター横には当時の水没ラインがある(撮影・葛西健二)

 日本と同じく多くの台風の進行ルート上に位置する台湾では、毎年6月から10月にかけては台湾へ接近または上陸する台風が多くなり、暴風や大雨、洪水、高潮をもたらします(毎年3~4個:中央気象局統計)。日本の気象庁では風速をもとに台風を「大きさ」と「強さ」で表しますが、台湾の中央気象局による台風の勢力は「強さ」を基準に「軽度」「中度」「強烈」に区分しています(中央気象局)。

 このレポートを作成中の今、まさに中度(日本の「非常に強い」に相当)の台風璨樹(14号)が台湾東部を通過中で、台湾東部と北部に猛烈な風雨をもたらしています。私の家は台風の暴風と共に排気ダクトからキッチンへ雨が吹き込むため、床にシートを敷いて雨漏りに対応しています。 

 台湾は急峻な山脈が島を縦断し、上流地域から流れ出る河川は狭窄で勾配もきつく、下流地域での流域面積も狭く支川が少ないのが特徴です。そのため台風の接近や上陸時には河川の氾濫や土石流、山崩れなどの自然災害が度々発生します。近年では2000年10月の象神(20号)台風で、台湾東北部では複数の大規模土石流が発生、罹災者は89人にのぼりました。この台風による悪天候の影響で中正国際空港(当時、現桃園国際空港)にてシンガポール航空機が離陸に失敗、83人の死者を出す惨事が発生しています。

■2001年納莉台風が台北市を直撃

2004年の台風で、台北市内からレポートする記者(TVBS画面から)

 2001年9月には納莉(16号)台風によって北部、西部で広域な土石流災害が発生し112人が罹災しました。納莉は約50時間にわたり台湾本土に停滞、台北市は多くの箇所で冠水が起き、さらに市の東西を結ぶ地下鉄線の主要駅及び台鉄台北駅の水没などで一時都市機能が麻痺する事態となりました。

 2001年の納莉台風は台北市を直撃したこともあり、その猛威に晒された記憶を鮮明に憶えています。台風休暇となったその日私は友人の家で麻雀を楽しんでいました。友人宅はアパートの屋上に更に1階分を増築した「頂樓加蓋」と呼ばれる住まいで、比較的簡素な造りの建物です。仲間と麻雀に興じている最中、突風でトタン屋根の一部が吹き飛ばされ、猛烈な雨風が室内に吹き込んできました。

 私達は急ぎ総出でゴミ袋や毛布、ベニヤ板などとにかく使えるものを探し、天井に開いた穴を何とか塞ごうとしました。幸いにしばらくして雨風は収まりなんとか持ちこたえることができました。その後毎年の台風来襲時にはあの時の体験を思い出し、気を引き締め防災対策に努めています。

 2004年海馬台風では、台北市内で冠水があり、テレビ局の記者が胸まで水に浸かりながらレポートを続けました。その衝撃的な姿は今でも語りぐさになっています。ここまでくると「下着までずぶ濡れ」などというレベルではなく、生命の危機もあるレポートです。今なら中継を命じたディレクターはパワハラで訴えられかねませんが、当時はこうした命懸けのレポートも許容されていたのでしょう。

 2009年8月8日に台湾を襲った莫拉克(MORAKOT)台風では、4日間で3000mm近くの雨が降り、大規模な土砂崩壊が発生、高雄県小林村は全村が埋没する等、全島で700人以上の死者を出しました。

■台風休暇「颱風假」

レポートはいいから、安全な場所へ逃げてほしい(TVBS画面から)

 台湾では台風の接近・上陸により自然災害による被害や影響が想定される際に「天然災害停止上班及上課作業辦法(自然災害休業休校措置法)」に基づき臨時休業・休校の措置が宣言されます(全国法規資料庫 「天然災害停止上班及上課作業辦法」)。世間ではこの措置を「颱風假(台風休暇)」と称しています。

 台風休暇は政府機関を対象としたものであり民間企業は含まれていませんが、実際は台湾の多くの民間企業がこの措置法の決定に則し臨時休業を実施しています。台風襲来時の措置法実施の判断は各地方政府に委ねられています。地方政府が休業休校の宣言を決定した場合は、中央政府所属の行政院人事行政総処から通達が出され、またメディアを通じて決定が報じられます。

