日刊スポーツの歴史に残る社長解任劇(4)社員に直接語った川田員之会長

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 日刊スポーツ新聞社三浦基裕社長は2011年6月28日の定時株主総会で川田員之会長によって事実上解任された。1期2年の任期を終え、さあ、これからという時の54歳の若手社長の電撃的な追放劇。メディアでも報じられ社員の動揺も続く中、川田会長は自らが各職場を回り、社員の前でその真意を語ることになった。

■川田員之会長が語った解任理由「紙は生命線」

 社員に対する説明が行われたのは、株主総会から2日後か3日後だったように記憶している。編集局の広いフロアーに数十人の社員が集まり、編集局長のデスクのあたりで川田会長が解任に至った経緯を話し始めた。

(1)日刊スポーツ新聞社の売り上げがこれまでになく下がっており、厳しい経営環境にある。

(2)日刊スポーツ新聞社のメインの売り上げは新聞(紙)であり、それが我が社の生命線である。

(3)しかし、三浦社長は枝葉末節の部分での改革・改善ばかりを行おうとし、肝心の新聞の売り上げについては後回しになっている。

(4)これ以上、三浦社長に期待することはできないと考え、自分自身が社長となって会社の立て直しに着手することにした。

 話し終わっても拍手もなく、重い空気が編集局全体を包んでいた。編集局出身の三浦社長の下、三浦社長の人事で編集局のトップに就いた人間ばかりで、基本的には部長・次長もその流れにある。その状況でトカゲの頭が潰されたのだから、尻尾が元気なはずがない。

■社長に求められた改革

解任劇は「クーデター」などと報じられた

 川田会長の説明は、僕には思い当たる部分はあった。前回の連載第3回で触れたが、社長を囲む会に出席した時に三浦社長は参加者に今後の日刊スポーツの改革・改善について語ったのであるが、その内容は以下のようなものだった。

<1>締め切り時間が早い、いわゆる早版地域の読者にはプロ野球のナイトゲームの結果が入らない新聞が行っている。そのため、ネットで無料で最終版が見られるサービスを始める。

<2>プロ野球の記事をシーズンを通して朝日新聞に提供することで収益を得る。

<3>当社主催の神宮外苑花火大会を、某有名不動産会社を冠スポンサーにする。

 それを聞いた時、僕は(よくて局長レベルの話だな)と思えた。どれも現場の人間が話をまとめてくればできる話で、社長が陣頭指揮に立ってやるような事案ではない。社長に期待されるのはそうした細かいことではなく、スポーツ新聞全体が右肩下がりの状況の中、日刊スポーツそのものを変えていかなければならないという点である。

■川田員之会長の思惑とのズレに「それはそうだよな」

 ネットの登場で新聞が時代遅れのメディアになったことが、売り上げが下がった大きな原因であろう。しかし、スポーツ新聞の伝えるニュースそのものに多くの読者が興味を失っている点は無視すべきではない。古くはONの時代、あるいは江川・掛布の時代には前夜のプロ野球の結果が職場や学校で話題になることは少なくなかった。

 しかし、今の時代、前夜のプロ野球の結果を職場で話す人間などいるだろうか? プロ野球のマーケットそのものが昭和の時代と比べて極端に縮小している。スポーツ新聞も、そういう時代に対応しなければ生き残れないことは意識すべきであろう。

 そうなるとスポーツ新聞の中身も、たとえばスポーツビジネスの側面から分析したり、監督官庁に取材をして行政面との関わりを探るなど、スポーツに関すること全般を扱う専門紙にするなどの大改革が必要になると思われる。「スポーツ・芸能・ギャンブルの日経」のようなイメージ。それは1つの例であるが、それぐらい思い切った改革をしなければメディアとして生き残っていけない時代であると、僕レベルの社員でも思っていた。

 おそらく川田会長はそういうドラスティックな改革を三浦社長に期待していたのではないかと思う。それが局長レベルの小手先の話、しかも新聞をどう売るかではなく、別メディアを利用したり、他社との連携を模索したり、本丸に手をつけようともしない状況に「何をやっているのか」と苛立ちを募らせていた部分はあったに違いない。

 実際に解任の事情についてその点を挙げて説明したから、(それはそうだよな)と僕は感じていた。

■朝日新聞の完全子会社化目指したとの噂は?

 三浦社長解任後、メディアで報じられたのは、三浦社長とオーナーサイドとの対立である。三浦社長は日刊スポーツを朝日新聞の完全な子会社にする考えを持っており、それがオーナー家の川田会長の逆鱗に触れたという報道もなされた。

 その点は僕は何も情報は持っていない。雇われ社長が、支配株主に株式を手放すことを強制することなどできるはずがないと考えるのが普通であろう。ただ、新聞社の特殊性と周辺の状況を考えれば、全くあり得ない話とまでは断言できない。次回はその点について論じてみる。(第5回へ続く)

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