入院拒否者に懲役刑はあっていい

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 感染症法改正問題で入院拒否の場合に懲役刑を含む刑事罰は導入しないことで、与野党が合意した。1月28日に自民・立民の幹事長が国会内で会談し、決着したもの。これで国民の健康と生命が守れるのか疑問が残る結末となった。

■懲役部分は削除ありきの「高めの球」

産経新聞1月29日、30日付けから

 新型コロナウイルス特別措置法と感染症法の改正案は新型コロナウイルス対策の強化の柱と言っていい。当初の政府案では「感染症法改正案については入院を拒否したり入院先から逃げたりした感染者には『懲役1年以下または100万円以下』の刑事罰」であったが、与野党の協議で「50万円以下の過料に落ち着いた」(産経新聞1月29日付け)と報じられた。

 この点について産経新聞は「与党側は刑事罰のうち『懲役』部分は、削除ありきの『高めの球』と位置付け、野党側は罰金の削除は困難とみていた。結果として罰金も削除となり、野党側は望外の成果だと受け止めている。」(同)と解説する。

 産経新聞の報道がどこまで事実なのか分からないが、異例の早期の決着にはそうした与党側の牽制球のような含みがあったと考えることの合理性はある。

 この感染症法改正での刑事罰導入案は、感染者を入院させる実効性を担保するためのものであることは間違いない。刑事罰があるということは、それに反した者は刑務所に行く可能性があり、前科がつくから、かなりの強制力を発揮する。

 しかし、今回、刑事罰が見送られ行政処分の金銭罰としての過料のみであるから、入院を拒否しても前科がつくことはない。そうなると(お金を払ってでも入院しない)という人間が出てこないとも限らない。もちろん、前科がついても構わないという人間もいないとは言えないが、普通の社会生活を営む国民からすればごく少数であろう。これで国民の健康や生命を守れるのか疑問が残る。

 野党側はこれを取り下げさせることに全力を挙げていたわけで、立憲民主党の今井雅人議員は「懲役罰、刑事罰はいくらなんでもやりすぎ」(日本テレビ系ニュースから)と取材に答えた。このような野党側の考えは、「自由主義社会では私権制限は常に抑制的であるべきだ」(東京新聞社説2020年12月25日付け)という思想が根本にあるものと思われる。

■自由や権利は公共の福祉のために利用する責任

 個人の権利と公益の関わりは、法や行政の上での大問題。公益が全てに優先すれば個人の権利はごく限られたものとなり、息苦しい社会になる。逆に個人の権利を全てに優先すれば行政は機能不全となり、個人の権利同士の衝突で社会的機能は麻痺してしまう。

 そのため、日本国憲法は12条で以下のように定めている。

第12条【自由・権利の保持の責任とその濫用の禁止】

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

 個人の権利がどこまで認められるかは、大雑把に言えば「人身及び精神的自由については広く認められやすく、経済的自由については制約を受けやすい」。保護すべき法益によって自由や権利に温度差をつけられるのである。

 その考えからすれば、入院を強制させるのは人身の自由を制約するものであるから、刑事罰で威嚇して強要するのは適切ではないと考えているのであろう。

■入院患者の自由と、その他大勢の自由とのせめぎ合い

 しかし、個人の自由を重視するあまり、公益、公共の福祉を軽視するのは適切ではない。既に5000人以上の死者が出ているウイルスの感染症になっている者を隔離しなければ、周辺の不特定多数の健康や生命に危険を及ぼすことになりかねない。

 要は入院患者の人身の自由と、他者の健康的に生きる自由とのせめぎ合いのシーンである。入院患者が「ここにいたくない」という自由と、普通に社会生活を営む人々が「感染せずに健康的に生きたい」という自由のどちらを重視するかという問題であること理解すべきである。

 極端な例だが、昨年3月、愛知県蒲郡市の50代の男性が自宅待機要請に従わずに「コロナウイルスをばらまく」と言い残してパブに出向き、ホステスらに感染させた事件があった(参照:傷害罪か『ウイルスばらまく』蒲郡50代男性 性病感染させ有罪の昭和の事例)。野党側はこのような者の(ここにいたくない)という身勝手な思いも尊重すべきと言っているに等しい。

 もちろん、入院拒否者を一律、刑務所送りにするというわけではなく、やむに止まれぬ場合には感染防止対策を万全にした上で入院をしなくていいとされるような運用がなされる法の仕組みにすることは必要である。

■世論調査では「罰則必要」「個人の自由制限許される」が多数

 何でも反対、公益より個人の権利が最優先という硬直的な姿勢が現在の野党の姿勢であるように見える。それがうまくいったら「国民の皆さん、野党は働いています」とアピールするのだろうが、今回の刑事罰見送りによって喜ぶのは、(他人に感染させても構わない)と考える感染者であり、被害を受けるのは、その他大勢の善良な市民である。

 入院を拒否した感染者などに対する罰則の是非について、罰則が必要とした人は51%(毎日新聞世論調査2021年1月17日公開)に及び、また新型コロナウイルス対策で「個人の自由制限が許される」とした人は86%に及んでいる(NHK世論調査2021年1月15日公開)。

2 thoughts on “入院拒否者に懲役刑はあっていい

  1. アバター 月の桂 より:

    「入院拒否者に懲役刑はあっていい」というよりも「科すべきだ」と思います。
    他人に感染させるリスクを考えれば、拒否する選択肢などあってはならないと思います。
    但し、やむを得ない事情がある場合の特例は必要だと思いますが。

    どんなに感染防止を訴えたところで、撒き散らしてやるオヤジ(愛知県蒲郡市の50代男性)のような考え方をする人はいるのです。
    療養施設から無断外出した人や感染を知りながら高速バスを利用して県外移動した人等々、身勝手極まりない輩は一定数存在するのです。飲食店がどんなに感染防止対策をしても、利用する側が無頓着な振る舞いをすれば、あっという間にクラスターが発生してしまいます。個々が、もっともっと危機感を持たないとコロナの終息は難しいと思います。

    多くの国民は自らを律し、自分が感染しないよう、また他人に感染させないよう対策を取って生活しています。一部の身勝手な者の行動により、誠実に暮らしている人間が感染させられるなど、あってはならないことです。他人の命を危険にさらす行為をする者は、罰せられて当然です。

    この記事を読んで、過日、マスクの着用法を巡り、すったもんだの末に失格となった受験生を思い出しました。受験する上でのルールは周知されていたはずで、健康上等の事情があれば、別室受験も可能だったはずです。
    試験監督官の再三の注意にも応じず権利ばかり主張し、他の受験生に多大な迷惑をかけた中年男。この男のせいで、試験に集中出来なかった受験生も多かったと思います。人生を左右しかねない大切な試験会場で、とんでもない迷惑行為に遭遇してしまったものです。最近、他人の迷惑を考えない輩が増殖していますね。嘆かわしい。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>月の桂様

       コメントをありがとうございます。

       私権の制約は抑制的であるべきというのは、総じてそのように考えた方がいいというものであって、野党側はそれを常に公益に優先すると考えているのではないでしょうか。このことを「我々の成果だ」と胸を張っているようですが、新型コロナウイルス対策を後退させたことを理解できていないようです。

       基本的な理念として、他者の自由を侵害する個人の自由は認めるべきではないと思っています。世論調査で罰則規定を入れることに賛成する人が多かったのは、それを感覚的にとらえている人が多かったのではないでしょうか。

       日本の民主主義を考える上で、この件は非常に大きな意味を持っていると感じます。

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