少子化対策の基本に還れ 保険適用化で医大教授発言
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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厳しい意見の対立から暗礁に乗り上げてしまった形の厚労省「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」で、解決への道筋となり得る意見が出された。11日に行われた第6回の会合で出されたもので、公衆衛生的な立場で、一刻の猶予もならない少子化対策の面から検討すべきという内容。議論の出発点の「こども未来戦略」に戻ってあらためて考えようとされ、ここまでの流れを変える可能性がある内容となっている。
◾️少子化は国の存亡に関わる事態
第6回の検討会では分娩費用の保険適用化を推進し、産科医療機関の維持と保険適用問題を別立てで検討したい健康保険組合連合会(宮永俊一会長)や日本労働組合総連合会(芳野友子会長)の構成員の意見に対して、制度導入に反対し、産科医療機関の維持と保険適用問題を一体化して検討すべきとする日本産婦人科医会(石渡勇会長)、日本医師会(松本吉郎会長)の構成員が反対し、厳しい意見の対立が見られた。
両者の間の溝は簡単には埋められないのは明らかで、検討会は出口のない迷路に入り込んでしまったかのように見える。そのような状況で、構成員の奈良県立医科大学・今村知明教授がマイクを握った。同教授は2024年上半期の出生数は35万人を下回り、年間の出生数は70万人を切ることが予想されることを指摘。10年前は100万人、20年前は120万人だった出生数の激減という事態をまず、認識すべきとした。そして、少子化の傾向は婚姻数の減少からさらに加速するのは必至とした。
「…この議論の本質は日本の少子化をどう止めるかということだと思うのですが、ここ5年ほどの間に少子化のスピードが加速していて、ここまでくると国の存亡に関わる事態になってきていると思います。ですから、この議論、時間をかけてやっていくことは私は危険なことだと思いますし、国の存亡が関わっていることですし、これは多少、お金を入れても解決していかないと日本国が本当に滅びてしまうと感じております。現実の問題として、今、70万人の出生で考えていますけども、少なくともあと5年以内には60万人以下になっていく可能性が多々あるということで、実際、子供が減っていくということを前提に議論を進めていく必要があると思っています。」
このように、急激な少子化が国を滅ぼしかねないとし、出生数50万人台になることを想定して対策を考えるべきこととした。今村氏は続ける。
「そのためにこの医療体制と保険の問題を一体として考えるべきだと思いますし、その結論は急いだ方がいいと思っています。ただ、その時にお金がないからという理由で、かえって出生数が減るようなことになってしまうのは逆効果だと思うので、そこがこの議論の難しいところだと理解しております。」
話の途中で検討会の座長である東京大学大学院法学政治学研究科の田邊國昭教授は何度も頷き、話が終わると参加者の間から「素晴らしい!」という声が上がり、それがマイクを通じて流れた。
◾️今村教授の意見7つの主張
今村教授は「厚生労働省(医政局)医療計画の見直し等に関する検討会委員、 厚生労働省(老健局)社会保障審議会専門委員、介護医療院におけるサービス提供実態等に関する調査研究事業委員長、要介護認定情報・介護レセプト等情報の提供に関する有識者会議構成員、 内閣府(消費者委員会)食品表示部会委員他を務める」(科学技術振興機構resarchmap・今村知明)など、医療政策も専門とする。今回の意見のポイントは以下のようになる。
(1)検討会の議論の本質は少子化対策にある。
(2)現状のまま手を拱(こまね)いていると国の存亡に関わる。
(3)多少の資金が必要になっても解決しなければならない。
(4)出生数50万人台となることを前提の議論が必要。
(5)医療機関の維持と保険適用化の問題は一体で考えるべき。
(6)結論は急がなければならない。
(7)資金不足が理由で出生数が減るようなことはあってはならない。
医療機関の維持と保険適用化の問題は一体化で考えるべきという(5)の視点は、日本産婦人科医会などと立場を同じくするが、逆に(6)の結論を急ぐべきというのは、慎重、丁寧な議論が必要とする同医会とは反対の立場と言っていい。
(3)と(7)の資金面については、おそらくどの参加者も問題解決に向けて財政上の裏付け、担保が得られるなら反対する理由はない。
