2人のアグネス 香港の自由の危機に明暗
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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ドナルド・トランプ米大統領が5月29日、香港への完全などの優遇措置を撤廃する手続きに入ると表明した。「新冷戦の宣戦布告」(産経新聞5月31日付け)とするメディアもある。香港の自由が中国の圧迫の前に消滅しようとする中、民主化の指導者・周庭(アグネス・チョウ)氏(23)はツイッターで直ちに中国政府への抗議をツイートした。一方、香港出身のアグネス・チャン氏(64)は沈黙を守っている。
■「自由を守る」米国の取った行動
トランプ大統領の措置は、中国が香港への国家安全法の導入を決めたことへの対抗措置である。これまで関税や査証発給などで優遇措置を取っていたがそれを撤廃すれば、中国返還後も香港が持っていた国際金融センターとして地位は低下を余儀なくされる。
中国共産党の支配下に組み込まれた香港で本当に自由で公正な金融取引が担保されるかと言われれば、多くの人が懐疑的になるであろう。そう考えるとトランプ大統領の発表した措置は極めて真っ当なものであるし、自由への抑圧に対する香港への支援であって、中国への牽制になっているのは間違いない。
こうした米国の動きは、根っこに自由という普遍的な価値観を守る意識があると言っていい。中国に腰が引けていたように見えるオバマ前大統領よりは、遥かにトランプ現大統領の方が真っ当であると思える。日本も米国に続き、自由を守るための強い決意を示すべきだと思う。
■対照的な2人のアグネスの行動
香港民主化の指導者で象徴的存在の周庭(アグネス・チョウ)氏は5月30日、ツイッターで「…人権や自由の保障を破壊する国家安全法を香港に導入する中国政府は、香港が制裁される責任を背負うべきです。もし、国家安全法がなければ、制裁をされることはありません。中国政府はすぐ撤回すべきです。」と直ちに抗議のツイートを投稿した。自由が危機に瀕している時に、当たり前の反応と言えよう。
しかし、香港出身のタレント、アグネス・チャン(陳美齡)氏はこの重大な問題について沈黙を守っている。最近は新型コロナウイルスや、プロレスラーの木村花さんが亡くなったこととの香港との関係(木村さんの死は香港でも報じられたという)については取材に答えているが、自らの故郷が自由を失い、中国共産党の抑圧下に組み込まれてしまう事態に沈黙を続ける。
ネットで検索してみると、毎日新聞2019年9月19日付けで香港の長期化するデモに関して取材に答えており、記事の見出しは「『そろそろ冷静に話し合いを』 アグネスが香港を語る」というもの。冒頭、対立する人々を「中国の一部になりたくないと思っている嫌中派と、返還の恩恵を受けて中国人としてのアイデンティティーに目覚めた親中派。」とカテゴライズしている。
「中国の一部になりたくないと思っている嫌中派」という表現がそもそもどうなのかと思う。昨秋のデモは逃亡犯条例の改正案がきっかけになったもので、これによって中国に脅威になる人を犯罪者に仕立てあげて中国に引き渡すことが可能になり、その結果、一国二制度の崩壊につながるという危機感を抱いた人たちが立ち上がったものである。つまり、自由を守るための戦いであって、嫌中派という括りそのものが中国共産党の立場に立った見方であろう。
■忘れられない1997香港返還「抑圧者は笑顔でやってくる」
香港が英国から中国に返還されたのが1997年7月1日、今から23年前のこと。返還となる7月1日午前0時(日本時間同日午前1時)前後の香港の様子は日本でもテレビ中継されていたが、忘れられない光景が2つある。
1つは香港返還を祝って街に繰り出す人々の中に、アグネス・チャンさんがいたことである。満面の笑みをたたえ、「中国に返還されて嬉しい」という趣旨の発言をしていた。中国人としてのアイデンティティーを持つ人には嬉しいのかもしれないが「民主主義から、中国共産党の一党独裁の国の支配下に入ることの劇的な変化がなぜ嬉しいのか」という単純な疑問を持った者は少なくないと思う。
そして返還の30分ほど前だろうか、香港と中国大陸を隔てるゲートが人民解放軍の兵士によって開けられ、戦車が列をなして香港中心部に向かって進撃を開始するシーンが2つ目である。
アグネス・チャンさんの笑顔と、轟音を立てて進撃する人民解放軍の戦車。この対照的な「画」。まさに「抑圧者は笑顔でやってくる」を象徴するかのようなシーンであった。
■アグネス・チャンさん、本当に黙っていていいんですか?
そもそも香港への一国二制度は50年間保障されたはずなのに、23年目で名実ともに破綻の危機に瀕している。香港のデモの指導的存在である周庭氏は、2014年の雨傘運動の時に中国寄りの発言をしたアグネス・チャンさんを批判したことは知られている。「名前が似ているから迷惑だ」とも言ったと伝えられたこともある。
今は香港を離れ日本で暮らすアグネス・チャンさん、故郷の自由が失われそうな時に黙っているのは、いかがかと思う。