GPS男を守る罪刑法定主義と最高裁 山口判事

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 元交際相手や別居中の妻の自動車にGPS機器を取り付けて居場所を探索し取得していた2つの事件対し最高裁は7月30日、ストーカー規制法の「見張り」には当たらないとの判断を示した。何とも被告人に甘い判断に思えるが、法の不備が原因と言うしかない。第一小法廷の山口厚裁判長が自著で明言している部分でもある。

■ストーカー規制法の「見張り」とは

山口厚著「刑法総論」

 最高裁判決は2件の事件に関する判断である。ともに女性の自動車に無断でGPS(衛星利用測位システム)機器を取り付けた行為がストーカー規制法には抵触しないとした。そのような行為は、同法2条1項の「見張り」にはあたらないとしたのである。

【ストーカー規制法2条1項】

一 つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所(以下「住居等」という。)の付近において見張りをし、住居等に押し掛け、又は住居等の付近をみだりにうろつくこと。

 この「見張り」について最高裁は以下のように判示した。

「『住居等の付近において見張り』をする行為に該当するためには…『住居等』の付近という一定の場所において…動静を観察する行為が行われることを要する…」

 つまり、「見張り」とは対象者がいる付近の場所で観察することであって、遠く離れた場所でPC画面を覗き込んで位置を把握する場合には同法2条1項1号の見張りにあたらないということである。

■ストーカー規制法施行当時には想定されなかった事態

 この判決に違和感を覚える者は少なくないと思う。勝手に他人の自動車にGPS機器を取り付けて、その行動を把握した行為を「理解できる」「当然のこと」と考える者はほとんどいないと思われる。

 最高裁が「見張り」に該当しないとしたのは、要は、GPS機器を取り付けて居場所を探索し取得する行為がストーカー規制法成立時には全く想定もされていなかったからであろう。同法の施行は2000年11月24日。

 米クアルコム社が「gpsOne」という携帯端末の位置を知らせる機器の販売を開始したのが2001年で、法施行当時にはそのような技術はほとんど世に出ていなかったと思われる。立法がそのような事態を想定しておらず、ストーカーは対象相手が見える場所にいなければ「見張り」はできないことが当然の前提だったのであろう。

■法律なければ処罰なし…最高裁・山口厚判事の考え方

 法の世界では「法律なければ処罰なし」と言われる。これは「罪刑法定主義」と呼ばれる。今回の判決をした最高裁第一小法廷の山口厚裁判長は刑法が専門。罪刑法定主義については自著の中で「法律により、事前に犯罪として定められた行為についてだけ犯罪の成立を肯定することができるという考え方・制度」(刑法総論 有斐閣p9)と説明している。

 日本国憲法31条「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」は、それを具現化したものとされる。また、山口氏は「何人も、実行の時に適法であつた行為…については、刑事上の責任を問はれない。…」という憲法39条について「罪刑法定主義の考えが現れている」(刑法総論 有斐閣p9)とした。

 それに沿って考えるならば、今回の判決は当たり前の結論である。悪いのは最高裁ではなく、多くの識者が指摘しているように、立法の不作為こそが問題。「倫理的に許されないから」という理由で刑罰を科すことができたら、捜査当局による恣意的な立法を許すに等しい。

 このように倫理的に許せない人間でも法の不備によって刑罰を科せないことについて、山口氏は自著で以下のように説明している。

 「罪刑法定主義の背後には、まず、民主主義の原理が存在する。すなわち、何が犯罪として処罰の対象となるかは…国会において『法律』により定められなければならず、行政府又は裁判所は罰則を制定することができない」(刑法総論 有斐閣p10)。

 その上で、以下のように続ける。

 「さらに、自由主義の原理が存在する。すなわち、何が犯罪かは…事前(行為の遂行前)に定められている必要がある…。行為後に制定(施行)された…法律を行為時にまで遡及して適用することにより処罰されるのでは、行動の予測可能性が害され、自由が著しく侵害されることになる」(刑法総論 有斐閣p10)。

 最高裁の5人の判事も、被告に対して内心は(とんでもないヤツ)と思いながら、判決文を書いたのではないか。

■国会は早期にストーカー規制法改正を

 ちなみにGPS機器を勝手に取り付ける行為そのものがストーカー規制法以外の法律で犯罪になるかと言われると、その可能性はないわけではない。例えば取り付けるために、相手の自宅の駐車場に侵入すれば住居侵入罪(刑法130条)が成立するであろうし(契約している外部の駐車場では建造物侵入罪の成立は難しい)、場合によっては器物損壊罪(同261条)の可能性もある。

 それらの法で規制するのも一つの手段なのであろうが、行為の本質を考えればストーカー規制法での規制が望ましい。同法を早く時代に合ったものにしなければならない。新型コロナウイルス対策で忙しいとは思うが、立法府は早く対応してほしいと思う。

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