分娩費用の保険適用化に異論続出 先行き不透明に
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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2026年度をめどに導入が検討されている分娩費用の保険適用化について、医療機関の側から反対の声が強く挙がった。出産に対する支援の強化等について審議する社会保障審議会医療保険部会が10月23日、厚生労働省で開催され、出席した医療関係者からは産科医療機関の厳しい現状が明らかにされた。保険適用を推し進めたい保険組合サイドの意見に対して異論が続出し、2026年度からの実施は見通せない状況となっている。
◾️危機迫る地域の産科医療機関
厚労省では出産時にかかる標準的な費用について自己負担をなくす方針を明らかにしているが、どのような仕組みで行うのかは決まっていない。過去に10回行われた「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」での議論を踏まえ、医療保険制度における出産に対する支援の強化については、社会保障審議会で議論される。
分娩費用の保険適用化については2026年度をめどに導入すると閣議決定されている(2023年12月22日、こども未来戦略)。ところが日本産婦人科医会(石渡勇会長)などが保険適用化によって多くの産科医療機関の経営が成り立たなくなり、地域の周産期医療体制の崩壊に繋がりかねないとして反対している。導入を目指す保険組合関係者、連合(日本労働組合総連合会)などと意見の対立が目立ち、検討会においては「今後、社会保障審議会医療保険部会をはじめとする各種審議会等において具体的な制度改正等に係る詳細な検討が行われる際の礎とすべく…」議論の整理が行われた(厚労省 妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会:妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会 議論の整理)。
こうして始まった23日の第201回社会保障審議会医療保険部会は、検討会の延長線上という様相となった。
日本産婦人科医会の石渡会長は、産科医療機関の実情を説明した。「地域で安心して安全に出産できる環境を支えているのは、それぞれの地域の一次施設(産科クリニック等)です。一次施設が機能しなくなれば、お産をする場所がない、いわゆるお産難民が今以上に生まれます。妊婦健診にも産後ケアにも支障が生じます。国民にとっても妊婦さんにとっても良いことではありません。しかしながら、少子化や昨今の物価高騰を背景に一次施設は極めて厳しい運営状況に置かれています。…それぞれの地域で一次施設に引き続き地域の安全、安心な周産期医療体制を担っていってもらいたいと思っています。今後の出産に関する制度を考えるにあたって、何よりも一次施設を守るという観点から検討を進めていただきたいと思っております」と意見を述べた。
産科医サイドでは無償化については異論はないものの、どのような形で無償化させるかについては今後の医療機関の存続に関わるため、保険適用化には賛成できないのは明らかである。これに対して、健康保険組合連合会の佐野雅宏会長代理は「(一次施設の維持は)国としての体制の問題としてとらえるべきだと考えておりますので、出産に対する給付体制の見直しとは切り離して、別途解決を図るべきだと考えています」と発言。
これは分娩費用の保険適用化が行われた場合、多くの産科医療機関が経営的に成り立たなくなるとの日本産婦人科医会の主張に対して一次施設の維持と保険適用化は切り離して考えるべきとする意見と言える。その上で全国健康保険協会の北川博康理事長は「これまでの出産一時金による現金給付から標準的な出産費用を現物給付していくことについては必要な対応と考えています」と端的に保険適用化を進めるべきとの考えを示した。
◾️分娩は自由診療
こうした保険適用化推進の意見に対して、参加した委員からは反対の声が続出した。日本医師会の城守国斗(きもり・こくと)常任理事は「お産に関してはもともとが保険の対象ではなく、正常分娩と異常分娩というものもなかなか区別が難しい部分もあります。そういう点も含めて議論は丁寧にしていくべきだろうと思います。もともと産科の医療機関が成り立っているベースとしては自由診療という形で、それに見合った形の人員基準、または施設の体制を整えた医療機関がそれぞれあり、それに応じた形のコスト構造に現在の産科医療機関がなっていることもあろうと思います」と保険適用化への難しさを口にした。
さらに、日本病院会の島弘志(しま・ひろじ)副会長は「今まで(出産を)自由診療としてやってきて、それぞれ値段を設定して運用されてきました。地方においては産科の医院は減っています。そのへんが標準的出産費用というような考え方でどういう値付けができるのか、実存する産科医院とか、病院がきちんと経営を継続できるような、その辺を話し合っていく必要があるのではないでしょうか」と話した。これは地域差、施設間の差がある中で標準的出産費用を定め、保険適用で全国一律の費用を実現することの難しさを語っているものと受け取れる。
現在、正常分娩は自由診療で行われており、国からは出産育児一時金(50万円)の形で現金支給がなされている。これに対して出産にかかる費用の全国平均は2024年9月の時点で50万円を3万円以上超えており、超えた分は妊産婦の自己負担となる。保険適用化した場合、費用は自己負担の3割となると思われるが、その3割負担分も出さなくていいようにしようというのが保険適用化による無償化の考え方である。もっとも、保険適用化しなくても、出産育児一時金を一般的にかかる費用よりも多く支給すれば、実質無償化は達成できる。
その点についての言及なのか、国際医療福祉大学医療福祉学部の伊奈川秀和教授は「出産育児一時金をどう考えるかという点(の検討が必要)です。出産だけではなく、文言上は育児も入っています。どこまでカバーするのかという議論があるわけです。そのことは標準的ということとも関係してくるわけでもありまして、出産育児一時金の射程範囲をどうしていくのか」と述べた。この点は無償化は保険適用化に限られず、出産育児一時金の増額でも実現できるという主張とも受け取れる。その真意は不明であるが、一つの提案とも受け取れる。
◾️2026年度実施という時間的制約
様々な意見の中で異彩を放ったのが、全国知事会社会保障常任委員会委員長で福島県の内堀雅雄知事である。2日前の高市早苗総理の記者会見での言葉を引き合いに出して、産科医療機関の存続の重要性を強く訴えた。
「出産に伴う経済的な軽減をはかることはもとより、分娩を取り扱う医療機関の経営状況も踏まえ、具体的な制度設計にあたっては、地域の周産期医療体制が維持されるよう、現場の実情を十分踏まえた検討をお願いします」とした上で、「医療機関が直面している極めて厳しい状況については、一昨日行われた高市総理就任後初めての記者会見においても触れられています。私たちの安全安心に関わる大切なインフラが失われるかもしれないという高市総理のご懸念は地域医療の確保を担っている私たち地方の思いと共通するものであります」と総理会見の内容に触れた。
10月21日の総理会見では、赤字に苦しむ病院などに補助金を前倒しして措置することが明らかにされた(TBS NEWS DIG・高市早苗新総理の初会見 女性で初めて総理大臣に選出)。地域の医療機関を重要なインフラと位置付ける高市総理の考え方からすれば、補助金は一時的なカンフル剤のようなものであろう。
インフラが失われることがないようにすることが重要であり、そのための制度設計が必要との考えに至れば、岸田政権下での閣議決定が見直される可能性も否定できない。
社会保障審議会はこれから議論を深めていくことになるが、初日の意見を聞く限り、保険適用化をめぐる意見の隔たりは大きい。2026年度からの保険適用化は時間的な制約もあり、見通せない状況となっているのは確かである。








