毒蝮三太夫「コロナは戦争より怖い」の重み

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 タレントの毒蝮三太夫さん(84)が4月24日のTBSラジオで「新型コロナは戦争より怖い」と発言した。戦争体験を語ることが少なくない毒蝮さんのこの言葉は重い。

■爆弾降る中、屍体をまたいで逃げた強烈な体験

 毒蝮さんは4月24日のTBSラジオ「たまむすび」に自宅から電話で出演したようで、電話越しの音声で今回の新型コロナウイルス禍について思いを口にした。その趣旨は以下のようなものである。

新型コロナは戦争より怖い。戦争というのは人間と人間がやるもの。だから終わらそうと思えば終わらせられる。だが、新型コロナは違う。相手がウイルスだ。だからいつ終わるか分からない。終わらそうと思っても終わらせられない戦いだ

 自動車の中で聞いていたので正確に再現できているか分からないが、以上のような内容であった。毒蝮さんは「俺は子供の頃、空襲も経験し、爆弾が降ってくる中、屍体をまたいで逃げた経験もある。その俺が、今回の新型コロナの方が恐ろしいと思うんだよ」と強調していた。

■日常生活に死が身近に迫るという共通点

 新型コロナウイルス禍と戦争の共通点と言えば、日常生活に死が忍び寄っていることであろう。既に日本でも300人近い方が亡くなられたが、それは事態の終わりを意味しない。この先、米国のように死者5万人という状況にならないとは限らないのである。

 日本本土への空襲では30万人程度が死んだと言われるが、日本が降伏すれば空襲は終わる。しかし、新型コロナウイルスは我々が「参りました」と言ったところで収束するわけではない。極論すれば、どちらかが死滅させられるまで戦いは続くのである。毒蝮さんはそうした事情を考えて「戦争より怖い」と話したのではないだろうか。

■感染者が加害者に変わる恐怖

新型コロナウイルスの影響で人通りが少なくなった新宿歌舞伎町

 もう一つ考えなければいけないのは、空襲に限れば、空襲を受ける側の日本国民は被害者であるが、新型コロナウイルスでは被害を受けた人が、感染という手段で加害者にもなりうるという点である。

 愛知県蒲郡市で感染者が「ウイルスを撒き散らしてやる」と、感染させることを目的でバーに行ったと思われることが報じられたが、そういう人間は存在するのである(当該男性は後に死亡したと伝えられている)。

 そこまで悪質ではなくても、感染しても無症状の人間が他者に感染させる可能性は十分にある。無意識のうちに加害者になってしまう可能性は否定できない。

 さらに、これだけの事態になっても、国民の間に(大したことないよ)とか(これを政治利用してやれ)と考える人たちが存在する。国民に早くマスクを行き渡らせようとすることに対し、不良品をあげつらい政府の不手際を強調することで、結果として配布が遅れを生じさせる。そうした人々の言動により、被害が拡大するおそれは否定できない。

■新型コロナウイルスに打ち勝つために

 正直なところ、毒蝮さんの話を最初に聞いた時には(多少、大げさに喋っているのだろうな)という思いがした。「戦争に比べれば、こんなもの何でもないよ」と言うよりは聴取者を惹きつけやすい。そのあたりを考えての演出も入っているのではないかと思われた。

 しかし、前述したように、明確な終わりを人為的に決められないこと、国民が加害者に回る可能性があること、国民の間に感染拡大防止に協力しない、あるいは防止策を妨害する人たちが存在することを考慮すれば、戦争以上の被害をもたらしかねないという考えには合理性がある。

 毒蝮三太夫さんのような戦争体験を持つ方の話は重い。この戦いに勝つには国民一人一人の意識と行動が大事であることを、今、あらためて心に刻みたい。

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