24年後もサバイバー 中島瑞果(2)生き残るために

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 2002年放送の「サバイバー」(TBS系)に出場、3位になった中島(現姓・丸山)瑞果氏の連載の第2回をお届けする。落ちれば芸事廃業の覚悟で臨んだオーディションに合格し、16人の出場枠に入った”みずっち”は、2002年3月にパラオに向けて旅立った。

◾️”精霊”チームの中島氏 

サバイバー出演時の中島氏(本人提供)

 中島氏が所属することになったチームのデレブ(deleb)は、番組ではパラオ語の「精霊」を意味すると説明された。辞書を引くと「deleb」は「ghost(幽霊), spirit(霊), soul(魂)」とされている(参照・Palauan Language Online:Palauan-English Dictionary『deleb』)。

 死んだ人間の魂、霊を意味する単語のため、制作サイドは「精霊」という言葉を当てたのであろう。ちなみに生きている人間の魂、精神の場合は「reng」という単語が用いられているようである(参照・同『reng』)。

 一方、ベケウ(bekeu)チームは「勇者」と訳されたが、「bekeu」という単語そのものは「brave(勇敢な), courageous(勇気のある)」と英訳するのが一般的。品詞はパラオ語特有の「状態動詞(verbal stative)」で、日本語や英語の形容詞的な役割を果たすとされる(参照・同『bekeu』)。

 チームの構成員の平均年齢を見ると、デレブが34.8歳、ベケウが26.0歳と差は少なくない。デレブは成熟した大人を象徴する精神性を、ベケウは若さを象徴する強靱な肉体を、それぞれイメージしているように思われる。

 どちらかと言えば、死んだ人間の魂である「デレブ」より、生きている人間の魂を意味する「レング」の方がチーム名に相応しいとも思われるが、デレブとベケウ、ともに母音が「e-e-u」と並ぶ点を考慮しての命名なのかもしれない。

◾️松尾純子氏の強烈な印象

 デレブで一緒になるメンバーの中で、中島氏に強烈なインパクトを与えた相手がいた。それが松尾純子氏(当時36歳=レストランプロデューサー)である。

 「姐やん(松尾氏)を最初に意識したのは、番組の記者発表の時です。この時、姐やんは6時間遅れてきたんです。二日酔いで寝坊して遅れたと言っていました。当時は『作戦かな』とも思ったのですが、私にはできないな、と。後から聞いたらオーディションに通って、記者発表に出る前祝いで飲みすぎたということでした。(TBSから)『もう、来なくていいよ』と言われるレベルの遅刻ですから、『ギリギリのラインで攻めてくるな』『この豪快さは私にはない』と思うと、『強敵だな』と思いました。」

 番組作りのため、制作サイドは通常、出場者に個性的なキャラクターであることを求め、参加者も温度差はあるにせよ、一定程度、理解している。その観点からすれば松尾氏の信じ難い遅刻は「攻めている」と見えても不思議はない。

 松尾氏とはその後、16人が4人になるまで残り、深く関わることになる。松尾氏が追放された審議会では、抱き合って涙を流した。その点は連載の終盤で詳述する。

◾️黒岩氏から怒鳴られた日 

デレブチームの8人(写真はAIで生成)

 デレブの8人は役割分担、キャラクターがはっきりしていた。「本当の初期のころですが、お父ちゃん(黒岩氏)、桑野ママ、リーダーのお兄ちゃん(小野氏)、松尾姐やん、みずっちと恵利ちゃん(蓑島氏)・よっしー(吉野氏)、弟の泰三(岡部氏)といった感じ」(中島氏、以下、断りがない限り同氏)で、年齢・性別・パーソナリティによってバランスよく家族のようになっていたという。

 メンバーは26歳から56歳と最大30歳の年齢差があり、19歳から34歳と15歳の幅に収まっているベケウとは対照的な構成が影響したことは想像に難くない。その結果、「恵利ちゃんがいい娘、私が悪い娘です(笑)」と、非常にいいポジションに収まったとする。その2人が優勝と3位に入ったのは偶然ではないと思われる。

 ベケウの平川和恵氏(当時31歳=主婦)とは1歳違いであり、チーム分けの際に平川氏の代わりに中島氏がベケウに入った可能性がある。その場合、「1週間ぐらいで追放されていたかもしれません」と言う。ベケウに入れば女性の中で最年長で、デレブのような「娘」のポジションとはならない。「こっちで良かった~と思います」と24年前を振り返る。

 もちろん、デレブで良い地位を占められたとはいえ最終的な勝者は1人であり、優勝のためには激しい競争を勝ち抜いていく必要がある。中島氏は、米国版サバイバーを視聴していたことから、当初から生き残りのための作戦を立てていた。ゲームを淡々とこなし、邪魔にならないように、勝っても大喜びせず、他人に強敵と感じさせない、目立たない存在となることが生き残りの近道と考えた。

