分娩費用の保険化議論 2030年度まで延期を提案
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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分娩費用の保険適用化に関して、日本産婦人科医会の石渡勇会長は2030年度まで議論を延期することを提案した。11月20日に行われた社会保障審議会医療保険部会に、専門委員として出席して述べたもの。2026年度をめどに導入が検討されている保険適用化は、実施まで半年を切っても関係者間で意見が真っ向から対立しており、議論を先送りする案は厚労省にも一定の説得力をもって受け止められる可能性はあるように思える。
◾️一次施設維持の観点から検討望む
この日の審議会の議題の1つである「医療保険制度における出産に対する支援の強化について」は給付方式の在り方と給付内容を議論するという、保険適用化の核心部分を話し合う場となった。
口火を切った石渡会長は、過去に10回行われた「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」での議論も踏まえ、日本産婦人科医会としての立場を明確にした。すなわち、少子化の進行で全国の47%の分娩を担っている一次施設(産科医院・助産院・診療所等、低リスク妊婦を主に担当する医療機関)の分娩数が減少する厳しい状況であることから、施設の維持の観点からの検討を強調するものである。
まず、給付方式については「新たな制度においても、それぞれの施設の経営上の自由度が確保されるような硬直的でない、緩やかな評価の仕組みが必要。…病院経営ができることを前提として、なるべくシンプルな形で分娩を一件やったらいくらぐらい支払われるという形がいいのではないか。…その際、一次施設であっても、手厚い人員体制をひいているところや、社会的なリスクを持っている妊産婦等の積極的な対応を行う施設などには、他の施設より高く評価される仕組みも検討していただきたい」と述べた。
また、給付内容については、一次施設には公的な助成はなく純粋に企業努力でのみ経営していることから「ローリスクの妊婦を中心に対応する施設でも経営を維持するよう、現在の出産(育児)一時金よりも上乗せした給付をお願いしたい。…したがって一次施設に配慮した給付水準としていただくことを強く要望する。また、少子化がより早いスピードで進行している地方の一次施設、地域で分娩を続けていく将来の見通しを描けずにいる。都市部だけ優遇するのではなく、お産難民がこれ以上発生しないように、地域で頑張っている先生たちが希望を捨てずに分娩を続けられるように、全国一律でなるべく高い水準の設定をお願いしたい」とした。
さらに「このままでは周産期医療供給体制は崩壊していく危険がある。今後の少子化のさらなる進行や、物価・賃金の上昇を見据え、給付水準については柔軟な見直しを行う仕組みを導入していただきたい」と話した。
話している内容からは、現在の出産育児一次金の仕組みを維持して現行の50万円を必要に応じて上昇させることができる方式を望んでいるように受け取れる。その中で妊産婦の実質的な負担をゼロにできるという考えがあるものと思われる。
◾️保険化の議論の延期を提案
石渡会長はさらに2023年に岸田内閣で閣議決定された「2026年度を目途に出産費用(正常分娩)の保険適用の導入」(こども未来戦略, p15)について「新たな地域医療構想等に関する検討会での議論も進んでいる。2030年度までの医療DX完全実装、および地域医療構想確立まで、少なくとも令和8年度を目処にするのではなくて、分娩費用等無償化、あるいは保険化の議論については延期してはいかがか」と訴えた。
その理由として「拙速に分娩費用の保険化、無償化の制度を変更することによって、改善はおろか、さらなる悪化が起これば、一気に周産期医療供給体制は崩壊」しかねないことを挙げた。
その上で「人口減少あるいは少子化対策は、国の存亡に関わる最も深刻な問題。まずは出生数の加速度的な減少を食い止め、少しでも好転する施策が必要である。このような緊急事態には保険という対応だけではなく、新たな税、たとえば妊娠出産育児支援のための税の導入を含めた制度の創設をお願いしたい。国民は人口減少を国の存亡の危機と感じている。保険財源だけではなく新たな財源も考えていただきたい」とまとめた。
同会長が言及した「新たな地域医療構想等に関する検討会」は、2024年12月まで15回行われ、医療提供体制の目指すべき方向性として地域における必要な医療提供の維持を掲げている。具体的には「人口減少により医療従事者の不足が顕著となっていく中で、医療DX、タスクシフト・シェア等の推進により、生産性の向上を図り、地域で不可欠な医療機能を維持することが求められる」と明記された(新たな地域医療構想等に関する検討会・新たな地域医療構想に関するとりまとめ p6)。
こうした方向性が定まっているにもかかわらず、保険適用化を強行して地方の産婦人科の一次施設が次々と閉院するようなことが発生してはならないという考えに立っているものと思われる。
◾️標準的な出産費用…「さっぱりわからない」
