検討会で弁護士暴論「産科医は医療安全に前のめり」

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 分娩費用の保険適用化などを話し合う「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」(厚生労働省保険局)が13日、およそ2か月ぶりに再開された。第5回の今回は保険適用化を推進する立場からの意見が多く述べられた。参考人として招致された弁護士が産科医は医療安全に前のめりすぎており、もっとバランスを取るべきという趣旨の発言をして医師側の反発を招くなど、荒れた展開になった。

◾️保険適用化の賛否両論

写真はイメージ

 この日の検討会は前回に引き続き関係者へのヒアリングと、出産費用の見える化等の効果検証について、報告と意見交換がなされた。問題となる発言をした参考人の井上清成弁護士(東京弁護士会)は、自身が提出した資料には「病院顧問、病院代理人を務める傍ら、医療法務に関する講演会、個別病院の研修会、論文執筆などの活動に従事」し、日本医療安全学会の理事、財務委員長、助産部会長を務めているとされていた。

 井上氏は標準化という概念を持ち出して、多様な産科医業・助産業の市場ニーズに対応すべきとした。「標準化」とは「『標準』(ルールや規則・規制などの取り決め)を意識的に作って利用する活動のこと」と定義されるとし、「多様な市場ニーズに対応した新たな標準化戦略の一環として…『正常分娩の保険適用(現物給付化)』制度を創設する」と強調した(以上、同氏提出資料・出産費用の保険適用に関する法的論点の成立について)。

 保険適用化の導入を良しとする井上氏の後に、それとは反対の立場から、構成員の前田津紀夫氏(日本産婦人科医会副会長)が説明を行った。「分娩費用の保険化は産科開業医の息の根を止めてしまう可能性がある施策である」とする旨を資料を使って説明。夜中に予告なく起こされ、365日24時間気を抜けない、原則的に職場を離れられないという厳しい職種であること、こうした会議の間もPCで患者のモニタリングを行っていること、それらの仕事は保険点数化されていないことなどの事情があり、そうした厳しさ故に後継者が減少していること、それが進めば大学にも産科医を希望する者が入ってこなくなる可能性を指摘した(同氏提出資料・地方県の産科診療所(一次施設)の現状について)。

 さらに、構成員の亀井良政氏(日本産科婦人科学会常務理事)は、問題提起の形で産科医の現状を説明した。

 「学会としては医療安全の確保ということをすごく考えておりまして、世界で一番安全な周産期環境をつくらせていただいています。2008年に聞き取りで出血の統計をとった時に4000人に1人ぐらい、出血量1万(cc)を超える方がいらっしゃいました。そういった方に対してバックアップの体制が全くない状態だと、多分、亡くなられると思います。そういったことが起きないように我々は常日頃からオンコールを作って、近くにみんなを住ませて対応しているわけです。正常分娩ということで一括りにされて、これにかかるバックアップのような費用をどういう形で、たとえばおしなべて全体の方に公平に均等に負担していただくというようなシナリオはございませんでしょうか。いわゆるリスクヘッジという観点で。」

◾️医療安全が絶対的にいい…わけではない?

 産科医の立場から、安全な出産のために無償の努力が続けられていること、保険適用化によってそうした部分への注力が難しくなることから、保険適用化を慎重に考えるべきという意見が続いた後で、問題の井上弁護士の話となる。井上氏は産科婦人科学会の進めている水準はよく分かっていると断った上で、以下のように話した。

 「私は医療安全の世界で、他の診療科と比べて産科がどうかという観点から話をしています。他の診療科が全部正しいというわけではなく、産科が正しいというわけではないのですが、ただ、バランスを見ますと産科は医療安全にかなり前のめっていすぎるというふうに私自身は判断しまして、むしろ、他の診療科と同様な医療安全にしたらどうかと。つまり、医療安全が絶対的にいいと、いうわけではないと。実際の現場とか、実際の診療の必要性とか、医療は諸々の総合衡量の上でのバランスで成り立っていると思います。…

 …バランスとしては、むしろ普通の正常な部分も多いわけですから、その辺を全て、結果が異常である可能性があるということで水準を簡単に上げすぎるために、産科の世界のバランスが他の診療科に比べて崩れているのではないかと、そういった抜本的な問題があります。施設自体の維持と医療安全とのバランスの問題ですので、現物給付化するか現金給付化するかというレベルとはちょっと違う筋道なのではないかと思っておりますので、その辺のところの切り分けと、それから相対的なものなんだということ、医療安全、悪く言えば原理主義的になりすぎないように、ということを是非ご注意いただくということを医療安全を学会などでバランスを取って行おうじゃないかということで主張しています。…」

