北朝鮮戦前に有名評論家 なでしこ「無気力試合」

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 なでしこジャパンがパリ五輪出場をかけて今日28日、北朝鮮と対戦する。大一番前日の27日にスポーツライターの後藤健生氏がなでしこジャパンが昨秋のウズベキスタン戦を「無気力試合」と表現するコラムが公開された。サッカー界の大ベテランのこの表現は誤解を招きかねず、懸命に戦う選手や現場スタッフの努力を不当に貶めるもので看過できない。

◾️昨秋のウズベキスタン戦後の議論

アジア2次予選の結果

 なでしこジャパンは28日に国立競技場で行われる北朝鮮戦に勝てば文句なし、引き分けてもPK戦に勝利すれば五輪出場が決まる。その大事な一戦の前に後藤健生氏がサッカー批評Webに「日本の『無気力試合」』は意味なし…」と題するコラムを掲載した。

 無気力試合とする部分をピックアップすると「昨年10月にウズベキスタンで行われた2次予選で、日本代表はウズベキスタンに2対0で勝利したが、2点を先行した後はまったくシュートを打たずに試合を終え、『無気力試合』という批判を受けた。…池田太監督は、ウズベキスタンが勝ち抜けるように、大量得点をしないことを選択したのだ。」(サッカー批評Web・日本の「無気力試合」は無意味に 北朝鮮の「長期合宿」は成果が【なでしこジャパン「パリ五輪アジア最終予選」北朝鮮戦の舞台裏】(2)

 確かに、パリ五輪アジア2次予選のウズベキスタン戦で日本は前半15分にFW千葉玲海菜選手が得点を決めて早々に2-0とリードすると、その後はシュートは1本も打たなかった。ウズベキスタンもゴール前を固めて全く攻める気を見せず、そのまま試合が終了している。

 この結果に、元なでしこジャパンの岩渕真奈選手は「んーーーって言いたくなりますね」「気持ちはわかるけど先のことを考えたら仕方ないかなぁと…」「両チームともこのままで良いという判断の上ですよね?」などとツイートしたと報じられた(サッカーダイジェストWeb・「んーーーーー」なでしこJ、2-0から異例のパス回しのみでシュートゼロ。試合中の“元10番”岩渕真奈の投稿に反響!「居眠りしてしまった」 「気持ちはわかるけど先のことを考えたら…」の声)。

◾️複雑なレギュレーション

 なでしこジャパンがこのような戦いをしたのは変則的なレギュレーションにあることは当時から言及されていた。アジア2次予選は12チームが3組に分かれ、各組1位と2位のチームで最も成績のよい1チームの合計4チームが最終予選に進出する。最終予選はホーム&アウエーで行い、2試合合計で得点の多い方が五輪出場切符を手にするとされていた(アウェーゴールは2倍の規定はなし)。

 直前に行われた女子ワールドカップでは開催国の豪州が4強、日本は最終的に優勝するスペインと1次リーグで対戦して4-1で圧勝し、8強に進出している。この時点でアジアでは日豪の力が傑出しているのは明らかだった。

 仮にアジア2次予選でA組の豪州、C組の日本が1位抜けをした場合、最終予選での対戦チームは、どの組から2位での進出チームが出るかによって変わる(GOAL・【条件おさらい】なでしこジャパン、ウズベキスタン戦のパス回しはなぜ? 五輪予選のルールと戦略的選択 参照)。結論から言えば豪州のいるA組から2位の進出チームが出ると、日豪が対戦することになる。そうなると、ワールドカップで4強と優勝チームを破って8強進出のチームのどちらかが五輪出場できなくなるという結果になってしまうだけに、それは日豪ともに避けたい。

 仮に日本のいるC組から2位での進出チームが出れば、日本はB組1位(北朝鮮)と対戦し、A組1位の豪州はC組2位(ウズベキスタン)との対戦となる。日本とすればB組は北朝鮮、中国、韓国というそこそこ強いメンバーが揃っていたが、それでも豪州と潰し合いをするよりはマシと考えるのは当然。豪州としても、ワールドカップでスペインに圧勝した日本と対戦するより、ウズベキスタンにC組2位になってもらった方が五輪への出場可能性は高まる。

