服部君の無念とBLM黒人遺族への29億円

The following two tabs change content below.
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 昨年5月に警察官に首を圧迫され死亡した米黒人男性のジョージ・フロイドさんの遺族が12日までに、ミネアポリス市と和解した。市が遺族に支払う金額は2700万ドル(約29億円)と報じられている。この莫大な金額を見て感じるのは、1992年に射殺された服部剛丈(よしひろ)君(当時16)との違いであり、米国社会の歪みを感じさせられる。

■ジョージ・フロイドさん遺族29億円で市と和解

3月13 日付け産経新聞から

 2020年5月、ジョージ・フロイドさん(当時46)は、偽札使用の容疑でミネソタ州ミネアポリスの警察官に検挙され、その時に白人警官に首を圧迫されて死亡した。この事件がきっかけでBLM(Black Lives Matter)運動全米に広がったのは記憶に新しい。

 フロイドさんを殺害した白人警官はその後、起訴され、第2級殺人(second degree murder)の罪に問われている。これは計画的ではない殺人で、計画的な殺人(第1級殺人)と分けられるのは、米国の法廷ドラマなどでよく出てくるのでご存知の方も少なくないと思う。

 フロイドさんの遺族は刑事とは別にミネアポリス市に対して警察官の不法行為ということで損害賠償を求めていたようで、それが2700万ドル(約29億円)で和解することになったというニュースが13日、報じられた。

 命は何ものにも代え難い。遺族にすれば「29億円をもらうより、死んだジョージを返してくれ」という思いかもしれない。その意味では遺族は満足はしていないだろうが、同種の事件を防ぐ一つのきっかけになると思えば、まだ救われる部分はある。

■16歳の高校生・服部剛丈君の悲劇

ありし日の服部剛丈君(警察庁銃器撲滅キャンペーンCM画面から)

 この報道に接した時、頭をよぎったのが1992年の日本人高校生射殺事件である。もう29年前のことなので知らない人も多いかもしれないので、説明しておこう

 1992年10月、交換留学でルイジアナ州バトンルージュにステイしていた愛知県立旭丘高校2年生の服部剛丈君(米国での愛称Yoshi)が、民間人に射殺された事件。ハロウィンパーティーに出かけた際に、訪問する家を間違え、敷地内に入ったところ、その家のロドニー・ピアーズ(当時30)にマグナム拳銃で左肺を一撃で撃ち抜かれたのである。

 その際にピアーズは「Freeze(動くな)」と叫んだが、服部君はその意味を解することができず近寄っていき、ピアーズは(恐怖を感じた)として引き金を引いたとされる。

 その後、ピアーズは起訴されたが無罪となった。遺族は民事裁判を起こし、65万3000ドル(約7000万円)の損害賠償金を支払う判決を得たが、ピアーズは自己破産して全額を支払うことはなかったという。遺族が手にしたのは10万ドル(約1080万円)にすぎなかったとされている。

 現在、服部君の事件をきっかけにして結成された「YOSHIの会」という団体が銃規制運動を展開している。

■米国には2種類の弱者が存在する

 2つの事件を比べて、違和感を覚える人は少なくないであろう。北部のミネソタ州と深南部のルイジアナ州の違いが、事件後の極端な違いとなって現れた可能性はあるが、だからといって服部君の事件の違法性阻却事由になるわけではない。

 命に値段などつけられないが、犯罪の容疑で検挙された人間が警察官の暴行で死亡し、警察官は逮捕・起訴され、遺族は29億円を受け取る。一方、米国に憧れ留学中の16歳の高校生が民間人に射殺され、殺した男は無罪、損害賠償は自己破産されたために支払われず、遺族はわずか1000万円ほどの金額しか手にできなかった。

 これが米国社会の現実なのかと思うと暗澹たる気持ちになる。誤解されるのを覚悟で言えば、米国では弱者は2通りあるということと思う。物言う強い弱者は報われ、真の弱者は泣き寝入りするしかない。これが米国の言う正義、自由の国の現実である。

