もう一度教壇に立つ 元教師が免職取消訴訟提起へ

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 28年前に中学生だった女性へのわいせつ行為をしたとして免職された元教師が言われるような行為はしていないとして、処分の取り消しを求める訴えを今夏にも提起する見通しとなった。6月7日には東京の弁護士事務所を訪れて打ち合わせを実施。出訴に向けての準備を進めている。

◼️弁護士との打ち合わせで東京へ

提訴に向けて準備を進める鈴木浩氏(仮名、撮影・松田隆)

 2021年1月に免職された鈴木浩氏(仮名)は2023年6月7日、札幌から東京へ飛び、一審を担当することになった2人の弁護士と打ち合わせを行った。昼食を交えながらおよそ5時間、事実関係の確認や今後の戦略などについて話したという。

 3月7日に審査請求の棄却の裁決が出されて以後、弁護士選びには時間をかけている。地元の札幌市で何人かの弁護士と面談をし、東京でも複数の弁護士と面談をして、ようやく決定した(参照・”冤罪”元教員の戦い ワイセツ行為してない)。

 鈴木氏が慎重になるのは、ここまでの経緯を見れば当然のことと思える。きっかけは写真家の石田郁子氏(45)が、鈴木氏と札幌市に損害賠償を求めて提訴したことに遡る。原審・控訴審ともに石田氏の請求を除斥期間を理由に棄却、すなわち鈴木氏と札幌市勝訴の判決を下している。ただし、一審東京地裁がわいせつな行為は行われなかったとしたのに対し、二審の東京高裁は事実関係の審理がないまま、一転してわいせつな行為があったと認定した。

 その事実認定こそを望んでいたのか、訴えが退けられたにもかかわらず石田氏は上告せずに判決を確定させた。その結果、高裁の事実認定が残り、それを理由に共同被告であった札幌市から免職処分を下されたのである。処分の取り消しを求める審査請求も棄却され、鈴木氏は司法に救済を求めようとしている。

◼️ここまで状況が悪化した要因

 石田氏が原告となった裁判も、札幌市に処分の取り消しを求めた審査請求でも、鈴木氏は地元のA弁護士に依頼している。この事件の取材を続ける筆者(松田隆)からすれば、鈴木氏の現在の苦境についてA弁護士の責任も小さくないように見える。

 石田氏の提訴はそもそも除斥期間による棄却が濃厚な事案であり、訴え自体が無理筋であるのは弁護士であれば予想はついたはず。その場合、訴えは棄却されても、判決理由中の判断の中で実際にわいせつ行為があったと認定されるリスクをもっとケアすべきではなかったのか。言われるようなわいせつな行為をしていないと証拠とともに強く主張し、裁判所に(訴えに理由がない)と思わせて判決を書かせないと、何をしてくるか分からないのは長年裁判に関わっていれば分かりそうなもの。ある司法関係者はその点を「裁判所に余計なことを書かれないように、もっとガシガシとやってれば良かったのに」と語る。

 結果論ではあるが、その点の対策が甘かったせいで高裁に全く身に覚えのない事実認定を許し、勝訴しているために被告の鈴木氏から上告することはできず判決が確定して免職処分になっているのであるから、考えうる最悪の結末と言っていい。その後の審査請求も負け戦である。さらにSNSを中心に広がった鈴木氏へのバッシングについても、メディアを使って積極的に情報発信をしていれば少しは沈静化したのではないかと思われるが、その点の対策も十分であったとは言えない。

 6月7日の打ち合わせの後、浜松町のファミリーレストランで取材を兼ねた食事をした際に筆者は「今の事態に至った責任の一端は、A弁護士にあると思います。弁護士は結果が全てでしょう」と投げかけた。鈴木氏はただ、苦笑するのみであった。

◼️制度も鈴木氏に味方せず

札幌市教委の入るビル(提供写真)

 このように鈴木氏にとって、事案に関連する様々な制度が不利に働いている点は見逃せない。東京高裁の判決理由中の判断を根拠に札幌市教育委員会は免職処分を決定しており、その根拠とされた判決に異議を唱えたくてもできないのは、憲法32条で保障された裁判を受ける権利が侵害されていると考えることもできる。

