”岩崎宏美の悲劇”防止? 離婚後の共同親権立法化へ

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 離婚後も共同親権を認める民法などの改正案が8日、閣議決定された。現行では父母の一方にしか認められない親権を原則として双方に認めるもので、令和8年までに施行される。離婚後の共同親権が認められると何が変わるのか。さまざまな変更ポイントはあるが、子の監護の問題で歌手の岩崎宏美さんを苦しめたパターンは回避できるようになるかもしれない。

◾️単独親権から原則共同親権へ

岩崎宏美さん(日本テレビ画面から)

 共同親権に関する法整備は法相の諮問機関である法制審議会で議論が重ねられた。現行の民法819条1項は「父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その一方を親権者と定めなければならない。」、同2項は「裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の一方を親権者と定める。」と規定している。

 この点、同審議会が公表した要綱では父母の離婚後等の親権者の定めを「父母が協議上の離婚をするときは、その協議で、その双方又は一方を親権者と定める。」「裁判上の離婚の場合には、裁判所は、父母の双方又は一方を親権者と定める。」(法制審議会・家族法制の見直しに関する要綱)としている。

 これらの要綱がそのまま新しい条文になるのは間違いのないところ。そして、裁判上の離婚の場合、共同親権にするか、単独親権にするか、裁判所の判断基準として「子の利益のため、父母と子との関係、父と母との関係その他一切の事情を考慮しなければならない 」とし、さらに「父母の双方を親権者と定めることにより子の利益を害すると認められるときは、父母の一方を親権者と定めなければならない。」(同要綱)とある。

 共同親権にした時に子の利益が害される場合には単独親権にしなさいというものであるから、原則共同親権と考えていい。

 ちなみに離婚後の親権で単独親権を定めているのは主要国では日本とインド、トルコのみで、それ以外は原則共同親権であるという(法務省・父母の離婚後の子の養育に関する海外法制について)。

◾️岩崎宏美の悲劇…2人の子を取られた

 この親権に関する変更は離婚時の子の親権争いや、子の連れ去りなどに関係し、非常に大きな意味を持つ。ここで考えたいのが”岩崎宏美の悲劇”である。

 聖母たちのララバイなど多数のヒット曲を持つ岩崎宏美さんは、1988年に結婚し、2人の子に恵まれた。しかし、「1995年に協議離婚が成立し、子供の親権は夫側が、養育権は岩崎宏美側が得た。」(ウィキペディア・岩崎宏美)という。

 ここまでは問題はなかったが、その後、環境が激変する。

 「…翌1996年、Aさん(筆者註・岩崎さんの元夫)が再婚すると、妻と2人の子供たちは養子縁組し、彼女が新しい母親になってしまう。『2人の息子は新しい母親と暮らすことになり、岩崎さんは養育権を奪われてしまう形になってしまいました。彼女は裁判を起こそうとも考えましたが、Aさんから“裁判を起こしている間は子供たちに会わせない”と告げられ、主張を取り下げたんです』」(岩崎の知人)」

 当時、子供は1996年に7歳と4歳、彼らを手元から失った岩崎さんのショックは想像もつかないほど大きなものであったはず。

 「最愛の子供たちを手放さざるを得なかった岩崎は心療内科に通うほど追い詰められていった。子供たちが暮らすマンションの前を車で訪れては、灯りが消えるまでその前から動けない。そんな日が3日に1度はあったという。」(以上、NEWSポストセブン・岩崎宏美 一時「死にたい」と思ったが17年経て2人の子奪還

 ウィキペディアもNEWSポストセブンの文章はいまひとつ分からない部分があるが、順次説明していこう。まず、ウィキなどが用いている「養育権」は「身上監護権」のことと思われる。もともと親権とは「子を適切に養育するための親の権利かつ義務であり、同時に、親から適切な養育を受ける子の権利かつ義務」と説明され、その具体的内容は「身上監護権(820条)及び財産管理権(824条)」である(民法Ⅳ第3版 前田陽一ら 有斐閣 p165)。

