古谷経衡氏の杉田水脈論 その絶望的な内容

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 作家の古谷経衡氏が12月28日、自身のコラム「だれ日。」で杉田水脈総務政務官の辞職について論じた。杉田氏の行動の本質は「過剰同化」というもので、5000文字近くの文章は一本調子の批判で終わっており、説得力に欠ける内容。言葉の使用も不自然さや稚拙さが目につき、文章を生業とする者としていかがなものかと思わされる。

■古谷氏の主張・10のポイント

古谷経衡氏(同氏公式サイトから)

 問題のコラムは「だれ日。 誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくい日本のすべて」の「なぜ杉田水脈氏は差別発言を繰り返したのか?~”ホシュ村”への過剰同化の危うさ~、以下本件記事」。

 杉田総務政務官が27日に松本剛明総務相に辞表を提出した翌日に公開された。月刊誌やブログで「LGBTには生産性がない」「チマ・チョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさん」など、議論を呼ぶ表現を使用しており、それらは先の国会で「配慮を欠いた表現だった」と謝罪し撤回しているが、それ以外の発言については「差別とかもしておりませんし、ただ、その真意が伝わりづらいのであろう」と語った(朝日新聞DEGITAL・杉田水脈政務官が辞表提出 「差別していないが、真意伝わりづらい」ほか、2022年12月29日閲覧)。

 これを受けた本件記事の内容は概ね以下のようになっている。

(1)杉田氏が差別表現を続けてきたのは事実。

(2)ネット右翼としては後発組で、最近になって言い出している。

(3)一連の発言は「保守村への過剰同化」の典型事例と思う。

(4)過剰同化はある特定の共同体に対して、後発に参入するものが「生き残り戦略」…のひとつとして往々にして採る態度とされる。

(5)後発組は先発組に対して常に劣位であり、共同体の一員として承認される最も有効な手段は他の構成員より強く過激な意見を主張するという姿勢である。

(6)新参者の過剰同化に先発組が共感するのは、「もともと持っていた過激な部分」が本音であり、それを代弁してくれているから。

(7)保守業界は60歳以上の男性に占められており、50代以下の若手が成功しようと思えばジャーナリスト路線か過剰同化路線しかなく、ジャーナリスト路線は中立性が邪魔をする上、成功までに時間がかかる。

(8)下積みを短縮して人気を高める方法こそが過剰同化である。

(9)過剰同化での参入者は永久に過剰な役割を期待される。こう考えると杉田氏の行動は全ての辻褄が合う。

(10)杉田氏は保守業界に消費されたとも思う。

■「過剰同化」とは?

 そもそも「過剰同化」という言葉が分からない。広辞苑第7版にも掲載されておらず、古谷氏の造語のようである。文脈から判断して「承認欲求に基づき、生き残り戦略などのために用いられる過激な言動」というような意味で用いられているようであるが、それならそう書けばいい。

 僕は勉強したことはないが、心理学では「同化(Assimilation)」という言葉が用いられるという。発達心理学者のジャン・ピアジェは「新しい情報や経験を、自分の既存の考えや世界観に取り入れる認知的プロセス」と定義している。その説明によると、同化は新しい知識を吸収する方法の1つで、子供や移民によく見られる現象とのこと。具体例として挙げられているのは、「子供が見たことのない種類の犬を見て、それを犬だと認識する。」「新しい調理法を学んでいるシェフ」などであり、「基本的には、自分のコア・ビリーフを変えない範囲で新しい情報を学んだ場合、その情報は自分の認知プロセスに同化されています。」とされている(この項、NCGO Blog・同化とは何か? なぜ重要なのかを心理学が解説 から、2022年12月29日閲覧)。

 心理学で説明される「同化」と古谷氏の言う「過剰同化」は全く関連性がないことが分かる。発達心理学では同化という行動が認められることは、多くの学者の認識となっているようで、その存在が認められていると言っていい。その点、古谷氏の「過剰同化」は心理学上、そのような行動が認められているのかどうかは明らかにされていない。杉田氏の言動を分析するのであれば、心理学や政治学などに根拠を求めるべきと思うが、そうした努力を一切せずに、「こう考えれば辻褄があう」で「杉田氏の言動=過剰同化」と結論付けるのは無理がある。一言で表現すれば古谷氏の単なる思い込みに過ぎない。