 また、鈴木氏の処分は地方公務員法29条1項1号及び3号の規定に基づいており、その処分に対して、いきなり取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)は提起できない。提訴の前に審査請求をしなければならない(地方公務員法49条1項、51条の2)、いわゆる審査請求前置主義と呼ばれる制度が採用されている。

 審査請求は「行政庁の処分…について、審査庁…に対してする不服申し立て」(行政法第5版 櫻井敬子 橋本博之 弘文堂 p234)である。鈴木氏サイドとしてはそもそも石田氏の訴えは虚偽であり、処分される理由はないと主張しているが、その点を高裁は「石田氏の主張する事実関係はあった」と認定し、その判決は確定した。

 高裁の事実認定に基づいて札幌市は鈴木氏を懲戒免職にしたのであり、審査請求は基本的にその事実認定に基づく処分が違法・不当であるか否かを審査するものと思っていい。事実認定は司法が行うもので、その司法の判断が正しいかどうかは司法で決着すべきことというのが審査を担当する札幌市人事委員会のベースとなる考え方と思われる。

 そもそも審査請求は「裁判所若しくは裁判官の裁判により、又は裁判の執行としてされる処分」については適用除外とされている(行政不服審査法7条1項2号)。司法で出された結論をひっくり返すことはせずに、あくまでも司法の結論に基づく処分の適否を判断するという性質の制度と思っていい。(司法の結論がおかしいというのであれば、それは司法の場で争ってくれ)というのが人事委員会の本音であろう。

 実際に当該審査請求では石田氏の主張は虚偽であり、それをもとに処分されるのはおかしいとの主張はなされたものの、人事委員会はそこには深く立ち入らずに棄却裁決を下している。

 そのため、鈴木氏のような事案では審査請求ではなく、いきなり取消訴訟に進むのがベターと思われるが、前述のように地方公務員法は審査請求前置主義という制度設計。鈴木氏は不利と思われる審査請求の場で2年という貴重な時間を浪費したことになる。身に覚えのない行為で免職された鈴木氏にとっては、その月日は精神的にも経済的にも重くのしかかる。

◼️まもなく再開される戦い

石田郁子氏(Brut.画面から)

 以上で示した事情を思えば、石田氏による「虚偽の申し出」(鈴木氏)こそが現在の状況に陥った最大の原因であるのは疑いないが、日本の裁判制度、行政制度の盲点のような部分にハマって状況がここまで悪化してしまったということもできそうである。

 筆者が「審査請求をせずに提訴できる制度なら良かったですね」と言うと、鈴木氏は少し考えてからこう話した。

 「もし、審査請求をせずに提訴できるなら、裁判は引き続きA弁護士が担当することになったでしょう。そのA弁護士は審査請求で棄却裁決が出た後、『自分がこれ以上担当しても、裁判ではこれまでと同じ主張しかできないから、別の弁護士で別の視点から裁判に臨んだ方がよいでしょう』ということで辞任されました。そうなると、仮に審査請求を経ずに提訴できたとしても、一審は負けたのではないでしょうか。そう考えると、新たな弁護士さんの下で裁判に臨めることになったのは、自分にとっていいことなのかもしれません。」

 弁護士選びに時間をかけて十分に自身の中で吟味しているのは、こうした考えが根底にあるからと思われる。鈴木氏は弁護士との打ち合わせ、筆者との取材を兼ねた会食を終え、夜の便で札幌へと戻った。仕事の合間を縫っての上京、慌ただしいスケジュールを淡々とこなす姿からは、再び教壇に立ちたいという静かではあるが強い思いを感じさせる。

 処分の取消訴訟の提起は、裁決があったことを知った日から6か月を経過すると提起できない(行政事件訴訟法14条1項柱書き)。9月7日が出訴期限である。鈴木氏の戦いはまもなく再開される。

※当サイトでは、これからも復職を求める鈴木浩氏の戦いを追っていきます。

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