北朝鮮サポ三千人 なでしこにエール報道の虚偽

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 なでしこジャパンが28日のパリ五輪アジア最終予選の北朝鮮との第2戦を2-1で勝ち、本番の出場権を獲得した。一部メディアから、北朝鮮サポーターが試合後、なでしこジャパンに五輪でも頑張るように声援を送った趣旨の報道がなされているが、この点については現場で取材した限りでは正確な報道とは言えない。その点を解説する。

◾️スカスカのスタンドからエール

写真①

 第1戦を0-0で引き分けた両チームにとって第2戦は紛れもなく雌雄を決する戦いである。アウェーゴール(2戦合計のゴール数が同じ場合、敵地でのゴールを2倍にして計算する方式)の規定がない以上、この第2戦で勝った方、あるいはPK戦を制した方が無条件でパリ五輪出場権を手にする。

 この大一番に北朝鮮からも報道では3000人程度の応援団がやってきたという。その中で出されたのが北朝鮮の応援団が、なでしこにエールを送ったという報道である。

スタンドの一角を占めた約3000人の北朝鮮応援団から試合後、なでしこジャパンにエールが送られた。」(中日新聞web・北朝鮮応援団、なでしこジャパンにエール 池田太監督「『五輪で頑張れ』という声いただいた」【サッカー】

試合前からスタジアムの一角に…北朝鮮サポーター、3000人が陣取った。…試合後は、なでしこジャパンにも大歓声が送られた。」(デイリースポーツ電子版・なでしこジャパンに北朝鮮大応援団からエール「オリンピックで頑張れ」池田監督「サッカーを愛する仲間として」

 これらの報道を見ると五輪切符を手にしたなでしこジャパンに対し、3000人の応援団からエールがあったと勘違いしてしまいそうである。

 ここで、写真①をご覧になっていただきたい。左上が試合途中(前半18分頃、撮影データで19:52)で、確かに見た目でも3000人はいそうな大応援団である。これらの人々は試合終了のホイッスルが鳴らされると続々と引き上げており、なでしこジャパンのメンバーがサポーター席の前に行った時には、それほど残っていなかった(右下写真参照、試合終了後13分頃、撮影データで21:32)。ちなみに、試合終了のホイッスルが鳴らされ、長谷川唯選手らが両腕を天に突き上げた時の撮影データは21:19である。

 ここで上記の2つの記事をもう一度ご覧になっていただきたい。これらの記事からは、スカスカになった応援席から、なでしこジャパンにエールが送られたと感じることはできないであろう。一体、これらの媒体は何を目的にこのような読者、ユーザーを惑わせる報道をしているのか。

◾️会場内を歩く「総聯STAFF」

 実際に現場では、北朝鮮サポーター席に残っていた人から、なでしこジャパンに拍手が起き、声がかけられたのは確認できた。それは驚くべきことであり、(こんなこともあるのか)と思いながら見ていた。ただ、それも北朝鮮という国を考えた場合、あり得る話ではある。

会場内を歩く「総聯STAFF」(撮影・松田隆)

 ここで今回の北朝鮮の応援の背景について考えてみたい。そもそもサポーター席は朝鮮総連が買い上げて、各地域や職場に販売しているとされる(朝日新聞DIGITAL・「談笑ダメ、行動は複数」 なでしこジャパンと対決 北朝鮮代表とは)。

 当日チケットは会場では販売されておらず、近くのセブンイレブンで買うシステムになっていたが、座席のエリアで北朝鮮サポーター席と、その両隣のエリアは購入できなくなっていた。筆者は、スタンドの北朝鮮サポーター席の近くの席を購入せざるを得なかった。

 会場の国立競技場に行くと「総聯STAFF」と書かれたビブスを着込んだスタッフが多数見受けられ、北朝鮮のサポーター席に入る人々を誘導していた。事前の報道と、こうした事情を考えれば北朝鮮側の応援をどのようにするかは朝鮮総連を通じて北朝鮮本国の主導の下で行われたのは間違いない。つまり、現地の応援姿勢は北朝鮮政府の、さらにいえば最高指導者・金正恩朝鮮労働党総書記の意向を踏まえて行われていると考えていい。少なくとも意向に反するものでないはず。

 1月5日、金正恩朝鮮労働党総書記は、岸田総理に能登半島地震に関して、見舞いの電報を送った(朝日新聞DIGITAL・金正恩氏が岸田首相に見舞い電 能登地震「安定した生活の回復祈る」)。その際に、岸田総理に「閣下」の敬称を使用している。

 2月15日には金与正朝鮮労働党副部長が個人的見解としながらも「日本が敵対意識を捨て、関係改善への道を開く決断を下せば新しい未来を開くことができる」としたと報じられた(読売新聞オンライン・金与正氏「日本が敵対意識捨てれば未来開く」…拉致問題抜きなら岸田首相の平壌訪問の可能性示す)。

 こうした事実から、北朝鮮の現在の日本政府に対する姿勢は、北側がアプローチしてきているのは誰の目にも明らかである。そうした場面で行われた日本vs北朝鮮の試合、北朝鮮の政府の意向に沿わない、日本を敵視するような応援が行われるはずがない。それが強権独裁国家というものである。

 とはいえ、動員した3000人の応援団の多くに「最後は日本代表チームに声援を送ってくれ」と言っても素直に聞くか分からず、それどころか罵声が飛ぶリスクもある。3000人を相手に本国で行なっているような完全なコントロールは難しい。そうであれば、声援を送る役割の人だけは決めておき、それ以外の人は早めに引き上げるようにした方が間違いは起きにくい。

◾️北の独裁者は日本の報道にお喜び?

試合前の北朝鮮サポーター席(撮影・松田隆)

 最後の部分は筆者の想像ではあるが、残った人からの声援の大きさには驚かされた。通常ではあり得ないことで、つい5年前には北朝鮮は日本を「千年来の敵」と激しく敵視していた(AFP BB News・北朝鮮、「千年来の敵」日本の対韓輸出規制めぐり批判展開)。そのようなことを考えれば、今回の応援の裏には特別な政治事情があると思っていいのではないか。

 それよりも問題なのは上記の一部報道である。3000人の大応援団から、試合後にエールを送ってもらったかのように報じる目的は、一体、何なのか。北朝鮮のプロパガンダの片棒を担いでいると思われても仕方がない。池田太監督の試合後の会見で「(北朝鮮サポーター席から)『五輪で頑張れ』という声もいただいた」(前出の中日新聞web)という発言も加えて伝え、2紙の報道は、さぞかし北の独裁者を喜ばせたことであろう。

 そう報じたのが中日新聞(中日スポーツ)と、デイリースポーツ(神戸新聞)であるから、宜なるかな、である。

 サッカーの試合に政治を持ち込んで語るのは寂しいことであるが、中日・デイリーの2紙には「まず、正確に事実を伝えることを心がけろ」と、新聞記者1年生が学ぶべき言葉を実践していただくしかない。

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