 また、普段の生活の中で敵を作らないことを心がけた。「生活を乱すこと、気に障ることを一言でも言ってしまったら、その人の中では追放に傾きます。私は最初、黒岩さんに『おじいちゃん』と言ってしまい、『誰が爺さんだ!』と怒鳴られました。しばらくはヒヤヒヤした日々を過ごしましたが、お父ちゃん(黒岩氏)は忘れてくれたようで、良かったです」と振り返る。

 「始まってみればゲームはできない、感情は爆発する、チーム戦でもせめてびりっけつにならないようにするのに必死の毎日」と話すが、それでも追放のターゲットにされることはなく、自身に投じられた票は9回参加した審議会で1票にすぎなかった。その1票でファイナル(最後の2人)進出を逃したが、総投票数1は、優勝した蓑島恵利氏(当時28歳=ダイビングインストラクター)の2票よりも少ない。その点では狙い通りの戦術を実行できたとも言える。優勝に最も近かった存在、紙一重で優勝を逃したとされるのは、そうした事情がある。

 なお、ベケウの渋谷美奈氏(19=短大生)も投じられたのは1票だけであるが、同氏はドクターストップでの戦線離脱であり、中島氏とは事情が異なる。

◾️最初の追放者

 デレブは無人島生活4日目の追放免除ゲーム(崖のぼり飛び込みゲーム)に敗れて、最初の追放者を出すことになった。この時まで目立たない存在でいること、敵を作らないことを心がけて生活を続けてきたのが良かったのか、メンバーから「(投票先)どうする?」と相談されることが多かった。

 「私は誰とも仲が良く、企みがある人からすれば、与し易いと思われたのではないでしょうか」とその理由を推測する。

 4日目の時点でデレブ内で浮いていたのは岡部泰三氏(26=ボーイスカウト日本代表)と桑野京美氏(当時40歳=主婦)であった。岡部氏は潔癖でおしゃれ、しかも食料が足りない状況にあってはネガティブな要素となる大食漢であった。風呂も洗濯も髪を調えるのも気分次第でひとり別行動をとることが多かったという。また、桑野氏の無人島生活にそぐわない点も目につき始めていた。日焼けを気にし、そのうち女性メンバーの日焼けにも注意するようになった。チームの母としてのアドバイスと思われるが、少なくとも中島氏は(ここは無人島だよ? 何しに来たの?)という思いがあったという。

 また、「おなかがすいた」を延々と言うことにも疑問を感じていたという。自分は空腹を忘れたいのに、桑野氏の近くにいると空腹を意識せずにいられなかったことが苦痛であった。そうした細かい点が、中島氏の考える「生活を乱すこと、気に障ることを一言でも言ってしまったら、その人の中では追放に傾きます」という考えに抵触していたのかもしれない。

 審議会の前、中島氏と松尾氏が誰に投票するかを相談するシーンが放送されている。

中島:またね、ちょっとユラユラしてる。それはね、姐さんがやっぱり言っているであろう人に入れた方がいいかな~って…思ってる。

松尾:別にね、個人的恨みは、本当に…

中島:そう、恨みじゃないけど。

松尾:じゃあ、まぁ、そういう路線ですか? やっぱり。

中島:男性?

 会話はここで切られている。この時のことを中島氏は「追放の候補は(この時点で)明らかに2人でした。それで、片方(男性)を言って様子を見たわけです。はっきり言えば『どっちから行く?』という意味です。姐やんは泰三(岡部氏)に腹を立てていたというのもありましたから、岡部氏から? と聞いたわけです」と振り返る。

◾️追放を決めた理由 

現在の中島氏(撮影・松田隆)

 直後の追放審議会では桑野氏に5票が投じられて、16人で最初の追放者となる。24年前の追放劇に関して、中島氏は自身の中で桑野氏の名前を書く決定的な要因となったのは、別にあることを明らかにした。

 「私の中で一番の理由は、15メートルの高さから海に飛び込むという追放免除ゲームで、桑野ママが『息子のために飛びます』と言ったことです。私も今は3人の子供がいるので、気持ちは分からなくもないですが、それでも口には出しません。嘘でも『チームのために』と言うでしょう。」

 「生活を乱すこと、気に障ることを一言でも言うこと」に細心の注意を払う中島氏からすれば、その点は看過できなかったようである。

24年後もサバイバー 中島瑞果(3)へ続く

    "24年後もサバイバー 中島瑞果(2)生き残るために"に1件のコメントがあります

    1. 怜央 より:

      こんにちは。松田隆さんのサバイバーの記事を拝見して、とても嬉しくなりました!僕は01生まれの社会人で正にこの放送の直前に生まれました。夢はサバイバー出場と日本版サバイバーの復活です。
      間もなく米国版サバイバー50が開催されます。自分が10歳くらいの頃は米国版サバイバーが日本でも放送されており、そ
      の頃出てたbenjamin coach wade通称ドラゴンスレイヤー
      が50に出るので彼を応援しています笑
      松尾さんと話せる機会があればとても嬉しく思います。サバイバーやジャーナリズムについて語り合いたいです。もし良かったらメールにメッセージを頂きたいです

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