 間違えてほしくはないのは、ジョージ・フロイドさんの遺族が「貰いすぎ」「恵まれている」ということではない。服部君の不幸な事件についても、米国として正義が為されてほしかったということである。服部君の死を貶めるような米国司法の扱いは彼に対する冒瀆ではないのか。服部君の事件の結末に納得している日本人など1人もいないと思う。

■服部剛丈君が生きていれば45歳

 服部君が生きていれば、今年45歳になる。我々はこの29年間、生きてきた。しかし、彼の人生は16歳でポッキリと折れてしまったのである。射殺される瞬間まで自分の身に何が起きたのか分からないまま、憧れの地の救急車の中で息を引き取らなければならなかった無念を思うと、やり場のない怒りが込み上げてくる。

 記者会見するジョージ・フロイドさんの遺族の写真を見た時、服部君の事件を思い出し、何とも言えない、やるせなさを感じた次第である。

14 thoughts on “服部君の無念とBLM黒人遺族への29億円

  1. アバター MR.CB より:

    》》ジャーナリスト松田様

    服部剛丈さんの人生が16年で終えた事実は、本人はもちろん、ご家族の方々には到底受け入れられない無念でしょう。
    私も松田さんの記事を読んで思い出しました。当時、記事で「フリーズ(動くな)」を「プリーズ(どうぞ)」に聞き違えたのでは、という内容にゾッとした記憶があります。
    事の真相は定かではありません。銃社会の米国には、治安や個人の自由などの最もらしい言い分もあると思います。ただ、ゾンビ映画さながら不法侵入者に警告すれば、銃殺するという発想が私たち日本人には理解出来ません。江戸時代までの武士社会における、「手打ち」の理屈と同様なのでしょうか。
    余談ですが、学生の頃カリフォルニアの親戚宅に遊びに行った際に、レストランの駐車場にいる警官たちに、ふざけて手で銃を向ける素振りをして親戚が慌てて制止されたことがあります。今思うと馬鹿な命知らずの行為だったと思います。
    同事件後に、銃規制の運動(YOSHIの会)を行なっていることは知りませんでした。ですが、政治的な背景も含めて、同じような痛ましい事件がまたいつか起きるのではないかと考えてしまう自分がいます。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>MR.CB様

       コメントをありがとうございます。

       米国社会が移民してきた開拓者によって成立している歴史があって、日本とは異なる価値観が確立されているのだろうと思います。

       その中で、29億円ですからね。釈然としないものが残ります。

  2. アバター ちはやふる より:

    アメリカに数年住んでいた知人(日本人)は、「ピアーズ氏は悪くない。銃を構えている相手に歩み寄るなど、自殺行為だ。服部君の方が悪い。」と言います。私も同感です。
    アメリカの映画など見ると、銃を構えている相手には皆、手を挙げて無抵抗です。警察に犯人と間違われ、銃を向けられた主人公はその場では弁解などせず、無抵抗で警察官に乱暴に扱われるままになっています。アメリカとはそういう国です。
    外国に行くなら、その国の常識をわきまえるべきでしょう。日本の常識は通用しません。日本にいるようなつもりで振る舞って、その結果殺されたのなら本人の責任です。アメリカ人がピアーズ氏の無罪を喜んだのは当然と言えます。
    服部君の両親や彼をアメリカに行かせた人々は、服部君にアメリカの銃社会の危険性を十分に教えるべきでした。周りの大人の責任は重大と言えます。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>ちはやふる様

       コメントをありがとうございます。

       YOSHIの会の掲示板などに書き込むことをお勧めします。

  3. アバター 月の桂 より:

