3歳児救った日台の善意 名もなき日本人に敬礼
葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼
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昨年11月、高雄市の3歳の男児が、網膜芽細胞腫治療のため日本に渡りました。新型コロナウイルスの感染症の拡大防止のため各国間の移動が大きく制限されている中での海外渡航手術敢行は大きな話題となりました。台湾社会と国境を越えた支援の手、人々の助け合い精神が現れた心温まる出来事であると同時に、協力した市井の日本の人々にあらためて敬意を表したくなる出来事になりました。
■6時間で集まった800万円の義援金
2020年11月14日、あるニュースが台湾の新聞やテレビで大きく報じられました。
「3歲童”眼癌復發” 嬤籌120萬盼赴日治療」 3歳男児”眼腫瘍転移” 母 日本渡航治療に120万元工面の必要 (中視新聞 2020年11月14日)
「搶救3歲童僅存視力 嬤急籌百萬醫療費」 3歳男児の残り少ない視力に救いの手を 母 百万の医療費を急ぎ工面 (華視新聞 2020年11月14日)
網膜芽細胞腫を患い生後4か月で左目を摘出した男の子が、3歳時に右目にも腫瘍が転移していることが判明。11月14日には男児の家族と主治医がメディアの前で窮状を訴えました。主治医からは、以下の内容が伝えられました。
(1)残された視力を守るためには先端治療「小線源療法」が最良の選択肢
(2)しかし、設備面や法的問題から台湾ではこの治療を行える医療機関がない
(3)日本の医療機関に手術について打診したところ先方の了解を得た
(4)ただし、医療費用として120万元(約400万円)が必要
(5)日本政府による新型コロナウイルス感染拡大防止に関する渡航制限のため、ビザの取得が簡単ではない
同時に家族からは、収入に限りがあり渡航手術費用の工面が困難であることが語られました。真摯な態度で現状を説明する主治医と悲痛な面持ちで窮状を訴える家族の姿は人々の心を揺り動かし、ニュース報道直後から男の子に救いの手を差し伸べようとする動きが沸き起こりました。
陳其邁高雄市長は同市各ボランティア団体に可能な限りの協力をするよう要請、日本では東京「台北駐日経済文化代表処」の謝長廷代表(駐日大使に相当)が同日、日本の対台湾窓口機関である「日本台湾交流協会」東京本部に対しビザの迅速な発給を希望すると伝えました (自由時報 2020年12月16日)。その結果、蘋果日報慈善基金会が同日午前11時に寄付金口座を開設、わずか6時間で目標金額を大きく超える225万元(約810万円)の義援金が寄せられたのです(蘋果新聞網2020年11月14日)。
■日本の対応に感謝する台湾ネットの声
コロナの影響で時間がかかることも懸念されていた渡航ビザですが、報道から約2週間後の11月27日、中華民国外交部は男の子とその家族が日本台湾交流協会高雄事務所(日本総領事館に相当)で訪日ビザを受け取ったことを発表しました。会見で歐江安外交部報道官は、日本側の人道的配慮でビザが迅速に発給されたことに謝意を示すと共に「展現台日間相互扶持的緊密關係及堅實友誼(台日間の助け合いの緊密さと友情の固さの現れ)」であるとしました(民視新聞網 2020年11月27日)。
このニュースは台湾メディアでも大きく報じられ、人々からは「太好了(よかった)」「前途有光明(前途に明かりだ) 」、「一切順利平安 (万事順調でありますように)」といった喜びや希望の声が多く寄せられました(蘋果即時新聞 Facebookページ)。
男の子と家族は12月5日、日本へ渡航、隔離期間を経て 21日に入院。治療は成功し26日に無事故郷へ戻りました。謝長廷代表は自身のFacebookページにて、台湾内外で1カ月余り続いたこの出来事は、台湾社会の支援の輪や日本の協力により実現したものであるとした上で、「世界疫情嚴峻的時刻,台灣這種良善的故事帶來溫暖 (新型コロナウイルスの)世界的流行が深刻な中、台湾の人情物語に心が温まる」と綴っています。
男の子の治療成功と無事の帰国に、ネットでは「恭喜(おめでとう)」「早日康復(早く良くなって)」と祝福の言葉や、「感謝善心人的幫忙(優しき心を持つ人の支援に感謝だ)」「送給小朋友的愛心是多人出力合作完成的,這人間處處充滿溫暖(幼い子へ贈られた愛、それは大勢が力を出し合い完成したものだ、世間は暖かさに満ちている)」と、人々の善行を賞賛する声があがりました。
