大停電で菅政権の終焉? コロナの陰で進む電力危機

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石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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経済・環境ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒、時事通信社記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長、アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のサイトGEPRの編集担当を経て、ジャーナリストとエネルギー・経済問題を中心に執筆活動を行う。著書に「京都議定書は実現できるのかーC O2規制社会のゆくえ」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。
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 世の中は新型コロナの話題で持ち切りだ。だが今、全国的に電力供給が逼迫していることを、多くの人は知らない。厳しい寒さの中、停電や強制的な節電に踏み切らざるを得ないようなことになれば、国民の生命に関わる。1月下旬まで寒波の天候予報が出ており、この厳しい状況は今年の冬いっぱい全国的に続くだろう。読者の皆様は警戒をし、大停電に備えた、暖房や燃料の準備をしてほしい。これは決して「煽り」行為ではない。

◆停電の可能性全国で、警戒強めて!

 各社の電気予報(一覧:電力広域的運営推進機関ホームページ)を見ると1月5日から、連日、全国の電力各社の電力使用率が一時95%を超えている。これは供給の上限に需要が迫り、余裕が5%以下しかないということだ。各社とも発電所が一つ緊急停止したり、主要な送電の基幹線が切断されたりすれば需給バランスが崩れかねない。その場合に、大規模な停電が確実に発生する(発生メカニズム解説は省略)。コロナ対策の家ごもりと厳冬の暖房需要で家庭向け電力需要は当面増えるだろう。電力需給バランスの先行きは不透明な面があるものの、コロナ対策の自粛による経済の収縮で減るとは限らない。

 かつて電力使用率が95%を超えると、経産省・資源エネルギー庁は停電の危険を広報し、メディアも伝え、電力使用の抑制を訴えた。今回は両者とも広報に積極的ではない。自分たちの大失敗の結果、電力危機が訪れていることを隠したいためかと勘ぐってしまう。

◆電力危機の原因は民意に沿った政策の失敗

断続的に続く降雪が、電力事情を悪化させている(撮影・松田隆)

 原因の理由は複合的だ。直近の気象要因による理由は2つある。今年の冬は北日本を中心に積雪が多く、電力需要が大きい。さらに、この厳冬は北半球全体で起きており、天然ガスの需要が増え、各国の取り合いになっているとされる。またコロナの影響で天然ガス生産とその液化プラントの稼働が低迷し、供給が抑制気味だそうだ。おそらく政府は、大停電したらそのことを強調して、責任逃れをするだろう。

 しかし、それは問題の一部にすぎない。日本のエネルギー問題を少し調べれば、根本的な3つの原因が分かるはずだ。「原発長期停止」「再エネ振興・環境配慮」「電力自由化」である。

 最近のエネルギー政策の3つの柱が、相互に影響し合うことで、おかしな方向に電力の供給体制が転がってしまった。難しい外部制約を課せられた経産省・エネ庁は政策の舵取りが大変だったと理解できるが、事前に予想された危機に対応が足りなかったのは批判されるべきである。

1.脱原発の失敗

日本原子力発電敦賀発電所2号機。規制委員会によって長期停止が続く(日本原電提供)

 2011年の東京電力の福島第一原発事故(以下1F事故)が発生した。その後、原子力規制委員会によるおかしな過剰規制で、原発はほとんど動いていない。(同規制委員会への無能さへの批判は大量にあるが省略する)原発はかつて電力供給の3割を担っていた。それが停止すれば、日本のエネルギーの供給体制が大混乱するのは自明である。ところが世論とメディアと政治家がその異常で不合理な状態を放置した。経産省も、是正に積極的ではない。今回の電力危機でも、原発は規制委員会が止めているために使えない。原発の安全のために電力が使えず、国民生活の安全が脅かされるのは本末転倒である。

2.再エネ振興による供給の混乱

 不思議なことだが、「再生可能エネルギー(再エネ)が脱原発の手段だ」という間違った議論が日本に広がった。再エネにはメリットも多く、過剰な賛美一色になり一部の環境活動家やメディアが後押ししたが、デメリットもある。世界で一番手厚い補助金を出し(固定価格買取制度)で、太陽光発電の設備容量は2012年から20年までに20倍になった。ところが太陽光発電は天候次第であり、今年の冬のような悪天候では発電しない。