    ちはやふる 様

    〉「ピアーズ氏は悪くない。銃を構えている相手に歩み寄るなど、自殺行為だ。服部君の方が悪い。」と言います。私も同感です。

    *****
    私も同感です。
    ピア―ズ氏にとって、服部君は「不法侵入者」。不法侵入者への自衛手段としての発砲ならば、無罪になるのは当然でしょう。
    ジョージ・フロイドさんの事件とは、性質が異なるように感じます。
    私も10代の一時期、米国でステイ経験をしました。ステイ先の家族は、通学以外、私を単独行動させることはありませんでした。
    服部君の事件は、不幸な条件が重なってしまった末の本当に悲しい出来事だと思います。
    銃社会の犠牲者になったというよりも、留学する上での覚悟と言いますか、米国の文化をもう少し知って行動していたら、起こらなかった事件のように思います。

  4. アバター 名無しの子 より:

    私には正直、全く理解できません。ジョージという方がもし白人で、警官が黒人だったらどうなっていたかなと思います。
    昔、沖縄の米軍基地の黒人の軍人が、小学生の女の子に乱暴を働いた事件がありました。地元の方々が憤り、米軍に抗議をしました。その時「黒人差別だ」と向こうが訴えてきたという事件があった記憶があります。
    私はまだ幼かったのですが、幼いなりに「考え方がおかしい」と思った覚えがあります。酷い言い方かもしれませんが「差別」という言葉は、時に「セカンドレイプ」という言葉にも似ていると思います。適正に使われる時は、もちろん、大切な言葉ですが、何かをごまかす時、何かから逃げる時にも使われる、ある意味便利な言葉かと。その証拠に、ジョージさんの犯罪も、忘れてしまってますよね。
    服部君に関しては、なぜ、威嚇射撃にとどめてくれなかったのかと。それが無理なら、せめて足を打つくらいにしてくれなかったのかと。何も、殺すことはないだろうと、悔しくてたまりません。私は、文化の違いと一言で済ますことは、とてもできませんね。
    伊藤詩織氏が「日本は痴漢だらけ」(性暴力だらけと言ったという説もありますが、一応、痴漢と解釈しておきますね)と言いましたが、たとえもしそれが本当だとしても(本当だとは思ってませんが)、銃による殺人ばかり起こるアメリカよりはずっと、良い社会だと思います。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>名無しの子様

       僕も理解できないのは、威嚇射撃をしてからでも良かったのではないかという部分です。侵入者が細身の高校生、侵入を防ぐための手段としてはいきなり急所を撃つのは方法として過剰だと思います。

       米国法の詳細は知りませんが、目的が必要不可欠で、目的を達成するための最低限の方法の場合のみ射撃が認められるとするのが常識的な判断だと思います。

  5. アバター 賀茂美則 より:

    剛丈くんのご両親の法廷通訳をしたものです。
     「ピアーズ氏は悪くない。銃を構えている相手に歩み寄るなど、自殺行為だ。服部君の方が悪い。」
     こういう「半可通」の意見が一番困ります。これが事実なら民事訴訟で勝訴したことの辻褄が合いません。この事件の場合、なんの危険もないのに、誤解して「銃を構え」たこと自体が間違いなのです。民事訴訟の裁判官も100%同意しています。じゃないと勝訴できるはずがない。剛丈くんは事件の2、3日前にコンタクトレンズを紛失しており、銃が本物に見えなかった可能性があります。また、パーティが行われる家だと思っていたので、冗談だと思ったかも知れません。「I am here for the party」って言いながら近づいたんですから。
     拙著「アメリカを愛した少年(講談社)」をお読みいただければ事件の全容がわかります。申し訳ないですが、無責任なコメントとしか思えません。
     また、「物言う強い弱者は報われ、真の弱者は泣き寝入りするしかない」ですが、服部さんは「物を言い」ました。当時、65万ドルはルイジアナ州における一個人に対する損害賠償額としては史上最大の額でした。フロイド氏との違いはただ1つ、民事訴訟の相手が個人か、組織か、だけです。フロイド氏が個人に撃たれていたら賠償額は29億円にはなりようがないし、犯人が自己破産しておしまいです。
     何よりも、夫妻が段ボール箱35箱分、170万筆に及ぶ銃規制の署名をクリントン大統領に手渡したその週にブレイディ法が成立しました。その法律自体は失効しましたが、銃の購入者に対する調査や7日間の待機期間などは各州で法律となっており、そのおかげで失われたかも知れない何人もの命が救われています。服部さん夫妻、またYOSHIの会などの尽力で「お金」ではない「命」が救われているのですから、「泣き寝入り」とはほど遠いと思います。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>賀茂美則様

