大阪地検元トップ準強制性交で一転無罪主張

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 大阪地検のトップの検事正だった北川健太郎被告(65)が部下であった女性検事への準強制性交罪で起訴された事件で、次回公判で無罪を主張する見通しとなった。被告の弁護人が10日に会見で明らかにした。犯罪の故意がなかったと主張する見通し。初公判では公訴事実を争わないとしていたのから一転しての無罪主張は、どのような考えによるものなのか。

◾️同意があると思っていた

被害を訴える女性検事(カンテレNEWS画面から)

 被告人の弁護人である中村和洋弁護士(大阪弁護士会)はこの日の会見で「北川さん(被告人)が第1回公判期日で公訴事実で争わないと答弁していますが、その理由はそうすることで事件関係者を含め検察庁にこれ以上迷惑をかけたくないということにありました。しかし、その後の検察庁に対する組織批判により北川さんはこのような方針が間違っていたのではないかと悩み、自らの記憶と認識に従って主張をすることにしました。北川さんとしては内心としては相手が抵抗できない状態とは思っていなかったし、その行為を受け入れている、つまり同意があるというふうに思っていたと。この点が争いになるということになります。」と話した(カンテレNEWS・「私をどこまで『愚弄』し、『なぶり殺し』にすれば気が済むのか」元地検トップ が部下に『性的暴行』初公判で認めるも 一転して「無罪主張」へ「真実は一つ。司法の正義を信じる」と女性検事)。

 これに対して、被害を訴えた女性検事は「被告人は、私をどこまで愚弄し、なぶり殺しにすれば気が済むのでしょう。被告人は、初公判で、『罪を認め争うことはしません。被害者に深刻な被害を与えたことを深く反省し、謝罪したい』と述べていましたが、それは保釈を得るための芝居だったのでしょうか。…いよいよ実刑判決が見えてきたことに焦り、…自己保身ゆえに再び否認に転じたのだと思います。被告人は事件当初から弁解を二転三転させてきました。たくさん噓もついてきました。被告人の再びの噓を誰が信用するのでしょうか。」などと怒りを露わにするコメントを発表した(産經新聞電子版・被害女性「どこまで私を愚弄するのか」 元大阪地検検事正の無罪方針転換にコメント全文)。

 被害者にすれば、一方的に受けたと感じている性被害を、極めて抽象的に表現すれば被告人側が「君もそれほど嫌そうに見えなかったから、OKだと思っちゃったよ」と言い出したのであるから、女性として、人間として尊厳を傷つけられたと感じるのは当然のことであろう。

◾️故意は「罪を犯す意思」

 ここで被告人側の無罪主張の根拠について説明する。被告人は2018年9月の行為により準強制性交罪(刑法178条2項、既に削除)で起訴されている。昨年7月13日に改正刑法が施行されているが、「犯罪後の法律によって刑の変更があったときは、その軽いものによる」(同6条)により、旧法が適用されている。

 旧法の準強制性交の刑期は6月以上10年以下の懲役、現在の不同意性交は5年以上の有期拘禁刑と、まさに雲泥の差。現行法であれば減軽事由がなければ執行猶予もつかず、最低でも5年は刑期を務めることになるが、旧法であれば最短で6月となり(本件では考えにくいが講学上あり得る)、執行猶予(同25条)がつけば実際には刑務所に行かなくて済む可能性がある。

 その状況で弁護人は「(女性検事は)その行為を受け入れている、つまり同意があるというふうに(被告人は)思っていた」と説明し、(故意がなかった)などと報じられた。

写真はイメージ

 故意とは「罪を犯す意思」(刑法38条1項)で、故意がない行為は原則として罰せられない(同項)。この意思は通説によると「構成要件事実の認識」とされ、構成要件とは「立法者が犯罪として法律上規定した行為の類型」(刑法総論第3版 山口厚 有斐閣 p27)である。つまり、故意とは「自分のしている行為が法律に規定された行為の類型に当てはまるという認識」と言っていい。

 準強制性交罪の故意とは、本件で言えば「人の抗拒不能に乗じて性交等をすることの認識」である。女性検事は泥酔して抵抗できない状況を利用して性交等をされたと言っているが、被告人は「同意があると思っていた」と言っており、「人の抗拒不能に乗じて性交等をすることの認識」がない、即ち故意がない、故意がなければ無罪(同38条1項)という主張である。

 この点について専門書では同罪の故意について「被害者が心神喪失又は抗拒不能の状態にあることを認識していることが必要である。被害者の承諾があると誤信した場合には、故意を欠くことになる。」(条解刑法第4版 編集代表前田雅英 弘文堂 p536)と説明されており、まさにこの後半部分「被害者の承諾があると誤信」していたから自分は無罪だという主張をしている。