■古谷氏の主張の説得力のなさの根拠

 古谷氏が「過剰同化」という造語を使うのは勝手であるが、作家・評論家として自らの見解を主張するのであれば、造語の定義をしっかりと示し、そのような行動パターンが存在する根拠を心理学や政治学などに求め、具体例を複数挙げて、説明することが必要である。さらに言えば、反対意見を示し、それに対して反論し、自説を補強した方がいい。そうでないと、双方が自らの主張を大声で喚き合う構図と変わらず、周囲から見れば(どっちもどっち)で片付けられてしまう。

 本件記事であれば、①杉田氏の言動は信念を持って発言したものであり、それが保守村に受け入れられるかどうかは二の次で、政治家としての信条の表現が最大の目的であると考える人もいるかもしれない。また、②本人は差別の意図はないという趣旨の発言をしているのであるから、平等権や平等原則に関する理解がメディアや多くの人とは異なり、それはまさに政治家の信条に係る部分であるといった主張をする人もいると思われる。そうした反対意見に対して、古谷氏は反論した方がいい。

 たとえば、①については、杉田氏の内心の問題は他者は知る由もないが、結果としてその主張はこれまでの保守村のそれより過激であるがゆえに受け入れられている。杉田氏はその状況を受け入れているのであるから、「過剰同化」の言動という外観は備えている、という反論は可能であろう。

 ②については、過剰同化の最たる例の1つが差別的言動であり、差別と合理的な区別は平等を考える際には極めて重要なポイントであるという点からの考察が分かりやすい。何が差別で、何が合理的な区別であるかは最終的には裁判所の判断であり、杉田氏の発言を直ちに差別と断じることはできないという前提がスタートとなる。その上で「自分がいかに努力しても変えることのできない属性等によって区別することは差別と言える」という点を差別と区別の最も基本的な判断基準とした場合、「LGBTには生産性がない」「チマ・チョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさん」は自らの属性に関わることであるから、表現者の意図にかかわらず差別と言い得る。差別は本来許されるものではなく、それを口にすることは過剰同化の「過剰」にあたるのは明白という反論は考えられる。

 古谷氏はそうした丁寧な考察を省いて「本人が何を言おうが、杉田氏があからさまな差別表現を続けてきたのは事実だ。」(本件記事)と単なるレッテル貼りと変わらない批判をしている。そのような手法であれば、杉田氏やその支持者は「古谷さんと杉田さんは考え方が違います。古谷さんのご意見は承りましたが、私は同意しません」と言われて終わりである。

 対立する意見をただ否定するだけで、残りは自説を延々と述べるだけの文章には説得力が伴わないことを古谷氏は知るべきである。

■目につく表現の不自然さ

 古谷氏は作家・評論家を自称している。それでこの説得力のない文章では読者から見放される日も遠くないと思う。それ以外にも文章を生業とするには相応しくない表現の不自然さ、稚拙さが目につく。いくつか例を挙げる。

 断っておくが決して揚げ足取りをする意図などなく、文章を書くことを生業としている以上、その表現についても十分に考慮されるべきであり、その点で古谷氏の基本的な物事に対する姿勢を問題にしていると思っていただきたい。

 そして、それは当サイトが全くミスのない文章表現をしているということを意味しない。

× 「決して古参」の分類ではなく、明らかに「後発組」だ。

 「 」の位置がおかしい。「後発組」に対応しているのだから「古参」とすべき。

→ 決して「古参」の分類ではなく、明らかに「後発組」だ。

× 杉田氏のネット右翼歴は比較的新しく、まさしく「後発組」と言えるのである。杉田氏の一連の差別発言問題等は、「杉田氏が長年そういった主張をしてきた」のではなく、「ここ最近言い出した」ことにこそある

 ※ 後発組であることを説明する部分で「ことにこそある」は意味不明。

→ 杉田氏のネット右翼歴は比較的新しく、まさしく「後発組」と言えるのである。杉田氏の一連の差別発言問題等は、「杉田氏が長年そういった主張をしてきた」のではなく、「ここ最近言い出した」ことが特徴である。

× 杉田氏の発言は、明らかに既存のネット右翼が長年持っていた世界観の強化バージョンである。とりわけ同氏の発言等が独自のものでも発展させたものでもない。既存のネット右翼が憚らず本音として持っていた部分を拡大再生産させたかなりの部分が杉田氏の世界観には厳然としてある、とみてよい。つまり杉田氏の世界観は独自の価値観ではなく、既存のネット右翼的世界観の強化版にすぎないということである

辞職した杉田水脈総務政務官(同氏HPから)