残る(1)(2)(4)は検討会の立ち上げ時、その前の閣議決定された「こども未来戦略」まで遡れば、全員が共有できる前提と言っていい。
ここまで検討会では保険適用化の問題、妊産婦の安全安心な出産のための体制づくりについて意見が決定的に対立したが、議論の出発点は2023年末に閣議決定された「こども未来戦略」にある。そこでは少子化対策がこれからの6~7年が最後のチャンスであるとされ、「少子化対策は待ったなしの瀬戸際」にあり、「このため、以下の各項目に掲げる具体的政策について、『加速化プラン』として、今後3年間の集中取組期間において、できる限り前倒しして実施する。」とされ、その加速化プランの中に保険適用化が入っている。
◾️少子化対策という原点回帰
このように保険適用化は少子化対策の切り札とされていた。ところが、第4回の検討会(9月11日)では保険適用化を進めるべきとする健康保険組合連合会の佐野雅宏会長代理から「保険化が出生数増加に効果があるかどうか分からない」という話が出て(参照・少子化対策の効果「分からない」 分娩費用保険化迷走)、そもそもこども未来戦略の目的達成のための手段としての保険適用化というのは、間違った認識であったのではないかとの疑義が生じた。
そのため、議論は妊産婦の安心安全のため、産科医療機関の維持のため、という視点から保険適用化が語られるようになり、その点で決定的な対立となって議論は平行線を辿った。そのような状況で、今村教授は少子化対策という原点回帰を呼びかけたのである。
こども未来戦略が閣議決定されてから1年が経過するが、その間、少子化の状況はさらに悪化しているのは今村教授が指摘したとおり。1年前の段階で既に「少子化対策は待ったなしの瀬戸際」であったが、70万人割れが確実と見られる現在は、もう片足が崖の外にはみ出したような状況と言っていい。
妊産婦が産みやすい体制を構築することが有効な少子化対策となることは疑いなく、それが保険適用化では効果が不明というのであれば、他の方法で、ある程度、財政面で無理をしてでも妊産婦が産みやすい体制を構築すべきというのが、おそらく今村教授の発言の趣旨であろう。妊産婦が産みやすい体制には、もちろん、現存する産科医療機関の大枠の維持が前提。妊産婦と医療機関とのアクセスが悪くなれば、産みやすい環境とは言えない。
◾️今村発言に基づく具体的な政策イメージ
もともと保険適用化は、関係者によると「財務省が言い出したこと」。財政政策の一つが、その実現のために少子化対策の目玉としてこども未来戦略に組み込まれたというのが真実に近いのではないか。スタートが歪(いびつ)、土台が曲がっているために樹木が真上に伸びていかないような議論になるのはそうした事情が影響しているように思える。
今村教授はそうした点に今回の問題の原点があるという考えなのかもしれない。少子化対策は国家的急務であることは疑いがなく、保険適用化の効果が不明なら導入する必要はなく、資金投入を惜しまずに、少子化対策に有効な政策を実施すべきということであろう。このロジックで(おそらく財務省が現場の状況を考えずに生み出した)政策を阻止しようということと受け取れる。
具体的に何をイメージしているのか分からないが、既に群馬県高崎市で始まっている産科医療機関への補助(日本経済新聞電子版・群馬・高崎市、産科医など確保に1億円助成 23年度)のような政策は考えられる。あるいは妊産婦への出産育児一時金(現行50万円)に加えて、報奨金のような性質の補助支援金を出して、「子供を産むと儲かる」という状況を作り出すことも1つの方法かもしれない。
そうなってくると、厚労省だけで解決できる問題ではなくなってくる。今村教授が「国の存亡に関わる事態」「国の存亡が関わっている」と繰り返したのは、省庁を超えて国が解決すべき問題という点も考慮に入れていた可能性がある。
検討会の構成員でもある日本医師会・濱口欣也常任理事に、検討会後に行われた記者懇談会の場で聞くと「あれ(今村発言)に関しては、検討会内で僕が質問しようとしたら、座長が切ってしまったので…本当は聞きたかったですね。確かに少子化は加速化しており、国難であるというのは間違いないと思います。早急に結論を出すという話をされていましたが、決まるまでは丁寧に議論すべきと思います。…今後どういう話をされるのか、もしかするとお示しにならないのかも分かりませんが、(出てきた場合には構成員として)いい、悪いを判断することになるでしょう」と話した。
「早急な結論」の部分に警戒心を示しているようにも見えるが、全体としては興味を示す姿勢と言っていい。現時点で医師会、産婦人科医会も今村発言に注目しているのは間違いなさそうである。