元夫の再婚は1996年とされる

 通常、親権者が子と同居して養育する(身上監護権も行使する)が、親権から身上監護権を分ける場合もある。それがまさに岩崎さんの例で、法的に考えると親権は元夫にあり、その親権の具体的内容は財産管理権ということになる。一方、岩崎さんは親権の中から身上監護権を切り取って子供を養育する権利を手にしたというのがNEWSポストセブンなどの説明である。

 岩崎さんの場合は協議離婚であるとされているが、離婚協議書にその点が明記されたかどうか、それ以前に離婚協議書が作成されたかも分からない。仮に離婚協議書に岩崎さんが身上監護権を行使する、つまり子供を養育する権利があると書かれていても、離婚届には親権者しか書く欄がなく、岩崎さんの身上監護権は離婚届や戸籍を見ただけでは分からない仕組みになっている。

◾️養子縁組による法的効果

 その状況で元夫の再婚相手が岩崎さんの2人の子を養子にした。15歳未満の普通養子縁組には特別な規定がある。

【民法797条】

1 養子となる者が15歳未満であるときは、その法定代理人が、これに代わって、縁組の承諾をすることができる。

2 法定代理人が前項の承諾をするには、養子となる者の父母でその監護をすべき者であるものが他にあるときは、その同意を得なければならない。…

 1項の法定代理人は親権者と思ってよく、これは元夫にある。自らの子供を再婚相手の養子にすることを承諾するのは当たり前である。問題は2項。「監護をすべき者」は、まさに身上監護権を有する岩崎さんのような立場の人も含まれる。そうすると、岩崎さんは2人が元夫の再婚相手と養子縁組するのを承諾したことになる。実際に承諾して養子縁組が成立すれば、子は養親の親権に服することになる。

【民法818条】

2 子が養子であるときは、養親の親権に服する。

 岩崎さんも当然、弁護士に相談し、この条文を見せられ「リスクが大きい」という説明を受けるはず。その上で承諾をすることがあり得るのか。離婚して子供を手元に置くことに成功したのに、それを手放す危険性の大きい縁組の承諾などするはずがない。それが分かっていながら、事前に岩崎さんに養子縁組の承諾するよう、要請することは考えにくい。

 前述したように、離婚届にも戸籍にも親権者しか記載されない。親権を持つ父親が、再婚相手との養子縁組の際に797条1項の承諾を与えてしまえば、養子縁組は無事に成立する。講学上はそのようになるが、現実社会で起きるものなのか。その点については、以下の文章を読んでいただきたい。

 「養子縁組の届出(戸籍法66条、68条)があった場合の受理手続については、監護をすべき者であるものが他にあるかどうか、戸籍事務管掌者は確認のしようがありません。例えば、父が親権者であるが、事実上、母が養育しているような場合、監護をすべき者であるものがほかにあると言ってよいのか、事実上監護をしているだけで、監護をすべき者であるものかどうか分からないとなれば、申告もされないし、戸籍事務管掌者も知りようがないということになります。また、同意書面や届出書への附記(戸籍法38条)も、実印を要求してはいないので、確認のしようがありません。監護している母の知らない間に父の再婚相手の養子になっていたということもあり得るわけです。」(臨床実務家のための家族法コンメンタール 民法親族編 大塚正之 勁草書房p183-184)。

 岩崎さんの場合がそうであったのか分からないが、そのようなことが現実には起きているということを同書は示している。

◾️養子縁組の取消訴訟

 一連の動きを見ると、可能性として元夫は岩崎さんの承諾なしに養子縁組を成立させ、子供と同居を始めたのではないかという推測は成り立ちそうである。

 岩崎さんが子供を取り戻すために裁判で争うとすれば、「自分は監護権者として養子縁組を承諾していない。だから、養子縁組を取り消しなさい。取り消されたら元夫の再婚相手は養親ではないから、子はその親権に服さない。子の親権は元夫が持つが、身上監護権は自分が有するから子供を返しなさい」という訴えを起こすことになると思われる。

