更年期障害の女性救うかホルモン補充療法

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 更年期症状や更年期障害に苦しむ女性のためにホルモン補充療法が注目されている。働く更年期女性の中には仕事のパフォーマンス低下に悩み、周囲からの冷たい目もあり離職を余儀なくされる例も少なくない。日本産婦人科医会の女性保健委員会の岡野浩哉副委員長は、更年期障害の治療の最前線の事情や、ホルモン補充療法の効果について9月に行われた記者懇談会の場で説明した。

◾️女性ホルモンの低下で更年期症状

岡野浩哉氏(撮影・松田隆)

 更年期症状は閉経移行期からその症状が出始め、最も症状の訴えが多いのが閉経後2年間という。その症状は多岐に及び、特に顕著なものとして「関節痛、いらいら、気分不安定、ホットフラッシュ(のぼせ・ほてり)、多汗、寝汗、中途覚醒、動悸、性交痛」など。

 こうした更年期症状があり、似たような症状をおこす他の病気がない状態で、その症状が日常生活に支障を来たす場合には更年期障害と診断される。更年期は女性ホルモン・エストロゲンが急激に下がることによって起きるとされ、その作用部位は子宮だけでなく、200もの代謝に関与し、脳などの神経系にも作用する。

 岡野氏は「(エストロゲンの)低下・欠落は単に生殖能の終焉を意味するだけでなく、様々な器官の機能不全の開始をも意味している」と説明する(更年期障害と女性の就労問題~診察室で患者から透けて見える職場の風景~ スライド5から)。

 更年期障害は体調面で厳しい状況になるだけでなく、脳などの神経系にも影響を与える場合もあることから、その場合、特に事務系の仕事ではパフォーマンスに影響してくる。この点が、働く女性にとってはキャリアを終わらせかねないリスクを秘めている。岡野氏の外来(飯田橋レディースクリニック)での訴えには以下のような更年期の女性の声があるという。

・集中力が低下した。

・誤った判断やミスが多くなった。

・仕事への意欲が低下した。

・忘れっぽくなった。

・仕事の段取りがよくわからなくなり、時間内にさばけなくなった。

・明らかに仕事のパフォーマンスが下がった。

・周囲の冷たい目。

・男性や更年期障害にさいなまれなかった女性からは、怠けている、甘えている。

(同スライド25から)

 高齢の女性に対する「女性は年齢による劣化が著しい」「だから、おばさんは…」といった陰口を耳にしたことがある人は少なくないと思うが、もしかすると、それは更年期障害による集中力、判断力の低下に原因が求められるものであったのかもしれない。

◾️「ただのヒステリーではない」

写真はイメージ

 こうした外来での声は調査によるデータでも示されている。それによると、働く女性のうち、現在または過去に更年期症状、更年期障害があった人は約42%で、有症状者のうち、更年期症状や更年期障害で仕事のパフォーマンスが半分以下になる人が46%に達した。

 本来の労働能力の3割未満まで低下したと自覚した女性は17%であった(同スライド14が引用する日本医療政策機構・働く女性の健康増進調査2018 から)。

 岡野氏は外来で職場での更年期の理解やサポートについてどうあるべきかを聞くと、様々な答えが寄せられた。

 「更年期の症状を理解してもらいたい。ただのヒステリーではない」

 「更年期症状とはどんなものか、まず管理職が理解を!」

 「身近な夫では理解は難しいと思うけど、話ぐらいは聞いてほしい。病院に行きたくないので、小さいママのサークルがあるような更年期サークルのようなものが自治体であったらいいなぁと思った」

 これに対して厳しい声もあった。

 「職場に年齢的要素の強い自己問題を持ち込むな。仕事は自分に与えられた職務責任に対して賃金もいただいているもの。暇つぶしで仕事している訳ではないから理解もサポートも自己対処すべきと思う。理解を求められても他人には理解できない。」

 「仕事は報酬を貰って行う事なので、更年期だからといって特別に扱う必要はない。病気であるなら病欠をすれば良いだけのことである。」

(以上、同スライドp26 から)

 どちらの言い分にも耳を傾ける必要がある上、どちらの言い分が正しいかはケースバイケースで、一概に断じることは難しい。

 ただ一つ言えるのは、こうした女性特有の問題が社会全体の経済効率に影響を及ぼしていることである。女性特有の更年期症状での経済損失は年間で1兆9000億円に上ると試算された。内訳は離職が約1兆円、パフォーマンス低下が約5600億円、欠勤が約1600億円、追加採用活動にかかる費用が約1500億円に及ぶ(経済産業省ヘルスケア産業課令和6年2月・女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について から)。

 更年期症状、更年期障害は個々の女性の幸福追求の問題にとどまらず、一国の経済の効率性を左右しかねない問題と言える。

◾️「診断が正しければ効果は劇的」

 岡野氏は更年期障害に対してホルモン補充療法(HRT=Hormone Replacement Therapy)が有効とする。これは「エストロゲンの欠乏に伴う諸症状やエストロゲン欠乏が原因となる病気の予防・治療を目的に、エストロゲン製剤を投与する治療法」で、子宮のある女性には、エストロゲンと子宮体がん予防のための黄体ホルモンを併用する(同スライドp34から)。

 この療法によってホットフラッシュ、発汗異常、不眠、膣乾燥感、性交痛、抑うつ症状、記憶力低下、頻尿、関節痛、四肢痛、皮膚乾燥感など多岐に渡る効果が期待できる(同スライド35が引用するホルモン補充療法ガイドライン から)。

 その結果、仕事を以前のようにさばける、判断力や記憶力が戻って、仕事の効率が上がり、自身の正当な評価に繋がることが期待できるという。

 「飲み薬と経皮投与と膣内投与があります。ただ、膣内は局所だけの治療で、膣の健康のための治療がメインになります。飲み薬と貼り薬がシステミック(全身)です。膣に入れる薬はローカル(局所)です」と岡野氏は説明する。

 そもそも更年期症状がエストロゲンの低下によって現れるのであって、それを投与すれば更年期症状の進行が止められるのではないかという考えは成立しそうである。実際に海外では治療としてホルモン補充療法は費用対効果において支持されている(同スライドp32 から)。

 実際の効用については「診断が正しければ(その効果は)劇的です。診断が誤っていれば、全然効かないと。診断が難しいというのはありますが、患者さんには能力が戻ったという方もいますし、『もう、(職場で)あんな(嫌な)思いはしたくないから、定年まではこの治療は絶対にやめない』と言う方もいます」と岡野氏は言う。

◾️既に約1000人治療

写真はイメージ(AIで生成)

 こうした治療を受ける人は日本ではまだまだ少ないのが現状で、その結果、経済効率を低下させている側面はあるのかもしれない。この治療法は更年期症状、更年期障害に苦しむ人にとって福音となり得るし、一般化すれば経済効率を押し上げる効果も期待できる。

 「経済的損失が解消できる可能性はあります。ただしセンシティブというか、気をつけてやらないといけない治療なので、すぐに『はい』とやって、うまくいくというものではありません。その辺が面倒な部分はありますが、効果的な治療が受けられれば、それは当然(解消できる)。」

 日本ではまだまだ治療する更年期の女性は少ないが、岡野氏のクリニックでは既に1000人ぐらい治療しているという。

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