 ウズベキスタンにしても日本に0-2とされた時点で逆転はほぼ無理、引き分けも難しいと考えて大量失点せずに2勝1敗を受け入れるものの得失点差での勝負で2位に入り最終予選へと考えをスイッチして、それ以上、攻めなかったのであろう。もちろん、B組で北朝鮮と韓国が2勝1分で並んだらB組から2位チームが出ることになるが、その可能性より、日本戦での失点を抑えて2勝1敗で最終予選進出に賭ける方が可能性があると読んだものと思われる。

 こうして日本vsウズベキスタンは2-0で試合が終了、逆に豪州はA組2位の可能性があったフィリピンに大差をつけて2位での最終予選進出を防ごうと考えたのであろう8-0と容赦のない試合で圧勝した。この結果、最終的にA組フィリピンは2位で得失点差-4、C組2位ウズベキスタンは得失点差+1で、ウズベキスタンが最終予選へ駒を進めたのである(B組2位は韓国で1勝2分の勝ち点5で最終予選進出ならず)。ちなみにウズベキスタンの監督は本田美登里氏であった。

◾️無気力試合と呼んでいいのか

 日本にすれば、ウズベキスタン戦で2点を取った後も猛攻をしかけた場合、ウズベキスタンのカウンターで失点するリスクを負うことになる。相手が出てこないのなら2点リードの状況で攻める必要はなく、無理なく勝利を収めた方がいい。どのチームも目標は1つ、五輪出場であって目先の試合で大量得点することではない。なでしこジャパンの戦いは目的達成のためには最善と言ってよい。

 つまり、なでしこジャパンが目先のウズベキスタン戦で得点を重ね続ければ、それだけ最終予選で豪州との対戦の可能性が高まり、五輪出場の可能性が下がるというジレンマに陥っていたわけで、全力で戦うことで最終的な目標から遠ざかるようなレギュレーションを組んだ者こそ、より強い非難に値する。

 こうした事情を考えると、ウズベキスタン戦を「無気力試合」と呼ぶのは相応しくない。何よりなでしこジャパンは試合に勝っており、故意敗退行為には当たらない。

 それでも後藤健生氏は最新のコラムで「無気力」という言葉を使用している。本文を見ると「『無気力試合』という批判を受けた。」と、あたかも(自分は無気力試合とは言ってないよ、周囲からそういう声が上がりました)とでも言わんばかりの書き方である。

 しかし、ウズベキスタン戦後に同氏は「こうして、日本はウズベキスタン戦の残り75分間、“無気力サッカー”を展開することになった。」「それにしても75分間もの間“無気力サッカー”を続けたというのはギネス級の記録だろう。」(J sports コラム&ニュース・ウズベキスタン相手に75分間の無気力サッカー なでしこジャパンの将来に、どんな意味があったのか 2、3ページ目)と2度も”無気力サッカー”と書いている。今更「『無気力試合』という批判を受けた。」と他人事のように論じるのはライターとして無責任がすぎるのではないか。

◾️サッカーダイジェスト白鳥編集長

北朝鮮戦が行われる国立競技場

 ウズベキスタン戦について、サッカーダイジェストの白鳥和洋氏は以下のように書いている。

「正直、ウズベキスタン戦の無気力なでしこジャパンに非はない。疑問視すべきは、最終予選のレギュレーション。どんな事情があったにせよ、一騎打ちにすべきではなかったのだ。ウズベキスタン戦の戦いぶりは賛否が分かれるだろう。ただ、最初のピンチをしっかりと防いで、前半の良い時間帯に2点を先制できたからこそ、あのような戦い方に持ち込めたとの見方もできる。最初から攻める気がなかったわけではない。」(サッカーダイジェストweb・気の毒なゲームだが、それでもウズベキスタン戦の無気力なでしこジャパンに非はない。疑問視すべきはパリ五輪予選のレギュレーション

 「無気力」という表現は気にかかるが、後藤氏の論に比べれば数段ましであると思う。

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