エポックメーキング東京五輪 台湾変えた16日

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葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼

京都産業大学外国語学部中国語学科、淡江大学(中華民国=台湾)日本語文学学科大学院修士課程卒業。1998年11月に台湾に渡り、様々な角度から台湾をウオッチしている。

 東京五輪は台湾にとって数多くの新記録が生まれた大会となりました。これには国家規模の選手強化計画が大きく関係しています。自国選手の健闘に台湾ではかつてない五輪フィーバーが湧き起こりました。開催国以上の盛り上がりと言っていい東京五輪は、台湾の人々にとって大きな転換点となる大会となったと言えそうです。

■開会式から大注目の東京オリンピック

 7月23日から始まった東京オリンピックは、初日から台湾で大きな話題となりました。チャイニーズ・タイペイが五十音順で実質「台湾」呼称として入場行進(後に東京五輪組織委は「タイペイ」呼称と説明したようですが)、NHKの和久田麻由子アナウンサーからは中継で「台湾」と紹介されました(参照:台湾に響いた和久田麻由子アナの”4文字”)。

  さらに中華民国籍の王貞治氏が聖火リレーに登場、台湾メディアはこれらのサプライズを速報で一斉に報じ、台湾国内の五輪に対する関心度は俄然高まりを見せました。日本の粋な計らいが台湾の五輪フィーバーの火付け役となったのです。

■自国代表選手の健闘と台湾新記録続出に大フィーバー

オリンピック閉幕を伝える台湾各紙(葛西健二氏提供)

 台湾中から熱い視線が注がれる中始まった東京五輪は、台湾にとって数多くの新記録が生まれた大会となりました。柔道の楊勇緯選手は台湾柔道界初のメダリスト(銀)に、体操男子あん馬の李智凱選手は体操選手として台湾初のメダル獲得(銀)、男子ゴルフでも潘政琮選手が台湾ゴルフ界初の銅メダルを獲得と、初物づくしです。

 バドミントン男子ダブルス決勝で台湾の王斉麟・李洋選手の「麟洋」ペアが台湾として史上初の同種目の金メダルに輝きました。メダル授与式では銀メダルの中国代表選手の目前でチャイニーズタイペイ団旗が掲げられ団歌が流されるという五輪史上初の光景も。郭婞淳選手はウエイトリフティングで台湾初の金メダルに輝き、さらに史上初の国際競技大会グランドスラム達成の偉業を達成しました(参照:”金滿貫”に台湾熱狂 強すぎた舉重女神)。

 メダルラッシュに伴い注目度が最高潮に達した載資㯋選手出場の女子シングル決勝戦では、専用ライブストリーミングサイトへのアクセス集中のため歴代オリンピック中継も含めて初のサーバーの一時ダウンが発生しました。なお五輪競技を対象に販売されるスポーツくじも台湾代表選手大活躍の相乗効果によって売り上げが急増し、前回リオデジャネイロ大会の2.6倍、歴代オリンピック最高の21.1億元(約84億円)に達しました(参照:躍進台湾支える五輪くじ 売り上げ5割増)。

 今大会における獲得メダル数は、2004年アテネ大会(5)の2倍以上の12(金2、銀4、銅6)と,これも歴代記録を塗り替える新記録となりました。なお1956年から2016年までに行われた大会における台湾のメダル獲得総数は24です。今大会だけで歴代総数の半数にあたる数を獲得していることに、今大会における代表団の躍進が顕著に現れています。

 国内からは選手達への称賛と感謝とともに、台湾の国際的認知度向上に貢献したと評価する声も多く挙がっています。

提升台灣的能見度,值得! (台湾の露出度が増えた、とても有意義なことだ)

讓全世界都看見台灣! (世界が台湾を目にした!)

