産經抄お粗末コラム カズ選手に失礼だろう

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 産経新聞1面左下にあるオピニオン「産經抄」5月14日付けが、素人以下と言っていい文章を掲載している。本題と関係の薄い前フリが延々と続く上、事実関係に対する評価も一般常識から見て疑問が残る、文章の基本ができていないものが掲載されている。新聞の発行部数の落ち込みが言われる中、提供する商品の質がこれでは、部数減は社会情勢どうこう以前の問題ではないかとも思われる。

◾️前半3分の1は本題と無縁

産經抄は素人以下?

 5月14日付け産經抄を見ると、Jリーグの開幕戦から30年にかけて同リーグの発展とカズ(三浦知良)選手について論じている。1行15字の全48行で、およそ720文字。400字詰めの原稿用紙で2枚程度の分量である。書いてある内容を紹介すると、概ね以下のような流れになっている。

(1)著名な国語学者(故人)は辞書には「外来語が集まる”外来語通り”がある」と述べた。

(2)手元の辞書の「フラ~フラン」には4ページの外来語などの”大通り”がある。

(3)「ジェー(J)」で始まる言葉も小さな道をなしている。

(4)「ジェーポップ(J-pop)」は馴染み深い。

 ここまでで17行目にかかっている。全体の3分の1を過ぎても、本題のJリーグやカズ選手はまだ一言も出ていない。文章の紹介を続けよう。

(5)辞書で定位置を掴んだものにJリーグがある。

(6)明日(5月15日)でリーグ開幕戦から30年になる。

(7)チーム数は10から60に増え、海外のクラブにステップアップした選手が日本代表の屋台骨をなしている。

(8)W杯は出て当たり前、そこで勝たなければ叩かれる時代になった。

 ここまでで33行目にかかったところ。33行目前段までカズ選手の名前は出てこない。同行後段になってようやく主人公の名前が出てくる。

(9)カズ選手はこれだけ成功したリーグは世界でもないと語っていた。

(10)今も欧州で活躍するカズ選手はJリーグの孝行息子であろう。

(11)昨年他界したペレ選手は母国の辞書に「比類なき人物」を意味する言葉として載ったらしい。

(12)「カズ」もペレ選手のような比類なき人物とならないか。

 ネットでは有料での公開となるため一般には見られないが、気になる方は新聞を買ってお読みいただきたい。

◾️読み終えて「どうなってるの?」

 著作権上の問題で全文を紹介できないのは残念であるが、上記の(1)~(12)をご覧になっていただければ、おおまかな流れはお分かりいただけるであろう。

 このコラムはJリーグ開幕戦から30周年に引っ掛けたものであるのは明らかであるが、その前フリとして外来語の辞書の話を出す必然性などなく、まして故人である国語学者の話から始まらなければならない必要など全くない。しかも、その国語学者はサッカーとは何の関係もなく、文章の後半になると全く出てこないのであるから、読み終えてから(国語学者はどうなった?)と疑問が残ってしまう。

 長すぎる前フリも本文と関係のある内容で、最後にその部分が結論に結びつくなら、まだいい。そうしたことがないまま、関係のない話で3分の1のスペースを使うなど文章のプロがする仕事ではない。

 この文章は(6)の「明日(5月15日)でリーグ開幕戦から30年になる。」からスタートすればいい。20行程度デリートしても全く問題ないどころか、すぐに本題に入るから読みやすい。そして後述するように本題の中身が”スカスカ”であるから、そこをもっと説明してやるのが筋であろう。

 産經抄の筆者がサッカーやJリーグ、カズ選手に関する知識がそれほどないことから、関係ない話を入れてスペースを稼いでいると思われても仕方がない仕上がりになっている。そういう意味では構成面は、新聞の1面に掲載するレベルとは言えない。

◾️サッカーに関する無知

 構成もお粗末であるが、内容も目を覆いたくなるようなものになっている。産經抄の筆者がサッカーに関してあまり知識がないことは、結論が社会通念から外れていることからも明らかである。本文では「カズ」という名前が「ペレ」のように「比類なき人物」を意味する言葉にならないか、という自分自身の投げかけに対して「用例『彼はバスケットボール界のカズだ』。収まりは決して悪くないと思えるのだが。」と締めている。

 カズ選手が日本のサッカー界のレジェンドであり、優れたプレイヤーであることは誰しもが認めるところ。筆者(松田隆)も、かつて実際にカズ選手を取材した経験し、人生をかけてサッカーに取り組む姿勢、ファンやメディアに接する態度、その人柄は尊敬に値すると感じた。

