ワリエワ選手「絶望」という名の演技者の絶望
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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北京冬季五輪で17日、フィギュアスケート女子フリーが行われ、SP首位のカミラ・ワリエワ選手(15=ROC)は失敗が続き141.93点の5位となり、SPとの合計224.09点で4位に終わった。ドーピング問題で世界中の批判が集まり、過酷な状況であった。15歳の少女が一連の行為を主導していたとは思えず、醜い大人達の犠牲になったのではないかと思われる。
■ロシア選手権で禁止薬物
ワリエワ選手の演技は素人目に見てもひどいものであった。「冒頭の4回転サルコーは着氷したが、トリプルアクセル(3回転半)はステップアウト。4回転―3回転の連続トーループで転倒し、後半の4回転トーループでも手をついた。」(スポニチ電子版2月17日・ワリエワ まさかの4位 ドーピング問題の中のフリーはミス相次ぎ泣き崩れる)と、いいところなし。
あまりの強さに他の選手が付け入る隙がないことから「絶望」というニックネームがあるが、この日の演技は、違う意味で絶望的であった。
昨年のロシア選手権での薬物検査で、ワリエワ選手の検体からトリメタジジンが検出された。この薬物は「心臓への血流を増やし、血圧の急激な上昇を制限」する効果があり、「運動能力とエネルギーに有益な効果をもたらす可能性があるため、パフォーマンス向上薬と見なされる」(以上、EMERGENCY LIVE・トリメタジジンとは何ですか?オリンピックで禁止されているのはなぜですか? から)という。
特に心臓疾患という話もない15歳の選手が服用するとは思えないが、ワリエワ選手側は、祖父の心臓の薬として服用しており、同じコップを使用したために陽性反応が出たという趣旨の抗弁を行なったとされる。
仮に説明された状況であったとしても、本当に陽性反応が出るほど体内に摂取されるとは思えず、そもそも祖父が薬を服用するために使用したコップをそのまま使用することなど、15歳とはいえ、五輪選手として考えられない行為である。
「本人が治療目的で服用した」という言い訳をすれば、カルテの提出を求められるため、子供でもおかしいと思うような言い訳をしたと考えるのが普通であろう。
■CASの処分の根拠
一連の動きを時系列でまとめたが、通常であれば、ROC(ロシア五輪委員会)が資格停止処分にして出場させないのであろうが、ワリエワ選手側の異議申立てを受けて1日で解除してしまった。
当然、IOCは薬物疑惑のある選手の出場は五輪の権威を貶めるものとしてROCのやり方を不満としてCAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴する。CASの裁定は、出場可。その理由は「世界反ドーピング機関(WADA)の規定で『要保護者』とされる16歳未満で、より軽い処罰の対象となり得ることなどを勘案し、『この状況で五輪参加を阻むことは、本人に取り返しのつかない損害を与え得る』」(読売新聞オンライン・「16歳未満」考慮、ワリエワの個人種目への出場認める…CAS「ドーピング違反」は判断せず)というものであった。
このCASの裁定のベースとなる「MODEL RULES FOR INTERNATIONAL FEDERATIONS
」(国際連盟のモデルルール)の第10章「個人への制裁」には以下のような規定がある。
10.6:重大な過失または過失がないことに基づく不適格期間の短縮
10.6.1.3:【保護対象者(Protected Persons)もしくはレクレーション競技者】
「乱用物質を伴わないドーピング防止規則違反が保護対象者…によって行われ、保護対象者…の重大な過失または過失を立証できない場合、不適格期間は少なくとも、 保護対象者…の過失の程度に応じて、叱責および不適格期間なし、最大2年間の不適格。」
CASはこの条項を適用しての緩い処分としたものと思われる。また、前述の読売新聞の記事内にある「本人に取り返しのつかない損害を与え得る」という部分もかなり意識した可能性はある。もし、出場を認めなかった場合で、ワリエワ選手が全くのシロであった場合(ほとんど考えられないが)、金銭などでは償えない大きな被害を与えてしまうということである。
■償うことのできない損害を避けるため