 また、台湾メディアも「最高の舞台で世界に台湾を知らしめた」(中央通訊社 2021年8月8日)「『Chinese Taipei』の名称理由と台湾が直面する中国の問題を世界へ伝えることができた」(自由時報・紙面 2021年8月9日 第三面)と論じています。

■報奨金も支給額最多に

さようなら東京五輪(撮影・松田隆)

 メダル獲得数の大幅な増加に伴い、好成績を挙げた選手やコーチに支払われる報奨金「国光奨金」も総計2億855万円(約8億3000万円)と、歴代最多の支給額になったことが話題になっています(中国時報2021年8月7日)。

 国光奨金の内訳は 金メダリスト2000万元(約8000万円)銀メダリスト700万元(約2800万円)銅メダリスト500万元(約2000万円)、4~8位に入賞した選手には90万元から300万元(約360万円から1200万円)となっています。基礎三大種目「陸海空(陸上・水泳・体操)」のメダリストに対する報奨金は1.5倍となることから、あん馬銀メダリスト李智凱選手には1050万元(約4200万円)が支給されました。

 報奨金額の高さからは、台湾政府が国際スポーツ競技大会最高峰のオリンピックを如何に重視しているのかが感じられます。また選手達を奮起させるという点からもとても効果的だと思います (なお日本の選手報奨金は金500万円、銀200万円、銅100万円)(スポーツ庁)。国光奨金に関して台湾ネットでは殆どの声が、肯定的にとらえています。

辛苦的成果 應該的! (努力の成果、当然だ)

繳的稅就是要花在這裡 (収めた税金はこういうところに使われなきゃ)

對選手是很大激勵,好事 (選手にとって大きな励みになる、良い事だ)

 以上のように、選手の努力と功業に対する当然の報奨であると賛同を唱えるものとなっています(※5 コメントは台湾YahooニュースFacebookから)。

■東京オリンピック選手強化計画の成果

 台湾メディアでは、メダル獲得数最多という歴史的快挙の要因として蔡英文政権による組織改革及び強化計画の推進を挙げています。蔡英文総統は就任直後の2016年7月に国内アスリートの育成及び国内スポーツ産業の振興を目的とした「体育運動発展委員会」を発足させました。

 2018年には教育部体育署(日本のスポーツ庁に相当)主導の下「東京オリンピック黄金計画」を始動、3年後(本来ならば2年後)を見据え国内アスリートの育成と環境の改善等、自国選手の強化とレベル向上を進めていきます、この計画には2021年までの3年間で76億元(約304億円)が投じられたということです(NOWNEWS 2021年8月3日)。

 台湾メディアではこの「東京オリンピック黄金計画」が「締造最佳成績  (最良の成績を打ち立てた)」(自由時報・紙面2021年8月9日付 第三面)、「收甜美果實  (甘く成った実を収穫した)」(中国時報・紙面2021年8月9日付 第一面)と伝えています。

 なお柔道銀メダリスト楊勇緯選手とウエイトリフティング金メダリスト郭婞淳選手は2011年から実施されてきた「台湾先住民アスリート養成プログラム」通じて頭角を現した選手でもあり、両選手の活躍はこのプログラムが実を結んだとも言えるでしょう(楊勇緯選手はパイワン族、郭婞淳選手はアミ族の出身)。

 台湾代表選手躍進となった要因としては国策「東京オリンピック黄金計画」の成功以外にも、台湾と同じ高温多湿の東京での開催ということで、選手達にとって比較的慣れた環境での競技参加であったことも挙げられると思います。これがアーチェリーやゴルフ等屋外競技での好成績(ともに銅メダル)につながったのではないでしょうか。

 また、新型コロナウイルス感染拡大の影響でオリンピックへ向けての練習・試合がままならなかった国も少なくない状況で、厳格な防疫措置により今年5月まで約1年半にわたり国内での感染拡大をゼロに抑えていた台湾では出場選手も準備万端で東京オリンピックに臨むことができたことも今般の快挙の一因ではと考えています。

■人々の心に刻まれた東京五輪

 生活行動制限下で息苦しさを感じる人々にとってオリンピック観戦は大きな楽しみでした。時差が僅か1時間の東京で開催という観戦にうってつけの好条件、そこに自国選手の活躍が加わり、台湾ではかつてない規模のオリンピックフィーバーが生まれました。

 過去最多となるメダル獲得はコロナ禍で疲弊した社会が活力を取り戻す一助となったことでしょう。「チャイニーズタイペイ」ではなく「台湾」とNHK和久田麻由子アナに紹介されての入場は、台湾の人々のエスニックまたはナショナルアイデンティティ再確認に一石を投じたと言えます。

 故に今般のオリンピックはとりわけ強い印象を以て人々の心に刻まれたのではないでしょうか。国際舞台での更なる飛躍を目指す台湾にとって将来、東京五輪がこの一里塚として語られる日がくるのかもしれません。

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