 しかし、それらのこととカズ選手の実績に対する評価は別次元の問題。ペレ選手はブラジルのエースとして3度のW杯制覇を果たし、20世紀最高の選手の評価もあながち間違いではないと思われる(20世紀最高はマラドーナ選手という声もあるとは思うが)。

 プレイヤーとしてカズ選手をペレ選手と比較すること自体、不適切である。何より、カズ選手にはW杯出場経験がない。カズ選手が代表だった時代は出場枠が現行32(次回から48)に対して、24か国であった(1994年米国大会)。アジアに関して言えば、94年大会の時は出場枠は2であったが、2022年カタール大会では5.5と3倍近くに増えているだけに単純な比較はできないが、実績だけを言えば本田圭佑選手は3大会連続で出場し、いずれの大会でも得点を挙げており、カズ選手を大きく上回る。

 ペレ選手が世界的な知名度であるのに対し、カズ選手の名は国内にとどまっているのが現状であるし、実績だけ見れば、国内でもカズ選手を上回る選手はいる。

 そうしたことを考えた時に本文にあるように「彼はバスケットボール界のカズだ」という言葉を使ったとしたら、「”彼”はベテランになってもプレイヤーとして活躍しているという意味か?」「若い時に日本を飛び出して外国で経験を積んだ選手なのか?」と、意味をはかりかねる結果となるであろう。

◾️カズ選手の偉大さが分かっているのか

 また、カズ選手がJリーグに参加したのは1990年、23歳の時で、既にブラジルのクラブチームで十分な実績を残していた。Jリーグを有名にした、創設期の看板選手であることから”孝行息子”ではあるかもしれないが、Jリーグが育てた選手というわけではない。

 カズ選手は高校を1年で中退してブラジルに渡りプロサッカー選手を目指すという、当時では考えられない道を歩んでおり、Jリーグに入ったのは日本代表への近道と考えたからと言われている。カズ選手にすれば移籍先の選択肢の1つに過ぎなかった。

 現在、プロサッカー選手を目指すなら、Jリーグの下部組織に入る、あるいは海外の有力クラブに入るなどのルートが用意されている。そういったものが全くない状況で、単身ブラジルに飛び込んで日本代表を引っ張る存在となり、50歳を超える今も研鑽を重ねて現役のプロ選手であることがカズ選手の偉大さであり、世界を舞台に圧倒的な実績を残したペレ選手とは偉大さの質が異なる。

 前出の本田選手のようにカズ選手を上回る実績の選手が出ても、なお、カズ選手が多くのサッカー選手から尊敬の念をもって語られるのは、その点にある。そこを理解しないまま「カズ」を「ペレ」と同じ言葉にするのもいいじゃないかという結論を導くことの愚かさは多くの人が感じるはず。

 産經抄の筆者がそうした質の違いを全く理解しないまま「サッカーで有名になった選手」という括りで論ずることは、カズ選手に対して失礼であると考える。

◾️新聞の退潮を加速させる悪文

写真はイメージ

 Jリーグ開幕戦から30年を論ずるのであれば、リーグによって地域にサッカーが根付いたこと、W杯出場が当たり前になり、日本代表を通じて日本人のナショナリズムの高揚が認められることなどが考えられる。

 それ以外にも外国人枠を積極的に増やして、視聴者の市場を少なくともアジアレベルに広げること、プロ野球がチームが保有するテレビ放映権を中心に経済的に潤ったのとは対照的にリーグが放映権を一括で管理し、DAZNと大型契約をしてリーグ全体を潤わせていること、ビジネスモデルが野球とは全く異なることなど、いくらでも論点はある。

 特に産経新聞であれば、一時期のW杯出場を目指す中で、五輪の時を上回るほどの、かつてないほどのナショナリズムの高揚に繋がったことは大いに論ずべき点であろう。それがこのような文章しか書けないのは、極論すれば、産經抄の筆者が書き手として産經抄を書くレベルに達していないからと言っていい。

 新聞はどこも経営が苦しく、スポーツ新聞では紙の発行をやめてネットだけにする媒体も出ている(道新スポーツ、西日本スポーツ)。一般紙も毎日新聞や産經新聞はこの先どうなるか、不透明な状況。ネットという媒体が出てきた以上、紙媒体が駆逐されるのは当然の流れではあるが、紙媒体の記事の質の低下、はっきり言って素人以下の文章を掲載する姿勢は、そうした退潮を加速させる効果があると思われる。

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