工藤会トップに死刑判決「生涯後悔」の意味

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 特定危険指定暴力団の工藤会の野村悟被告(74)が4件の市民襲撃事件で福岡地裁は死刑判決を言い渡された。言い渡し後に足立勉裁判長に「後悔するよ」と発言したと報じられた。また、ナンバー2の田上不美夫被告(65)は無期懲役を言い渡された。

■直接証拠ないまま死刑判決

写真はイメージ

 組織犯罪処罰法違反などの罪に問われた野村被告は求刑通りの死刑判決で、各種報道によると指定暴力団のトップへの死刑判決は初めて。

 この件に関しては直接証拠がないのに極刑を求刑という、裁判所にとっても難しい事件であったと思われる。それでも裁判所が死刑を選択したのは、検察官が間接証拠を積み上げ、合理的な疑いを容れない程度の確信を得るレベルまで立証できたということであろう。

 この直接証拠がない難しさは判決要旨から見れば、はっきりと理解できる。

 判決は工藤会と被告人の関係を「重要事項に関し、執行部が両被告の意向を無視し、実行することは組織のありようから考え難い」としており、両被告が絶対的な存在であることを示している。その上で個別の事件を以下のように判断した。

【元漁協組合長射殺】 両被告が被害者一族の利権に重大な関心を抱き…動機は十分にあり、両被告の関与がなかったとは考えられず、共謀が認められる。

【元福岡県警警部銃撃】 被害者を襲撃するのは、工藤会にとって重大なリスクがあることは容易に想像でき、両被告に無断で起こすとは到底考えられない。

【看護師襲撃】 野村被告は…動機があった。他の組員に動機はなく、無断で実行した可能性はない。

【歯科医襲撃】 田上被告は…被害者一族の利権に注目し…野村被告の関心事である利権介入に大きく関係し、多数の組員を組織的に動かす犯行を、田上被告が野村被告の関与なしに指示するとは到底考え難い。

※産経新聞2021年8月25日付け「工藤会トップ死刑判決要旨」から。

■スワット事件の最高裁決定の影響

 今回の事件とは事案が異なるとはいえ、いわゆるスワット事件(最決平成15年5月1日)で示された最高裁の判断が地裁判決に影響しているのは間違いないと思う。

 この事件は暴力団幹部を警護する「スワット」と呼ばれるボディーガードが拳銃を所持していた銃刀法違反事件で、警護されていた幹部も拳銃所持の共同正犯とされたもの。少し長いが引用する。

 「…スワットらが自発的にX(被告人の暴力団幹部)を警護するために本件拳銃等を所持していることを確定的に認識しながら、それを当然のこととして受け入れて認容していたものであり、そのことをスワットらも承知していた…前記の事実関係によれば、Xとスワットらとの間に拳銃等の所持につき黙示的に意思の連絡があったといえる。…彼らを指揮命令する権限を有するXの地位と彼らによって警護を受けるというXの立場を併せて考えれば、実質的には、正にXがスワットらに本件拳銃等を所持させていたと評し得る。」

 実はこの時の深澤武久裁判官の補足意見では「圧倒的に優位な支配的立場」「自己の身辺の安全が確保されるという直接的な利益を得ていた」「他人の行為を自己の手段として犯罪を行なったものとして、そこに正犯意思が認められる」と指摘されている。この点も地裁の判断の中にはあったように見える。(以上、判例プラクティス刑法Ⅰ総論、p341 信山社を参照)

■漫画・静かなるドンのセリフ

写真はイメージ

 暴力団は一般市民を恐れさせ、それを威光に利権を得るという収益構造である。市民を恐れさせる手段は暴力などの違法な力であり、刑事責任を負わされるリスクを負って違法な行為をするかどうか、するとしてどの程度するのかは組織運営上、重大な事項である。それを現場だけの判断で実行することなどありえない。

 それは誰でも理解できるが、実際に直接証拠がないトップに刑罰を負わせることができるかとなると、ハードルは相当高いと思う。東京地検の元検事である三角亘平弁護士は「暴力団の(起こす事件の)類型においてですね、実行犯が『上から指揮された』『命令された』『殺せと言われた』なんて言うわけがないですね。そもそも類型として直接的な証拠があり得ない類型です。」と解説している(RKB毎日放送NEWS公式から)。そのような困難な状況の中、今回、福岡地検はよく立証し、福岡地裁もよく認定したと思う。

