カラスは山へ帰りインドネシア女性集まる
葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼
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以前、台湾のテレビ局の日本ロケに同行した際、東京郊外の街中ロケ中、台湾人スタッフがゴミ集積所に集められた家庭ゴミを狙うカラスの姿を興味深げに眺めるという一幕がありました。20代のスタッフは「珍しい」とカラスをスマホで撮り、監督やカメラマンらおじさんクルーは「懐かしい」とテレビカメラで撮影を始め、朝の街角でカラスとゴミにフォーカスを当てる一団の光景が印象深く心に残っています。なぜ、こんなことが起きたのでしょう。
■ステーション収集から定時回収方式へ
私は台北の街中でカラスを目にしたり鳴き声を聞いた記憶がありません。山や森へ行くと、木々の上から「カアカア」と聞こえてくることがあり、「台湾にもカラスがいるのだ」と思い出すほど、カラス遭遇率はとても低いです。3年ほど前あるトーク番組で台湾の野鳥専門家と話す機会があり、台湾のカラスの種類や生息地域について尋ねたところ、ハシブトガラス(日本の街中でもお馴染み)は、台湾では「現在は」森や山が生息地域であること、「以前は」台北のような都会の街中でも馴染みの深い鳥だった、ということでした。
その専門家の説明では、台湾では二十数年前は日本のように複数の世帯で街中のゴミ集積所を共同利用する「ステーション収集」が採用されており、集積所に集められた家庭ゴミにカラスが群がるのが日常の光景だったとのこと。しかし、その後家庭ゴミの定時回収方式に切り替えたところ餌を失ったカラス達は街中を食料調達の場としなくなり、山へ森へと戻っていった、という説明でした。台湾のカラスは街のスカベンジャーであることをやめたというわけです。
台湾では90年代後半に家庭ゴミの無分別投棄や、ゴミ集積所に群がる野良犬やカラスにより破られた袋から溢れたゴミの悪臭問題が深刻になりました。私の妻は当時の台北市のゴミ集積所の風景を「カラスや野良犬、野良猫が我が物顔で餌を漁り、道にはゴミが散らかりとても不衛生だった」と振り返っています。
都市部ではこれらの問題を解決する策として、1997年台北市を筆頭に家庭ごみ回収の方法を定時回収方式に切り替えました。その後、地方部にもこの回収方式が導入され、今では台湾の大部分で定時回収方式が採用されています。台湾のスタッフが日本で目にした「家庭ゴミを狙うカラス」の姿は、かつて台湾で行われていたステーション方式を知る世代には懐かしく感じるものであり、物心ついたときには現在の定時回収方式が普及していた若い世代には珍しい風景だったのです。
■「エリーゼのために」と共にやってくる黄色いトラック
台北市では約100m~150mごとに家庭ゴミの回収地点が定められ、環境保護局の黄色い収集トラックが週5日夕方から夜にかけて街中を走ります。回収地点に近づくと収集トラックからは「エリーゼのために」が流れ(南部では「乙女の祈り」、台北市がドイツから購入した収集トラックに元から備わっていたからとか)、付近の住民に回収を知らせます。家庭から出されるゴミは「一般ゴミ」 「資源回収ゴミ」 「調理廃棄物(生ゴミ)」に分別することが定められています。そして、一般ゴミは市指定の有料ゴミ袋に入れなければなりません。回収トラックのスタッフは分別をチェックしており、資源回収で分別の曖昧な物がある場合は回収を断られることもあります。
1993年台湾のゴミ回収率は70%、資源ゴミのリサイクルも全く行われていない状態でした。その後定時回収方式の採用と回収スタッフのチェックや専用有料ゴミ袋の使用によって、2015年度の一人あたりの一日のゴミ排出量は844gまで減少(日本は2018年度で918g)、資源ゴミのリサイクル率は55%に達しました。リサイクル率世界的にもかなり高いものになります(OECD加盟国ではドイツ65%、韓国59%、オーストリア及びスロベニア58%、ベルギー55%)。
ちなみに日本のリサイクル率は19.9%で、OECD加盟国の中でも回収率が下位です(行政院主計總處 「國情統計通報」、環境省 「一般廃棄物の排出及び処理状況等(平成30年度)について」、OECD iLibrary 「Environment at a Glance 2015」)。
これは日本が生ゴミを「燃えるゴミ」として扱っているためだといいます(サステイナブルに暮らしたい 「焼却大国ニッポン ~ 日本のリサイクル率はなぜこんなに低いのか?」)。上述のように台湾では生ゴミは「調理廃棄物」として豚のエサと肥料用(これも各家庭で分別しなければいけません)にリサイクルされます。この違いがリサイクル率の違いとして現れているのかもしれません。
■つかの間の息抜き 同胞と触れあう時間 ご近所の井戸端会議
決まった時間にやってくる黄色い収集トラックを待つため、人々は回収地点へと集まります。私の家の近所は自宅マンションの隣の回収地点には毎晩8時17分に、向かいの薬局前には毎晩9時半に収集トラックがやってきます。近隣に住む人は回収時刻の10分ほど前から回収地点へ集まり始めます。
収集トラックを待つ時間は近隣との触れあいタイムとしても有効に活用されます。ご近所さんとの挨拶や近況確認、そしておしゃべり好きな台湾の人ならではの井戸端会議が始まります。また家政婦や・高齢者介護者として住み込みで働く外国人にとっても収集トラックを待つ時間は同胞と触れあえるひと時です。
高齢化社会且つ同居の息子(娘)夫婦が共稼ぎの場合が多い台湾では、都市部を中心に家事代行や自宅での高齢者介護やベビーシッターとして住み込みの外国人を雇う家庭が多く、その数は全島で25万人に達します。そして約8割がインドネシア国籍の女性です(國家發展委員會 「國際人力移動」2019年度)。
毎晩のゴミ回収の時間は、近所で同じく住み込みで働く年の近い同胞と触れあい母国語で気兼ねなく語らうことのできる束の間の大切な時間です。収集トラックを待つ間、母国の言葉で嬌声を上げながら歓談をし、ゴミを捨てた後も名残惜しそうにしている若い彼女らを見ると、例年なら台湾春節の長期休暇には故郷へ戻り一休みもできますが、今年は渡航制限や隔離措置の為自国に戻ることもできず異国での長期滞在を余儀なくされていることを思います。年若い彼女たちにとって、ゴミ回収の時間は明日の活力に繋がる大切な時間ではないでしょうか。
■カラスや野良犬が消え触れ合いの空間が誕生
台湾ではステーション収集方式から定時回収方式に切り替わったことで、カラスや野良犬が家庭ゴミを漁る機会がなくなり、衛生面で大きな改善が為されました。また指定有料袋を使用することで家庭から出るゴミの量を削減し、生ゴミや資源回収ゴミといった分別により50%を超える高いリサイクル率を実現することにも成功しました。
そして近隣の人が同時刻に同じ収集地点に集まることで、そこには地域コミュニティ、同郷の者達の触れあいの空間と時間が作り出されるという二次的効果も生み出すことになりました。
定時回収方式によってカラスは山に帰り、代わってインドネシアのご婦人方を収集地点に集めるようになったというわけです。