棚上げを分娩費用の保険適用 厚労省「慎重に検討」

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 衆議院予算委員会第五分科会で2月28日、福島伸享(のぶゆき)議員(有志の会)が質問に立ち、厚労省で検討中の分娩費用の保険適用化の棚上げを提案した。福岡資麿厚労相は棚上げ提案そのものは拒否したが、慎重に検討を進めることを約束した。

◾️産科医療の危機を強調

質問する福島議員(YouTubeニコニコニュース画面から)

 福島議員は、現在、厚労省で開催されている「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」で中心的な議題である分娩費用の保険適用化について質問した。岸田内閣の時代、2023年12月22日に閣議決定された「こども未来戦略」では「2026年度を目途に、出産費用(正常分娩)の保険適用の導入を含め、出産に関する支援等の更なる強化について検討を進める。」とされている。

 とはいえ、2024年6月から始まった同検討会は直近の2月5日の開催まで合計7回行われているが、日本産婦人科医会、日本産科婦人科学会など産科医療機関サイドとしては保険適用化が実施された場合、多くの機関が経営的に立ちいかなくなるとして猛反発している。

 その中で福島議員は保険適用化によって、多くのクリニックが経営を続けていけなくなるという声が届けられ、産科医療が崩壊しかねないという危機感があることを伝え、政策遂行の上では多くのデータを見ていく必要性を訴えた。

 鹿沼保険局長は「産みやすい環境を作るという中においては地域の産科医療体制がなくなっていいとか、また、特に周産期医療体制が壊れていいというつもりは毛頭ございません。そこはしっかり守りながら、一方で妊婦の方々の出産の費用、いかに産みやすい形にしていくのか、それ以外の様々な支援をやっていくのか、そういうことが基本的な考え方だと思っております。」と答え、その上で産科医療機関の経営状況等を把握することの重要性を認識した上で、現在、経営状況の把握を行っている最中であるとした。

◾️厚労相「切り離し論」を拒否

 さらに福島議員は、出産費用を極小化する議論と保険適用を切り離して考えるべきであると持論を展開。強い反対意見が多い保険適用化はいったん棚上げし、事実に基づいたリサーチを行い、保険適用化をしても地域の周産期医療体制が崩壊しないという確証が得られた時に結論を出すべきとした。検討会が今年の春頃までにとりまとめを行うのとは切り離して結論を出すべきと迫った。

 これに対して福岡厚労相は「保険適用の導入につきましては一連の検討の中で負担軽減の具体的方策の案として議論しているものでございまして、委員(筆者註・福島議員)ご指摘のように切り分けて議論すべきものとは当方としては考えてございません。また、同時に妊娠期から産後までの切れ目のない支援を充実するという観点からは、出産という一局面だけでなく各自治体で行われている妊婦健診であったり、産後ケア事業などを含めた一連の課題を一体的に議論し、全体として妊産婦の負担軽減を達成していくことが極めて重要であると考えております。地域の周産期医療体制の確保という観点にも十分留意しながら、引き続き関係者の方々の意見や有識者の方々の専門的な知見を踏まえつつ、丁寧に議論を進めてまいりたいと思います。」と切り離し論は明確に否定した。

◾️保険適用化を言い出した勢力

写真はイメージ

 この日のやり取りを聞く限り、厚労省としては2026年度からの保険適用化を断念したと言える状況にはない。出産費用を少なくする議論と切り離して考えるべきという提案を厚労相が明確に否定したことから、保険適用化を強行する可能性もゼロではないように解釈できる。実際、省内では一時は2026年度からの実施を断念したものの、一部では実施を諦めていない勢力があると言われている。

 しかし、ここまでの経緯を考えると、この日の質疑においては厚労相としてもこう答えるしかないという事情が浮かび上がる。

 そもそも、保険適用化は厚労省が「妊産婦の負担軽減のために」と言い出した話ではない。財務省が財政政策の一環として言い出したと言われており、福島議員もこの日の質問の中で「そもそも保険適用化は日本維新の会や一部の与党の議員の声によって始まったものではないかと思う。ちゃんと詰まった政策とは全然思えない。」と話している。

 その結果、前述の閣議決定された「こども未来戦略」で採用された。それも少子化対策の具体的政策の1つとして挙げられた出産等の経済的負担の軽減の中で「2026年度を目途に、出産費用(正常分娩)の保険適用の導入を含め、出産に関する支援等の更なる強化について検討を進める。」という持ち出され方をされている。

 この書き振りについて福島議員は「出産費用の保険適用の導入を含めというね、役人的に微妙な、この言葉があるから問題なんですよ。」と指摘した。自身が通産省(現・経産省)の官僚であった同議員の言う「役人的に微妙な」とはどのようなことを指すのか正確には分からないが、ある程度の想像はつく。

 結局、政府は財務省もしくは維新の会や与党議員の一部の声に乗り、こども未来戦略を閣議決定。少子化対策のためには妊産婦の経済的負担軽減の必要性を説き、その中に保険適用化をねじ込んだ。妊産婦の経済的負担軽減には様々な種類が考えられる中、1つだけ具体的な政策が入っているのはいかにも不自然ではあるが、それを実行させるためには具体的に入れざるを得ない。

 一方、こども未来戦略に沿って政策を遂行する厚労省は、当然、保険適用化の真の目的は別のところにあることは分かっている。ところが、いざ、実行しようとしたら産科医サイドから猛烈な反発が起きて困難な状況となった。

 そうなった時に、そもそもこども未来戦略は少子化対策であり、その中の1つが妊産婦の経済的負担軽減で、その具体的政策の1つが保険適用化であると解釈すればよい。そうすれば仮に保険適用化を実現しなかったとしても、具体策の1つを不採用としただけで、本来の目的である妊産婦の経済的負担軽減は別の方法で行ったとして閣議決定されたこども未来戦略に沿って政策遂行が行われると胸を張って説明できる。

 実際、鹿沼局長はこの日、保険適用化の目的を「出産に関する支援等のさらなる強化…その例として出産の費用の保険適用の導入」「出産の保険適用が必ずしもというわけではなくて、いろんなことを検討する中で1つの重要なテーマとして議論していってる」と答弁している。

◾️福島議員の笑顔の意味

 以上のような厚労省の立場からすれば、保険適用化だけを取り出して、その結論を先送りするという手続きは取れない。しかも、周産期医療体制の維持の重要性を強調しているのであるから、妊産婦の経済的負担軽減と両立させることが重要で、そのために保険適用化が両立を妨げるということになれば、採用し得ない。このように解釈すると、保険適用化を強行する可能性はかなり低いように思える。

写真はイメージ

 福岡厚労相は「全体として妊産婦の負担軽減を達成していくことが極めて重要であると考えております。地域の周産期医療体制の確保という観点にも十分留意しながら、引き続き関係者の方々の意見や有識者の方々の専門的な知見を踏まえつつ、丁寧に議論を進めてまいりたいと思います。」と答弁した後に、福島議員から再度、答弁を求められると「慎重に検討を進めてまいりたいと思います。」と、(丁寧に議論を進めて)から後退する表現で答えた。

 福島議員はそれを受け、笑顔で「ぜひ、慎重な検討を求めまして質問とさせていただきます」と締めた。同議員の表情が全てを語っているようにも見える。

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