一方、保険者の側では閣議決定通りの保険適用化を進めたい意向を明確にした。全国健康保険協会の北川博康理事長、健康保険組合連合会の佐野雅宏会長代理の両臨時委員は、従来の現金給付(出産育児一時金)から現物給付(保険適用)への変更を求めた。また、給付内容については全国一律にすべきとした。
その上で産科医療機関の維持については「重要な課題ではあるが、国としての体制の問題としてとらえるべきであって、出産に対する給付体制の見直しとは切り離して保険料財源によるのではなくて、税財源も含めて別途解決策を考えるべき」(佐野氏)とした。
こうして医療機関と保険者の間で180度異なる主張がなされ、その対立の構図が続く中、4か月後に保険適用を開始というのは技術的にも困難が予想される。たとえば、保険者サイドが持ち出している「標準的な出産費用」という考えについて、日本産科婦人科学会の亀井良政常任理事は「われわれアカデミアにとって何が標準的なのか、さっぱりわからない、未だにわかりません。入院から分娩に至るまでの時間の経過が、わずか2時間で生まれる方もおれば、3、4日もかかる方もあり、非常にばらつきが多くて正規分布をたどりません。…そういった中で標準的な出産費用の定義といっても何も出てきません。そういったことに関して我々は非常に疑問を感じておりまして…」と発言した。
ベースとなる部分で見解の隔たりがある中、残り4か月で厚労省が医療現場も保険者も、妊産婦も納得のいくシステムが構築できるかは疑問が残る。こうした点を考慮してか、既に一部メディアは今年5月の時点で、2026年度の保険適用化は困難と報じている(朝日新聞電子版・出産費用、無償化へ 厚労省方針、26年度の保険適用は困難の見通し、2025年12月1日閲覧)。
このような点を考慮すると、石渡会長の提案した2030年度まで議論延期は、その延期される年度はともかく、一定の説得力を発揮しそうである。
◾️便乗値上げ?
ここで1点だけ、筆者の見解を述べておきたい。この問題の取材を続ける中、保険者サイドの主張に疑問を感じる部分がある。それは保険適用化の理由として、出産育児一時金の増額に合わせて出産費用も値上がりしており両者が強く連動している、より直截的に申せば、医療機関が“便乗値上げ”をしているかのように語られる点である。
この日の審議会でも「給付方式のあり方は出産費用が年々、上昇している現状を考えますと、出産育児一時金を引き上げて対応するこれまでの手法、すなわち現金給付では限界がある」(佐野氏)、「給付については、出産育児一時金の増額後、直ちに出産費用が増額したという点についてとか…妊婦さんの納得感を得づらいという現状を聞いておりますことから、これまでの現金給付のあり方から、現物給付変更していくというのが一つの考えとして保険者としても支持したいと考えております」(北川氏)という発言が出ていた。
これらは恣意的な発言であるように思う。確かに実際の正常分娩の平均出産費用は2020年度(令和2)が46万7000円であり、それが2024年度(令和6)には52万円となっている(全施設、出産育児一時金の直接支払制度の請求データより厚生労働省保険局にて算出、審議会資料から)。そして2023年度(令和5)に出産育児一時金が従来の42万円から50万円に増額されている。
2020年度の平均出産費用を100とすれば、2024年度は111.3となる。一方で、単純な比較はできないが、2020年を100とする消費者物価指数(総合指数)は2024年12月で110.7である(総務省・2020年基準消費者物価指数 全国 2025年10月分)。分娩にかかる費用だけが突出して上昇しているわけでないのは、この点からも明らかであろう。
分娩数が大きく減少している点も考慮しなければならない。2020年の出生数は84万835人であったものが2024年は68万6061人と、81.6%となっている(厚労省・令和2年(2020)人口動態統計(確定数)の概況及び、令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)の概況)。分娩には安全確保のため夜間も人員を待機させる必要がある。机上の計算ではあるが、たとえば2020年には5人の妊産婦が入院する中、1人の看護師を待機させていたとすると、2024年には4人の妊産婦に1人の看護師となる。妊産婦が減ったから待機させる看護師を減らそう、ゼロにしようとはできない。
5人で支えていたものが4人になるのであれば、個々の費用負担は自ずと高くなる。こうした経済の原則の下で医療機関の経営が行われていることを考慮すれば、”便乗値上げ”と同様の言い方をするのはあまりに現場に対する理解がないと言わざるを得ない。
◾️失敗が予想される社会実験
市場が小さくなれば供給先が淘汰され、寡占化が進むのは経済の原則の1つではあるが、国民の生命に直結する医療機関を民間の企業と同様の原則の下に置けば、最後にそのリスクを負うのは国民、直接的には妊産婦である。
保険適用化によって一次施設が次々と閉院になれば、地域で”お産難民”が増加することは避けられない。前述の石渡会長は「失敗が予想されるような社会実験はできない」と語った。
出産費用の無償化という耳触りのいい言葉に惹かれ、安易な制度変更をした時に誰がその危険を背負うことになるか、われわれ国民は真剣に考えなくてはならない。
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