◾️衝撃的な女性検事の発言

 初公判で公訴事実を争わないとしていたところを一転して無罪主張は被害者の心情を傷つけるだけでなく、検察官にとっても困難な事態になる。公訴事実を争わないのであれば、起訴された事実における故意も認めるわけで、自白と他の証拠と合わせて有罪にすることは容易であるが、被告人が故意の存在を否定すれば、検察官は故意の存在を立証しないといけない。犯罪の証明がない場合には無罪判決が言い渡される(刑事訴訟法336条)。

 実際に女性検事は被害に遭ったという2018年9月12日から13日にかけての状況を、報道陣の前で詳細に語っている。かなり衝撃的な内容であるが、語ったまま書き起こす。

 「私は飲酒酩酊のため眠っていたわけですが、徐々に目が覚めてきた時点で、既に全裸で仰向けにされ、被告人に覆い被さられて性交をしていました。…私は抵抗すれば被告人から自分の名誉などを守るために、殺されると、強く恐れました。そのために物理的にも心理的にも、抵抗することはできませんでしたが、1秒でも早くやめてほしかったので、被告人に対し『夫が心配しているから帰りたい』と言って性交をやめるように訴えました。しかし、被告人はそれを無視して『これでお前も俺の女だ』などと言って性交を続けました。その後、いったん、被告人が性交を中断したことから、私はその場から逃げようと考え、下着が置かれた場所まで這っていき、下着を身に付けましたが、飲酒酩酊で立ち上がることもできず、逃げることもできなかったため、被告人に対し、「気持ちが悪いので水を飲ませてほしい」などと言って水を求めました。すると被告人は自力で立てない私の腕を掴んで立たせた上で、台所まで連れていき、私に水道水を飲ませました。私が水を飲んで今すぐにでも逃げたいと思っていたのに、被告人は私に何も言わず、下着を下ろして、水を飲んでいる私の下着を下ろして、私をまた布団の所まで連れて行き、性交を再開しました。…この間、私は『帰りたい』『家族が心配する』と繰り返し懇願しましたが、被告人は自らが疲れるまで性交を続けました。」(カンテレNEWS・【上司の地検トップから受けた性的暴行】「女性、妻、母としての尊厳、そして検事としての尊厳を踏みにじられ、身も心もボロボロにされた」女性検事が語る『性被害の実情』と『検察組織の内情』

◾️どんな話が出てくるのか…

 女性検事の話を聞く限り、同意があるように感じたという被告人の話は俄には信じ難い。ただし、それはあくまでも被害者側の話にすぎず、被告人は一連の女性の言動から同意があると誤信してしまったというのである。どのような主張をするのかは分からないが、考えられるのは、タクシーで被告人の自宅(官舎)に向かうことに同意していたように感じたといった類であろう。

 女性はタクシーに乗せられた時点で意識がなかったかのように話しているが、その前の飲み会での支払いを女性がカードで決済して電子署名までしているという事実から、(嫌なら家に行くのはダメと言える状態に見えた、そしてそれを言わなかったから官舎に向かうことに同意していると感じた)というようなことである。

 あるいは、女性は性交されている途中に意識を取り戻したとしているが、その前に何らかの同意を思わせる言動があったと主張することも考えられる。たとえば、全裸にする時に女性は腰を浮かして下着を脱がせやすいようにしたなどが考えられ、さらに女性も言っているように意識を取り戻した後も抵抗はなかった、水を飲んでいる時に下着を下ろした際にも抵抗しなかったなど、合意を思わせるような行為があったと言い出すかもしれない。女性にすればカードで支払ったことも記憶にないとしており、意識を取り戻す前のことについて記憶にない行為をしていたと言われても「していない」とは言えない。

 多少、複雑になるが、被告人は(被害者が同意していた)とは主張しないようで、あくまでも(自分には同意していたように見えたので女性が同意していると誤信してしまった)と、自己の内心について主張すると思われることには留意したい。

写真はイメージ

 検察官としては、そうした被告サイドの主張を潰して行為の外観などから故意を立証しなければならなくなったのであるから、面倒な事態になったと感じるのは無理からぬところである。

 常識的には無罪となるのは極めて難しいと思われる。そもそも初公判で認めたことを全てひっくり返しての無罪主張など聞いたことがなく、それを含めて被害者とのやり取りなども考えると被告人の話の信憑性に疑問符がつく。ただ、主張次第では執行猶予付きの判決が出される可能性もないわけではない。

 ネットの声などを見ると、被告人は”灰色”どころか”真っ黒”の印象で受け止められているようであるが、推定無罪の原則は当然に北川被告にも及ぶわけで、ネットリンチのようなことは避けるべきであろう。現段階では公判の行方を見守るしかない。

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