台湾の葬儀と「千の風になって」の関係

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葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

京都産業大学外国語学部中国語学科、淡江大学(中華民国=台湾)日本語文学学科大学院修士課程卒業。1998年11月に台湾に渡り、様々な角度から台湾をウオッチしている。

 街を忙しく行き交うバイク、道を行く人々や屋台で繰り広げられる人々の歓談。台湾は活気に溢れ賑やかな所です。それは故人をあの世へ送り出す時も同じです。

■旅立つ人が悲しまないように

 昨年、私の友人(日本人男性)が台湾南部を旅行中、とある小さな町で不思議な光景に出会いました。道に大きなテントが張り出され、その下では大勢の人が普段着で集い、一角から賑やかなブラスバンドの音楽が鳴り響いていました。彼は最初結婚式の二次会が行われているのかと思ったそうです。

 興味本位で近づくと、テントの側に置かれた多くの花輪、壁に掲げられた高齢男性の大きな写真、その前に安置された棺、そしてその周囲を演奏しながら回る若い女性マーチングバンドの姿は目に飛び込んできました。そこでこれが葬儀なのだと理解しました。台湾の伝統的な葬儀を初めて目撃した彼は台北へ戻った際にこの体験を「文化の違い」だと興奮気味に伝えました。

 今年7月、三浦春馬さん急逝に関する台湾での反応を紹介した際に、ネットに寄せられたコメントから日台の死生観の違いについて触れました(三浦春馬さん急逝に台湾式さようなら)。死生観の違いは台湾の葬儀に顕著に表れています。台北等都市部ではかなり減ってきましたが、それ以外の地域では、上述の伝統的台湾葬儀が執り行われています。

■女性マーチングバンドで死者を送り出す

雲林阿輝 YouTubeチャンネルから「海草舞 女子樂團」

 棺の安置された場所(多くは故人宅)の前には大きなテントが張り出され参列者の集会所になります。参列者は喪服を着用する必要はなく、普段着(短パン・サンダル履き可)で参列できます。

 参列者の別れの挨拶が一通り終わると、上述のように女性マーチングバンドが登場します。演奏者はなんとミニスカートの制服姿。指揮者に合わせてトランペットや太鼓で台湾の流行歌や故人が好んだ曲が演奏され、故人を送り出します (YouTubeには葬儀での女性マーチングバンド動画が複数挙がっており、そのパフォーマンスを見ることができます。ある動画では故人が好きだったのでしょう、美空ひばりさんの曲が演奏されています)。

 日本の「しめやか」な送り出し方とは大きく異なります。これは「旅立つ人が悲しまないように」という考え方があるとのことです (毎日頭條 2015年4月22日 「台灣葬禮上為什麼要跳脫衣舞?)。

 賑やかな送り出しの後はテント内にテーブルが設けられ、参列者に食事が振る舞われます。大抵は専門のケータリング業者が現場に赴き、現地で調理を行い、食事を提供します。台湾では地域によっては結婚式も路上にテントを張って行われるのですが、このような屋外でのお葬式や結婚式に呼ばれるケータリング業者が提供する食事はとても美味しいことで定評があります。実際私が参加した路上結婚式やお葬式でふるまわれた食事は、ホテルの高級中華にもひけをとらないレベルの高さでした。

■電子花車で盛大に時に過激に

雲林県の北港朝天宮の縁日に登場した電子花車。Wikiwand「電子花車(台湾)」 から

 台湾の葬儀には、マーチングバンドの他にも賑やかな催しが行われます。台湾には「電子花車」と呼ばれる、電飾で派手に飾ったステージ付きの車があります。電子花車は主に廟の縁日や春節前の忘年会イベントに呼ばれ、ステージでは女性によるダンス等のパフォーマンスが行われるという、台湾独特の文化形態の一つです。この電子花車は葬儀に呼ばれることもあります。そして葬儀でも勿論女性によるステージでのダンスが行われます。台上のダンサーは時にはミニスカート、時にはビキニの水着でダンスを披露します。

 かつては「服を纏わない」という過激なものもありました。出し物の最中に警察官に見つかれば、即刻中止しなければならないため、現在はビキニ女性によるポールダンスが主流となっています。アメリカの人類学者Marc L. Moskowitz氏は台湾の葬儀と電子花車によるパフォーマンスに関する40分間のドキュメンタリーを製作しました。この作品はYouTubeで閲覧が可能です( Marc L. Moskowitz 「Dancing for the Dead: Funeral Strippers in Taiwan.」)。

 作品中、政府関係者(Tsai taishan氏)は葬儀に電子花車の呼びダンス披露が始まった経緯として、「生前に好きであった物を用いて故人を送りだすという台湾の風習に倣い、存命中ダンス鑑賞を趣味としていた故人の為に呼んだのが始まり」でその後定着したと話しています。

 Moskowitz氏は作品中、現在は「故人の魂を慰め、にぎやかに送りだし」、「電子花車の出し物によって多くの人の参列を促す」ために電子花車が呼ばれていると、2つの目的を挙げています。

■旅立つ人が悲しまないように

 多くの日本人はこうした台湾の風習を理解できないのは当然だと思います。しかし、7月30日に亡くなった台湾の李登輝元総統が「千の風になって」が好きだったことを思い起こせば、少しだけですが分かる気がします。その歌詞は(私の墓の前で泣かないで。自分はそこにいません、大空を吹き渡っています)という内容です。

 去りゆく者の立場に立てば、残された人を思い「悲しまないでくれ」と言いたくなるのかもしれません。それを知って残された人が「盛大に」送り出すと考えれば辻褄が合います。そうやって死者への思いを

 あるいは「彼岸へ旅立つ人が悲しまないように」という思いやりと同時に「賑やかに、盛大に行うことで、送り手も悔いなく送り出すことができる」という、此岸の人々の、本来は悲しい別れへの対処方法なのかもしれません。

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