 ※ 「つまり」とは「結局。つまるところ。要するに。」「言いかえると。すなわち。」(広辞苑第7版)。原文の前段は「杉田氏の発言は世界観の強化バージョン」とし、後段の「つまり」の後も「世界観の強化版にすぎない」と同じことを述べている。「要するに」でなければ、「言いかえると」でもなく、単なる繰り返し、重複になっている。それなら「つまり」以下を示す必要がない。

→ (「つまり」以下を削除)

× 保守業界は基本的に60歳以上の高齢男性が寡占しており、その頂点には全国紙『産経新聞』と月刊論壇誌『正論』があるが、

 ※ 寡占は「少数の供給者が市場を支配し互いに競争している状態」(広辞苑第7版)。そのため寡占の主語は複数になるのが自然であり、「高齢男性が寡占」となると高齢男性という1つの集団が独占しているように読めるため適切ではない。そうすると高齢男性1人1人、個人が市場を占有しているという意味で取るしかない。ところが、その直後に、「頂点が産経新聞」と占有者が法人になっている。産経新聞も寡占する占有者の1人(法人)であるとすると、前記の「高齢男性が寡占」と矛盾してしまう。そもそも保守業界の論客としては櫻井よしこ氏、三浦瑠麗氏、曽野綾子氏ら女性も少なくない。

→ 保守業界は基本的に60歳以上の高齢男性が多く、その頂点には高齢男性に人気の全国紙『産経新聞』と月刊論壇誌『正論』があるが、

■古谷氏への提言

 古谷氏は文章を生業にするには基本的な学習量が不足していると思う。多くの部分でもう少し勉強しないと、ライティングの世界で生きていくのは難しいと感じる。この際、書くことはサイドビジネスにとどめ、「喋り」を主にする方がまだ生きる道はあるように思うがいかがであろうか。

 決して、罵詈雑言を浴びせているのではなく、文章を書いて生計を立てている者の1人としての苦言と思っていただけると幸いである。失礼となる表現があった場合はご容赦いただきたい。

    "古谷経衡氏の杉田水脈論 その絶望的な内容"に5件のコメントがあります

    1. BADチューニング より:

      そもそもですが、
      「LGBTには生産性がない」への“反論”としては、「いや、これこれこう言う風に生産性はある」か、
      「生産性がなくてもこれこれこう言う理由で問題がないのでかまわない」であるべきと思うのだが、
      イキナリ「生産性がないとはけしからん!」では議論にさえならんだろ、と思ってました。

    2. 匿名 より:

      LGBTには生産性がない
      そんなの誰に言われなくても分かってる事なのに、敢えて口に出したらそら燃えるわ。

      子供を産むなら若い方がいい
      って公の場所で言うのと同じ。

      でも国を運営する政治家なら、そうゆう事も含めて論じないといけない時もある。
      それでも許せないなら選挙で票を入れなければいい。それが法治国家でしょ

    3. 通りすがり より:

      そもそも古谷経衡などという俗物の言説がマスコミで頻繁に用いられる意味がわからん。
      いつも言ってることの内容は無理矢理なこじつばかりで基本ペラペラ。

      まぁ極左界隈に都合のいい発言を安いギャラで発する便利屋みたいなものなんでしょうけど。

    4. 匿名 より:

      N党の浜田議員のロジックで反論できたのに…杉田氏はColaboの件を深追いしないように狙われたと思います。しかし役を辞めたことでかえって自由になったとも言えます。以前勤めていた市役所でどんな連中がどんなやり方で公金をせしめていたのか明らかにしてほしいです。

    5. 金髪●野郎 より:

      古谷某なる名前久々に聞きましたなあ〜

      ひろゆき氏とホリエモン氏がまだケンカする前に
      ネットのセキュリティ云々の番組に一緒に出てて
      両氏に対して根拠のない持論を展開し
      「それってあなたの感想ですよね」とひろゆき氏に最初に面と向かって言われて嘲笑されてた人物が確かそんな名前でしたな
      まだ動画どっかに残ってるのかな

      本業がなんなのかよくわからない中年男だが
      要するに「読書感想文程度の駄文」を量産する人物ですな
      髪型が津田某に似て不潔なモップみたいなのが印象的

      津田某とともに何故メディアに重宝されてるのか実態不明な人物

      ところでバズフィードやらハフポストやらの朝日系ネットサイトがツイッターのオススメにやたら出てたのが綺麗さっぱり消えましたがそのカラクリを内部の記者が暴露してましたな〜

      津田某やこの古谷某という人物もまさに同様の手法で成り上がったのでは

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