 発電は火力に依存することになったが、補助金で支援される再エネが急増したために、各電力会社は1F事故以降に増やした火力発電所の建設投資を抑制した。さらに環境団体や左派政党を中心にした最近の火力発電攻撃で、発電所が造りづらくなった。特に、天然ガス発電より安く発電できる石炭火力発電所の建設が難しい。地球温暖化に影響する二酸化炭素を排出するからだ。日本で今、電力供給の危機が起きているのに、将来の地球環境保護を訴える。それを唱える環境意識の高い人たちは、滑稽を通り越し、異様だ。当然のこととして、日本の電力システムは危機に脆弱になった。

3.電力自由化をなぜ行った?

 さらに不思議なことに、政府は電力自由化を推進した。1F事故当時に東電叩きが起こり、その後、電力会社の地域独占が攻撃された。地域独占は、安定供給と経営の維持という目的だったのに、そしてそれがうまくいっていたのに、電力会社を儲けさせるなという的外れの批判が広がった。ポピュリズム気味の民主党政権の政治家と世論がそれを推進した。

 ところが経産省もその動きに乗った。東京電力を中心に、電力会社はかつて強い政治力を持っていたとされる。実はそうではなかったと、私も1Fの事故の後に驚いたのだが。経産省は、言うことを聞かなかった電力業界を細かく分割して、自らの支配下に置こうとしたのかと、疑いたくなる。自由化は特に必要がなかったからだ。

(図表)JEPXスポット価格

 電力自由化が行われ、電力産業への参入が容易になった。また日本の既存電力会社は、送電会社と発電会社に2020年4月から分割された。各電力会社は地域独占を認められる代わりに、地域への供給義務があった。それがなくなった。規模の小さくなった各社は、コストカットに走り、発電と供給の余力を減らした。経産省は前述したように作りづらくなった原子力、火力発電所の新規増設を支援しなかった。電力取引市場の創設に動いて、受給調整を解決しようとした。自由化と市場取引を賛美する(言っては悪いが)某「御用学者」に理論武装させた。

 ところが他の物品と違って、電力では発電所が簡単に増やせず、供給手段をすぐには作りだせない。電力取引市場では、売り物の電力が出てこない。そのためにこの冬は買いばかりになって、JEPX(日本卸電力取引所)のスポット市場価格は12月から連日最高値を更新している。

 電力の受給は調整されず、せっかく参入した新電力会社(主に配電会社)も電力価格が高値すぎて調達できない。期待された市場の需給調節機能が、まったく働いていない。さらに新電力会社が経営破綻や撤退をするかもしれない。

 こうした混乱とそっくりな状況は、電力自由化が先行した米国の一部の州や、英国の一部地域など欧州で15年前ぐらいに起こっている。寒波が襲って電力取引市場で価格が高騰し、受給体制の混乱により一部で停電が起こり、その後に新電力会社が潰れた。それを参考にしなかったのかと、理解に苦しむ。

 経産省による電力自由化に対応した電力システムの設計は、失敗したと評価してよいのではないか。こうした電力危機は、電力の制度を大幅に見直さない限り、毎年繰り返されそうだ。

◆電力供給の失敗はコロナ禍の中で人命に関わる

 日本の既存の電力会社には、どれにも真面目な企業文化がある。絶対に電力の安定供給を確保しようとするのだ。日本の停電率の低さ、災害復旧の速さは、どんな指標でも、世界のトップである。それは高く評価されるべきだ。政治と世論に責任を押し付けられても、いじめられても、今回の電力危機で電力会社の現場は懸命に頑張っている。

 ところが、それにも限度がある。この電力危機は、これまで国民の支持したエネルギー政策の失敗によってもたらされたものだ。これには、電力会社の頑張りだけでは対応できないだろう。

 2018年9月に発生した北海道胆振沖地震の直後に2日ほど、北海道で停電が起きた。これには、地震のせいだけではなく、私の指摘したような3つの構造的問題が影響した。北海道では北海道電力泊原発が原子力規制委員会によって強制的に止められ、道内に大量に増えた再エネは災害に役立たず、自由化で北電はかなり経営が厳しかった。ところがその事実に目をつぶり、当時の高橋はるみ北海道知事、北海道の政治家、北海道新聞は「北電が悪い」と批判を続けた。あまりにも無責任だ。