 これに対して亀井氏が即座に「井上先生のおっしゃることは、4000人に1人の1万(cc)以上の出血をするような方に関しては犠牲にせざるを得ないという、そういうことかもしれませんね。分かりました。ありがとうございます」と反応した。

 井上氏の反応も素早く「そのようなことは申し上げたつもりはございません。医療というのはどの方にどんな問題が起きても何とかしましょう、という、全診療科、みんな医療者頑張っているわけです。でも、その中に実際に限定された領域の中でみんなやっているわけですので、そういうことも結果として起こり得るというところの配慮、バランスが必要ではないかということを申し上げたにすぎません」と反論した。

 この激しいやり取りに、座長の田邊國昭氏(東京大学大学院法学政治学研究科教授)は「おそらく1日中できそうなアジェンダだと思いますので」と話して、その場をおさめた。

◾️井上氏の発言に「医師の総意ではない」

 検討会の直後に都内で行われた日本産婦人科医会の記者懇談会には前田氏も参加。当サイトは井上氏の発言を念頭に「検討会で一部参考人から安全に対して過剰になっている点があり、そういうのはやめたらどうか、後退させたらどうかという趣旨の発言があったが、この点は医療の根幹に関わる部分と思われる。その点についてあらためて見解を」と質問した。

 前田氏は「井上弁護士の質問を言っていると思いますが、今の周産期医療の安全に対する立ち位置が前がかりすぎて、という発言をなさいました(実際は「前のめり」と発言)。我々の立場では、決して前がかりではなくて、まだまだ改善の余地があると思っていますし、我々が一生懸命医療安全に尽くすことは、周産期に悪い影響を全く与えていません。それであれば人の命を救うように努力するのが本来の姿だと考えております。それに税金が投入され、費用がかかるかもしれませんが、命に比べてお金の価値は落ちると思いますので、そこ(命)が大事だと思いますので、あの場にいた医師の意見は、あの(井上氏の)意見は良くないと考えています。会議の後も数人(の医師)で確認しました。あれは個性的なご意見だと思いますが、我々(医師)の総意ではございません。医者はそうは思っておりません。我々は特に周産期医療の安全に対して、もっともっと進んでいくべきだと思っております」と答えた。

 前田氏は記者懇談会とはいえ公式の場での発言となるために慎重な表現に終始したが、井上氏の意見は多くの医師の考え方とは異なることを明言した点には注目すべき。

 また、懇談会の後、日本産婦人科医会のある幹部に”前のめり”発言に関して聞くと、「とんでもないですよ。そうするのなら昭和の時代の妊産婦の死亡率に戻ります。簡単に戻ります。周産期死亡という子供が死ぬ事故が(現代は昭和の時代の)5分の1か10分の1ぐらいになっており、母親(の死亡事故)は50分の1ぐらいになっています。それを元に戻せっていう話ですから論外です。個人的にどう考えるかはご自由ですけど、医師としてはとても聞き流せない話です」と話した。

◾️産科の特殊性を考慮しているのか

 医師にとって医療の安全は最優先事項。医師法第1条は「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」と定めていることからも明らかである。

 ところが、井上氏の話は、産科の医師は他の診療科と合わせて万が一に備えるバックアップ体制を見直すべきで、現行の医療安全体制を後退させてはどうかと言っているように聞こえる。亀井氏の言うような4000人に1人の多量の出血をするような人間は犠牲になっても仕方がないということではないと否定するが、「そういうことも結果として起こり得るというところの配慮、バランスが必要ではないか」と言い直した部分は結局はそういうレアケースの患者が犠牲になっても仕方がないという趣旨と取れる。一般的に考えて暴論の類であろう。

日本産婦人科医会の前田副会長

 さらに、産科医の医療安全に対する考えを「原理主義的になりすぎないように」と表現するのは礼を失する。前田氏はまだ抑制を効かせた表現にしたが、本音の部分は他の幹部が話したことが大方の産科医の思うところと思われる。

 他の診療科の疾病や負傷では、患者が危険な状態になれば集中治療室で24時間監視体制が取られる。産科でも同じで、母体が危険な状態になれば高次医療機関に搬送されることもある。しかし、産科が他の診療科と決定的に異なるのは胎児の命も預かっている点。胎児は母体の影響を受けやすく、母体の小さな変化によっても大きな影響を受け得る。そのため24時間体制でモニタリングする必要がある。

 そうした産科の特殊性を無視して一律に他の診療科に合わせるべきとするのは、前述の医療安全体制後退を容認する発言と同じように、現状を無視した暴論と言っていい。「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」において、そのようなレベルの話が弁護士から出されたことは驚きであり、この日のその部分の議論が、実りある議論とは程遠いものになってしまったのは残念と言うしかない。

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