さらに、日本への感謝を示すコメントも多く寄せられていました(奇摩 yahoo!新聞ほか)。
謝謝日本醫療團隊手術成功(手術を成功させた日本の医療チームに感謝)
日本疫情如此吃緊之時,還能對台灣的小朋友如此幫助,謝謝日本友人(日本は(新型コロナウイルスの)感染拡大で緊迫している時なのに、台湾の子供を助けることができる、ありがとう日本の友よ)
日台的友情表現。謝謝日本的協助(日台友情の表れだ。日本の協力に感謝)
台湾社会そして国を跨いで差し伸べられた支援の手、コロナ禍で不安を抱える人々の心に希望と感動を届ける人情物語でした。
■1990年、旧ソ連の3歳の少年が大火傷
一方、受け入れた日本側についてはどうでしょうか。常日頃、「日本人は杓子定規」とか「日本的なお役所対応」などと自虐的に言う日本人は少なくないでしょう。しかし、こうした人命に関わる出来事については比較的柔軟に対応しているように思います。
40代以上の方なら覚えているかもしれませんが、1990年8月、サハリン(樺太)で大火傷を負った3歳のコンスタンティン君(ソ連国籍)が、サハリンの病院では打つ手がなく、超法規的措置で北海道の札幌医科大学附属病院に搬送され、一命を取り留めた事件がありました。
当時、日ソ間は冷戦終結直後で、今ほど関係は良好ではありませんでした。サハリンから北海道に渡るのは簡単ではなかったのですが、子供の命を救うことが日ソの高い政治の壁を越え、美談として語り継がれるようになったのです。日本人が人道的な理由で、柔軟な対応をするのは今に始まったことではありません。
今回の台湾の事案も、「子供の命のため」であり、当時の日ソ関係とは異なる友好国への超法規的措置ですから、日本人にとっては「当然」とまでは言いませんが、十分にあり得る対応だったと言えるのではないでしょうか。実際、私も話を聞いた時に(すぐに日本は動くだろう)と思い、逆に案外、時間がかかったなという思いもあったほどです。
しかし、我々日本人が当たり前と考えて行う措置は、外国人からすれば(こんなことまでしてくれた)と感じられることもあるようです。今回の台湾人の喜ぶ様子を見ていると、(日本は人として当たり前のことをしているだけなんだけどな)という思いと、(それなのに、こんなに感謝してくれるんだ)という思いが交錯します。
我々日本人が当たり前のことと思いながら示す好意・行為は、実は世界では当たり前ではないこともあるのです。当たり前のように超法規的措置ができることは実は素晴らしいことであり、それは日本人として誇るべきことだと思います。その意味で、今回、日本側の人道的配慮に関わった方には深い敬意を示したいと思います。
台湾在住の日本人として、今回の事案は面映く、そして少し誇らしく感じられるものになりました。日本政府関係者はもちろん、医療従事者など市井の人々の努力が、日本という国を信頼される国にしているのです。
葛西先生、初めまして。葛西先生と同じ大学、同じ学部(スラブ語専攻)を出ている者です。とても親近感を覚えながら、この記事を拝読させて頂きました。
新聞は毎日目を通していたつもりですが、お恥ずかしながら、この件はここで初めて知りました。この記事は、久々に心底から良かった、良かったと喜ぶことが出来るものでした。3歳の男の子の失明を防ぐために台湾社会が温かい救いの手を差し伸べ、日本の医療機関が手術の為に受け入れ、コロナで入国制限を実施している日本政府が迅速に入国ヴィザを発給する・・・まるで最高の連携プレイを垣間見た気がしました。
サハリンのコンスタンティン君の事は、よく覚えています。確かに日ソ対立で対ソ感情は今ほど良くはありませんでしたが、一人の子供の生命を救いたいという願いの前では先のそういう感情は一切ありませんでした。
国籍に関係なく人命を救うという一刻を争う事態には、きちんと迅速に対応する日本政府もまだまだ捨てたものではないと信じてみたいですね。そして、これがまた日台友好親善をさらに深めるきっかけになる事を、願って止みません。
記事にして頂いてありがとうございました。
九鬼嘉彦 様
ご覧いただきありがとうございます。
一歩離れて外から日本を眺めることで
母国の違った顔が浮び上がってくると思います。
葛西健二