 9月12日現在、台湾東部を通過中の璨樹台風については、11日付けで基隆市、台北市、新北市など台湾北部及び台東県、花蓮県、宜蘭県など東部を中心に台風休暇が発表されています(行政院人事行政総処 「天然災害停止上班及上課情形」)。

 日本では台風による休業などの判断は各企業に委ねられており、台風の影響を知りながらも出勤せざるを得ない場合や、退勤後に公共機関の運行停止などで帰宅難民となってしまうケースも発生すると聞きます。政府機関が臨時休業や休校を決定することで市民の安全を保護するこの措置法は、自然災害の多い日本でも有効に活用できるのではないでしょうか。

 上述のようにこの措置法は政府機関を対象としたもので、民間企業が台風休暇にしなかった場合の法的罰則はありません。台風休暇が宣言されても、百貨店を筆頭にサービス業は臨時休業を行わず、コンビニエンスストアやスーパーは平常通りの営業、台風でも休まず開けている気合いの入った屋台もあります。ただし労働部(厚生労働省)は自然災害発生等に際し雇用主による強制的出勤や不当な処置を禁ずる規定を定め、且つ台風休暇時の出勤に際しては特別手当等の支給を奨励しています(労働部 「天然災害發生事業單位勞工出勤管理及工資給付要點」)。

 さらに近年は台風休暇にかこつけて外出する人々で百貨店や映画館、カラオケ店がいつも以上の人出で賑わうという本末転倒の問題も起きています。そしてサービス業に従事する人は台風の最中でも危険を冒して出勤しなければなりません。

 私の妻は某大手百貨店勤務のため、台風来襲時には暴風雨の中、仕事のために家を出て行きます。妻の身を案ずるとともに、従業員の安全よりも利益を追求するその姿勢には疑問を抱かざるを得ません。ただ、今年は新型コロナウイルス感染拡大防止として台風休暇による百貨店内の「密」を発生させないために、台風休暇となった地域にある百貨店は自発的に臨時休業するという「慣例」破りが起きています。

■台風休暇時の在宅勤務はどうなる

 台湾国内での新型ウイルス感染拡大を受けて警戒レベルが引き上げられたことで、多くの企業が業務形態を在宅勤務へと切り替えました。これに伴い台湾ではネットを中心に「台風休暇宣言時の在宅勤務はどうなるのか」が話題となりました。

以後颱風快來,老闆就跟你約定準備居家上班 (今後は台風が来そうな時はボスから在宅勤務命令が出るよ)

依照老闆的尿性,以後颱風假能WFH的就WFH (ボスの性格からすれば 今後の台風休暇はテレワークだ)

 ネットでは上記のような悲観的なコメントが多く見られました。一方で台風休暇を実施しているのは台湾だけと指摘するコメントや、台風休暇にもかかわらず人出で賑わう百貨店や映画館の光景を「形骸化」とする声、「自問放颱風假真的有在防災嗎 (台風休暇が防災に役立っているのかを考えるべき)」と、台風休暇の目的を再認識すべきといったコメントも多く見られました(批踢踢實業坊 PTT )。

 台風休暇宣言時の在宅勤務の疑問に対して労働部は見解を発表、台風休暇とは「勞工是否出勤,應以人身安全為首要考量   (労働者の通勤に際して安全か否かを第一に考慮したもの)」だとして、「重點在於防災與避險,並非放假的概念  (防災と危険を避けることであり、決して休暇という概念ではない)」と本来の目的を強調した上で、在宅勤務には「沒有通勤必要,因此就算地方政府宣布放假,仍不可以此為由拒絕上班  (通勤の必要がないため、地方政府による台風休暇が宣言されても勤務を拒否することはできない)」と述べています(労働部 2021年7月20日聯合新聞網 2021年7月20日)。

 労働部の見解については、在宅勤務では通勤の危険は及ばないとして「合理的」とする声や、企業が在宅勤務とオフィス勤務を分けた場合に休暇の標準が一致しなくなると「不合理」とする見方もあります。

 在宅勤務と台風休暇の扱いについては、台風シーズンの本格的な到来以前に警戒レベルが下げられ殆どの企業が通常の勤務形態に戻したこともあり大きな話題とはなりませんでしたが、人々が台風休暇本来の意義と目的を再認識するきっかけとなるかもしれません。

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