 だいぶ前になるが、「静かなるドン」という漫画を読んだ。主人公の暴力団の三代目総長の「親分が不機嫌な顔をしたら、手下はそれを察して行動に移すもの」という趣旨のセリフが印象に残った。

 手下の行動は、いわゆる忖度みたいなもので、トップの刑事責任を免れさせるための暴力団の知恵と言っていい。手下が忖度することを織り込み済みでトップは不機嫌そうな顔をするのであるから、そこに意思の連絡があると言え、共同正犯が成立すると考えられる。

■生きて刑事施設から出ることはない

 判決言い渡し後、野村被告は「公正な判断をお願いしたけど、全然公正じゃない。生涯このことを後悔するぞ」と、田上被告は「ひどいねあんた、足立さん」と言ったと伝えられる(朝日新聞電子版8月24日公開:死刑判決の工藤会トップ、裁判長に「生涯後悔するぞ」)。

 これは2人の被告人が、手下に「この裁判官の命を狙え」と言っているに等しい。これを聞いた時に「やっぱり、2人の被告人の犯行だ」と感じた人は少なくないと思う。

 もっとも、普通に考えれば2人の被告人がこの後、生きて刑事施設から出ることはない。もはや現世に影響を及ぼすことができない人間のために、誰が大きなリスクを取りに行くかという話である。暴力団の構成員もゲインが期待できるから、あえて大きなリスクを負う。この先、組織が存在し得ないのは子供でも分かる話で、そのためにリスクを負う者などいないと思われる。

 そう考えると、裁判長に対する野村被告らの悪態は、かつての力を失っているにもかかわらず、そのことに気付いていない、あるいはあるかのように振る舞う滑稽な姿でしかない。

"工藤会トップに死刑判決「生涯後悔」の意味"に7件のコメントがあります

  1. 野崎 より:

    こんにちは

    知の巨人と評された立花隆氏が亡くなった。
    立花氏といえば故田中角栄氏のロッキード事件(裁判)だが、いわゆる嘱託尋問調書は
    違憲であるとの結果が出ていた。
    (平成7=1995年2月22日の“丸紅ルート”最高裁判決で、大法廷で関与した12人の裁判官の全員一致で、違憲・違法で証拠から排除する、という判決が出ている。)

    ロッキード裁判は当初より嘱託尋問調書の違憲性が指摘されていた。
    立花氏は無論当初より問題なしの主張であった。

    要は最初から故田中角栄有罪ありきの出来レースだったのだ。
    現ナマでされたとする5億円の授受も何ら証明されていない。
    評論家、田原総一郎氏は5億円の授受はなかったと確信していると
    主張している。

    今回の裁判も出来レースの感をいなめない、その要素の一つとして、
    過去の判決がでている事件をも一事不再理を無視し再起訴したとか、
    (事実関係を精査していません、誤情報かも、)
    よってあくまでイメージですが最初から有罪ありきの感を否めない、、

    ヤクザの存在を容認しているのは日本国民であり、その存在がそれを容認する分岐点を超えれば抹殺される、ということと考えます。
    ロッキード裁判をとりあげたのは日本の司法のいいかげんさの重要例であり、話が飛躍しますが事実上の賭博であるパチンコを三点方式で問題なし、としているのもその証左でしょう。
    一般の企業は三点方式を採用できない。

    そのパチンコを賭博と知りつつヤクザと同じく容認してきたのも日本国民である。
    (自衛隊に関し、裁判所も国民も)

    最近、石原慎太郎氏が安藤組の安藤昇氏に関して上梓した。
    国民がヤクザをある次元において容認している現われの一つである。
    石原氏の甘さ、適当さに唾棄したい思いである。

    安藤組の組員だった故安部譲二氏の言葉である。
    安藤昇に騙された(言葉巧みに組員にされたということだろうが責任転嫁をするな、と言いたい、ソースは蔵書にあるが今は明示できない。)
    そして、
    ヤクザにいい人なんて一人もいない、と。安倍氏晩年の言葉である。