       コメントをありがとうございます。

      >>フロイド氏との違いはただ1つ、民事訴訟の相手が個人か、組織か、だけです。

       それは当然の前提の上で論じています。「命に値段などつけられない」と書いており、具体的な金額の多寡を問題にしているわけではありません。同じ殺されたという事実において金額に示されたような違いがあり、しかも一方は執行が不能であることに釈然としないものを感じませんかということを書いているわけです。

       それから、民事で勝訴しても執行しようとしたら自己破産。お金が受け取れないということだけでなく、それによって被害者感情が害されませんか? そこを問題にして「泣き寝入り」と言ったわけで、その後のブレイディ法どうこうは関係のない話です。それによって被害者感情がどこまで満たされたと考えるのでしょうか。救われた命は自分の大事な子供ではなく、関係のない、もしかしたら失われたかもしれない命にすぎません。理論的にそういう命が救われたかもねというレベルのもので、それによって被害者遺族の泣き寝入りの状態が解消されたと考えているとしたら、僕には理解できません。

       賀茂様が事件において「通訳」に過ぎなかったのであれば、その点は弁えて語っていただきたいと思います。米国でも通訳は法廷で自らの主張を述べないし、証拠調べもしませんよね? ただ、当事者の言語上の便宜を図るだけですよね? ネット上でキャリアを調べる限り、法律の勉強もされたことがないようです(もし、おありなら失礼)。少々厳しい表現になるのはご容赦いただきたいのですが、門前の小僧が覚えたお経で「僕は死者を弔えます」と言っても、誰も納得しません。

       また、内容とは別に表現の問題として、コメントした人を「半可通」呼ばわりするのは控えていただきたいと思います。「ちはやふる」氏らが半可通と、コメントを見ただけで断定するのは議論をする上で適切な態度ではないでしょう。レッテル貼りして「この人は語る資格がない」と断定するような議論がしたいのなら、別の場所でやってください。意見を書くときに相手を見下すような表現は、あなた自身の社会性を疑われますし、読んでいる人間も不快になります。こうした言論空間では、最低限のマナーは弁えてください。

       次に書き込む時に不適切な表現があれば、コメントを承認しません。

  6. アバター 賀茂美則 より:

    お返事ありがとうございます。
     まず、「通訳」と書きましたが、実際には服部夫妻のアドバイザーのようなことをやっています。ですので、「自殺行為だ。服部君の方が悪い」という言い方には正直、感情的になりましたこと、お許しください。
     ただし、主張は変えません。平均的なアメリカ人の考え方から見ても、この解釈は間違っています。また、事件の概要については誰よりもよくわかっているつもりです。
     法律の勉強ですが、司法長官や民事裁判担当の弁護士と何度も議論し、少なくともルイジアナ州の法律については相当勉強しました。拙著は基本的に事件の説明と刑事裁判の解釈なので、上梓するにあたっても、相当な時間をかけて法理論を調べたという自負はあります。
     とりあえず。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>賀茂美則様