五輪に出場できるのはほんの一握りのアスリートであり、しかも2度、3度、出られる選手はごく稀。優れたアスリートの一生に一度あるかないかのチャンスを裁定で潰してしまうより、とりあえず出場させ、問題があれば後から失格とすればいいという考えには一定の合理性がある。
こうした考えは日本でも行政訴訟ではよく活用される。いわゆる「仮の差止め」と呼ばれるもので、「差止めの訴えに係る処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」(行政事件訴訟法37条の5第2項)などがあることを要件として、一時的に処分の差止めを行うものである。
具体的には市立保育所の廃止条例の制定をもってする私立保育所廃止処分(神戸地決平成19年2月27日)などが知られている。
CASの裁定に対し、IOCはメダル授与式を行わないという対抗策を打ち出してきた。その結果が、今回のワリエワ選手の演技に影響がなかったとは考えにくい。自身が演技に入る前の時点で、自国の選手が1、2位を占めており、もし、自分が3位内に入る演技をすれば、仲間の2人の晴れの舞台を奪うことになる。しかも、自身の成績は暫定となるため(後日、薬物検査の結果を受けて処分が下される)、厳しい取り調べを受けた挙句メダルが剥奪される可能性も十分ある。
実際に団体戦の金メダルは、まだ授与されていない。この状況下で15歳の少女にまともに演技をしろというのが無理な話であろう。
■中学3年の少女に全てを押し付ける醜さ
世界中から批判を受けたワリエワ選手、フリーの失敗でメダル授与式に出なくていい4位になったというのは政治的な落とし所としては理想的なもので、フィギュアスケートではなく政治力学を見るかのような後味の悪さがある。
日本なら中学3年生、15歳の少女が、コーチなど指導的立場にいる人からドーピングに手を染めるように言われた場合、それを断るのは難しいはず。まして、自分の能力を高めるために医師に処方箋を書いてもらうことなど、考えられない。「祖父のコップを使用したからかもしれない」という理由を考えつき、それを主張して出場しようという試みを主導できるかという点も同様である。
ギリギリの精神状態、フィジカルの状態で行うフィギュアスケートの演技を、「4位以下になれば、他の人に迷惑がかからない」と考えながら滑走することの辛さは我々には想像もつかない。自身が金メダルを取った時に今まで以上に批判が集まり、しかも、暫定でいつ剥奪されるかも分からないという状況である。
ワリエワ選手でなくても、どうしていいのか分からなくなり、逃げ出し、泣き出したくなるであろう。絶望という演技者の絶望の闇は限りなく深い。
誰がワリエワ選手にそのような状況に置かせたのか。彼女を操る醜い大人の姿は多くの人が感じていると思う。そもそもロシアが国として五輪に出場できなくなったのは、国家で組織的にドーピングを行なってきたことへの制裁措置。制裁を解除するために努力しなければならないROCが有力選手への指導・監督が不十分で、有力選手から禁止薬物が検出され、その選手の資格停止処分を1日で解除して五輪に出場させようということが信じられない。遵法精神の欠片もないように思える。
中学3年の少女に全ての負荷をかけようとする大人たちは確実に存在するはず。ワリエワ選手はそうした醜い大人の犠牲になったと言っていいと思う。
全く悲劇&絶望という表現が相応しい事件ですね!
間違いなく15才の本人の問題ではなく、若い選手を使い捨てする児童虐待と言っても良い様な体制、ドーピング文化が根ざしているロシアという国家ぐるみの確信犯的な行為が浮き出てしまいました。しかも関係者には反省の気配も感じられない。今回のワリエワ選手やその周辺の是非については既に様々の議論がされていて今後何らかの処分が発表されると思いますが、私はロシアという国の恐ろしさをこれまでの歴史上の出来事や昨今のウクライナ侵攻動向等を含めて改めて感じることになりました。
演技前のワリエワ選手に対してはネガティヴな目で見ていましたが、演技後は同情の部分が大きくなりました。アスリートファーストとはとても言えない商業主義の過ぎる現在のオリンピック、これからどうなって行くのでしょうか?
私は、ワリエワ選手を責める気持ちにはなれません。周囲の大人は、都合の悪いことは彼女に責任を押し付け、使えないとなれば引退に持っていくのでしょうか。
絶望は、ワリエワ選手自身の今のお気持ちではないでしょうか。国に対して、大人に対して、スポーツに対して。まだ15歳です。人生に絶望しないで欲しいと祈るばかりです。