    故立花隆氏について

    知の巨人だそうである。
    知識量、知恵者と人格とは全く関係ない。

    ロッキード裁判の違法性に関し、故渡辺昇一氏と朝日ジャーナル誌上で当時注目された論争が繰り広げられた。

    渡辺氏の質問に直接答えようとせず、すり替え、詭弁、人格攻撃に終始した。
    月刊誌WiLL7月号で立花氏に関わった出版界の人物が立花氏の人間像を語っている、渡辺氏との論争に現れた人格を証明している。

    そして故立花氏は嘱託尋問調書の違法判決にダンマリを決め込んだ。
    (多少の見解は表明しているようである、ひっそりと)

    ご返信は不要です。

  2. NA より:

    北九州では個人経営の店主から、事業主まで多くのカタギの方々が工藤会による生命の危険を感じさせる脅しに屈せず闘ってきた。全国的に不祥事が多い警察も、命がけで市民を守っている。地裁レベルとはいえ、検察の求刑、そして裁判官が下した厳しい判断に日本国民として敬意を払いたい。

    一方、東京五輪会場で強制性交で逮捕された30代のウズベキスタンの男を不起訴とした東京地検(理由は公表されていないが、本人示談金の支払い能力があるとは思えず)。コンビニ駐車場で強制性交し、怪我を負わせた40代のメキシコ人が、20019年3月、静岡地裁浜松支部(山田直之裁判長)が無罪判決を下している。いずれの事件も、現場の状況、客観的証拠や加害者と被害者の関係性から、強制性が認められない事由などない。外国人が絡む犯罪では、司法が腰抜けになることを露呈している。

    理不尽な判決が少なくない昨今、暴力団組長に対して毅然とした態度を示した地検と地裁。今後、控訴審でひっくり返らないことを強く期待する。

    1. 月の桂 より:

      NA 様
      〉検察の求刑、そして裁判官が下した厳しい判断に日本国民として敬意を払いたい。

      画期的な判決です。
      これが、正義というものでしょう。公平に忠実に裁く。それが、何色にも染まらない黒の法服を着用する理由だと聞いたことがあります。
      検察は、性犯罪の不起訴理由を公表すべきだと思います。不起訴となった相手からの報復に怯え、被害者は転居を余儀なくされます。被害者が逃げ続ける人生を受け入れなければならない理由などないはずです。

      1. NA より:

        月の桂 様 コメントありがとうございます。
        「日本では外国人はどんな罪を犯しても刑に処せられることはない」と、世界にとんでもないメッセージを発信しました。
        ウズベキスタン人もメキシコ人も日本の野に放たれました。
        ビザの更新なんてことも。

  3. NA より:

    野村の女性看護師刺傷の動機が・・・。
    一般人扱いされたのが気に食わなかったそうだが、仮に笑われたのだとしても、我慢するだろ。自身の恥晒し、組の面汚しになるとは思わなかったのか。
    事件が表沙汰になったりしたら、道歩けるか?なんて発想は、シノギにはない?

  4. NA より:

    松田様の記事の締めくくり「そう考えると、裁判長に対する野村被告らの悪態は、かつての力を失っているにもかかわらず、そのことに気付いていない、あるいはあるかのように振る舞う滑稽な姿でしかない。」

    野村被告は、小さなモノを大きくしたい/見せたいのでしょう。虚勢が滑稽です。
    極道より、Y興行で笑いの道を究めた方がよかったかもしれません。

    1. NA より:

      控訴するにあたり、司法と国民に対して最悪の心証を与えてしまったことを、弁護士が釈明なり謝罪のフリをするだろうと思っていたら、やはり。弁護人によると、野村被告は「脅しや報復の意図ではない。言葉が切り取られている」と話しているという。

      「切り取りね」。卑怯な言い訳にしか聞こえない。美容形成外科で痛がった野村に対して「入れ墨の方が痛いでしょ」と云った女性看護師に対し、「オバチャン、きついわぁ」ではなく、逆恨みして、手下に襲撃させるような男。池乃めだか師匠の「今日はこのぐらいにしといたるわ」のギャグとはいかない。COVIDワクチン接種でも、痛がったり怖がったりして大騒ぎしたのだろうか。

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