【806条の3】

第797条第2項の規定に違反した縁組は、縁組の同意をしていない者から、その取消しを家庭裁判所に請求することができる。…

写真はイメージ

 これに対して元夫側の反論としては、岩崎さんは監護権者ではない、すなわち797条2項の「監護をすべき者」に当たらないから養子縁組でその承諾は必要ない、それゆえ養子縁組は取り消されるべきではない、そして養子は養親の親権に服するから、我々夫婦が子を育てる権利があるという主張が予想される。

 まず、養子縁組を取り消すことが岩崎さんが子を取り戻す前提となる。仮に離婚協議書に身上監護権は母が有するというはっきりとした記載があれば岩崎さん側としては戦いやすい。なぜなら、この「監護をすべき者」をどのように解釈すべきかは、「監護すべき者として決められたもの(民法766条)及び監護者とする旨の明確な合意はないが、事実上現に監護養育している父又は母と解釈するのが相当でしょう」(前出の臨床実務家のための家族法コンメンタールp182)と説明されているからである。

 離婚協議書に「身上監護権は母が有する」とあれば前者に相当し、多少は勝つ可能性があるのかもしれない。それでも元夫側は、岩崎さんは歌手活動に手一杯で子供を十分に監護できていないから監護者として不適格で子供のために監護者を交代すべきであると主張することは考えられる。そして取り消されるまでは養子縁組は有効であり、その間は子は養親の親権に服するため子供は返さない、面会交流もさせないと突っぱねてきたら岩崎さんもその中で戦いを続けることは難しい。

 そう考えると、前出の知人の「彼女は裁判を起こそうとも考えましたが、Aさんから“裁判を起こしている間は子供たちに会わせない”と告げられ、主張を取り下げたんです」という話も一定の合理性を有する。

◾️共同親権で”岩崎宏美の悲劇”は避けられる

写真はイメージ

 くどいようであるが、あくまでも筆者の想像である。どういう事情なのか詳細は報じられていないようなので、ご注意いただきたい。

 そして、大事なのは、こうした”岩崎宏美の悲劇”が共同親権になってどう変わるか、という点である。ここまで書けばお分かりだと思うが、元夫が2人の子供を再婚相手の養子とする場合、岩崎さんが親権者になっていれば、当然、子の戸籍に親権者として岩崎さんの名前が書かれる。

 「養子となる子どもが15歳未満の場合、子どもの法定代理人である親権者の承諾が必要になります。共同親権だと父と母双方の承諾が必要になりますが、再婚を快く思わない側から養子縁組に関して承諾を得られない可能性があります。」(あたらし法律事務所・共同親権とは|法改正はいつ?メリットとデメリット【2024年最新】

 つまり、離婚後も共同親権であれば、元夫の再婚者と2人の子が養子縁組をする際に、岩崎さんは必ず承諾を求められるため、そこで(子供を奪おうとしている)と感じたら承諾しなければいい。そもそも実母が養育している子を別れた夫の再婚相手の養子にすること自体、不自然極まりない。養子にする以上は養親が育てるのが前提であり、そう考えれば実母が(元夫が子供を奪おうとしている)と考え縁組を承諾しないのは当然。こうして”岩崎宏美の悲劇”は事前に防げることになる。現実的な問題としては、前述の「監護している母の知らない間に父の再婚相手の養子になっていたということもあり得るわけです」を共同親権によって防げると思われる。

 子供を取られた岩崎さんが精神的に大きなダメージを受けたということは当時のワイドショーなどで盛んに報じられた。共同親権の制度が施行されれば、少なくともその種のパターンはなくなりそうなのは導入のメリットと言えるかもしれない。

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