 北海道新聞は、脱原発と再エネ賛美キャンペーンをしていた。同紙は原発停止の問題と災害に役立たない再エネについて、筆者の知る限り一言も報道しなかった。報道したら自らの報道の間違いが明らかになるためだろう。道民の命や生活より、自社のメンツが重要なのか。この新聞の責任逃れ、情報操作にあきれた。幸いなことにこの停電による死者がいなかったが、もし冬に起きたら、健康被害は北海道中に広がったはずだ。それなのに、政治やメディアに批判は向かずに、北海道電力が世論の袋叩きにあった。あまりにもずるい。そして、経産省も、メディアや、反原発や再エネ賛美の人も、北海道の大停電から学んだ形跡はない。

 同じように、2021年冬の今起こっている全国的な電力危機でも、経産省・エネ庁、政治家、そしてメディアの警鐘は小さいように見える。あまりにも無責任すぎる。責任逃れのために黙っているのかと勘ぐりたくなる。

 この厳冬の中で、しかもコロナ災害の中で電力が止まったら、死者が出る可能性は十分にある。医療現場では電気の使用が絶対に必要だ。日本の場合、停電は電力会社の対応能力の高さゆえに、数時間で復旧することが大半だが、それでも命は守れないだろう。

 この状況で大規模停電が発生したら、その影響で国民に健康への被害が広がったらコロナ対策の失敗で批判を集める菅政権の支持率が急落し、政権崩壊の一因になるかもしれない。かつて北海道で行われた情報操作も、被害者が増えればできないはずだ。

 電力危機が収まったら、我々国民は、声をあげて、危機をもたらしたエネルギー政策の責任を追及し、問題を是正すべきだろう。そして「脱原発」「再エネ過剰賛美」など、もし誤ったエネルギー政策を過去に支持していた人がいるなら、反省すべきだ。

 そして電力の安定供給を祈り、電力会社の奮闘に感謝したい。何も被害が起きないことを私は本当に願っている。

"大停電で菅政権の終焉? コロナの陰で進む電力危機"に3件のコメントがあります

  1. 名無しの子 より:

    石井様、ありがとうございます。
    私の知人で、電力会社の社員がいます。東京電力ではありませんが。その方が、同じようなことをおっしゃっていました。ですから、石井様の記事を拝見した時、心から納得しました。
    東北地震以来、原発への攻撃は凄まじいものがありました。政治家やマスコミならまだしも、訳の分からない芸能人まで、原発反対の曲まで作ったりして、偉そうに上から目線で攻撃していました。
    確か安倍政権は、原発を完全廃止とは言ってなかったですよね。それを聞いて、安心していました。原子力や火力の完全な代わりになるものを開発してもいないのに(ご指摘の通り、自然エネルギーは天候に左右されますし)とにかく廃止さえすればいい、そのくせ電力消費を抑えようともしないという、ただの流行りに乗った考え方に、呆れるを通り越して、恐怖すら、感じていました。
    コロナにせよ、電力問題にせよ、専門家や現場の人でもない野次馬が、いろいろ言い過ぎだと思います。さらに恐ろしいのは、ただの野次馬ではなく、影響力の大きい自称評論家や芸能人が、野次馬的文句を、公の場で、垂れ流すことです。
    事情のわからない野次馬は口をつむぎ、専門家や現場の人の事情を、私情をはさまないで伝える、そういう基本的なことを、業界人と呼ばれる方々にはお願いしたいと思います。
    この冬は、コロナと寒波のダブルパンチです。今こそ、個人の建前やプライドを通り越して、日本の為、人類の為に、最も大切な行動を、皆がとれることを、切に願いたいと思います。

    1. 石井孝明 より:

      ありがとうございます。私の記事の中身は少し考えればわかること。誰も報道、論評しないのはおかしいと思います。

      1. 中の人 より:

        石井様
        本当に中の人は発言できません。
        やっと昨日(1月10日)ぐらいから報道されるようになりました。
        老朽化した原子力発電所などということ元法曹の方が言いわれますが、きちんとメンテナンスされています。火力発電所はコストダウンでもっと大変です。どこか見学に行かれることをお勧めします。

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