       再度のコメントありがとうございます。ご丁寧な対応に感謝いたします。

       フロイド氏の場合は日本で言うところの国賠でしょうが、服部君の場合と同じように故意または過失により違法に他人に損害を与えたことに対して賠償する責を負うというものだと思います(この部分、日本の国家賠償法と民法の不法行為をベースにした考えで、州法が異なる規定をしているのであれば以下の説明は無視してください)。全く異なる状況とはいえ、行為の主体が公務員か私人かの違いによって、負うべき責が2700万ドルと65万ドル、40倍以上の違いが出るというのは釈然としません。フロイド氏の場合は和解金なので服部君の場合の判決とは性質は異なり、そもそも民事訴訟なので損害額はまず原告が行うという事情がありますが、それを考えても不法行為で命を落とした場合の損害としてそのような差異が出ることに違和感が残ります。

       警察官によるフロイド氏への制圧行為がどこまで違法性を帯びていたのか分かりませんが、少なくとも服部君の場合のピアーズ被告が受けた危険よりは遥かに重大な危険を伴っていたと思います。こうした外見に表れているだけの状況を考えても、両者の死に対する扱いの差に「米国の司法は正常に機能しているのか」「政治的思惑で司法の判断が歪められているのではないか」と感じますし、そのような差異が服部君の命を軽んじているように思えてなりません。29億円は、BLM運動の高揚など、米国の政治状況から生まれた可能性は強く、司法の判断が政治状況に影響されていいのかという憤りを感じました。そういう思いから本文を書いた次第です。

       金額の多寡が問題ではなく、金額の多寡が象徴する司法の姿勢がおかしいということです。しかも行為の主体の差から、2900万ドルは和解金として支払われ、65万ドルは相手が破産して執行できないというものになっています。これを「泣き寝入り」と表現したことは間違っていたとは思いません。ただ、賀茂様が事後の状況を加味して「泣き寝入りではない」とおっしゃるのであれば、それはそれで一つの考えであり貴重なご意見として承っておきます。

      >>「自殺行為だ。服部君の方が悪い」という言い方には正直、感情的になりました

       これについては僕も同じで、服部君の死に対する冒瀆であるようにも感じ、非常に腹立たしく感じました。ただ、この表現が公序良俗に反するかと言われると、そうとまでは言い切れないと判断したものです。可能な限りいただいた意見を公開することで自由な言論の場を保障したいと考え、実践している以上、管理者権限で公開しないのはそれを否定するものと考えました。

       公序良俗に反しないまでも、暴論であろうと思っています。そのため「同じことが関係者の前で言えるのか」という趣旨のコメントを返信するにとどめました。まともに相手をしてこうした暴論を何度も主張させることは、ご遺族を傷つけるにとどまらず、服部君を死後も傷つけることになりかねないからです。

       表現の自由は民主主義の根幹を支えるものであり、このような(僕が考える)暴論も尊重しなければならないことは、民主主義はいかにムダの多いシステムかと思います。ただ、文筆業を生業とするものとしては、そこは等閑にできないという事情があります。

       そのような事情を説明させていただきます。

  7. アバター 野崎 より:

    クリントイーストウッド主演映画に、

    ワザとチンピラ集団に撃たれるため、銃を所持していないが、胸内ポケットに手を入れ、
    撃たれる、という映画があった。 (題名は失念)

    米国における危険性に関し大多数の日本人の認識としても上記はあるだろ。

    半可通? 一般の者が事件の詳細など知る由もない。 上記を前提としての認識であることが想像できないのか?

    マーケティングを学ばずとも社会の事象に対して大多数は深い認識、理解などない、できない。
    札幌地裁の判決も憲法違反と理解してしまう。

    そんなことは解りそうなものを、
    問題に専門的に関わって来た者として、
    ああ一般の人に理解を得るのは難しいな、が通常の発想だ。
    実態はそうではありませんよ、と何故ならないのか、 半可通? 一番困る? 何を見下しているのだ。

    ある犯罪により何らかの法整備がされた。
    よって犯罪被害者は泣き寝入りではない、と 人の心にというものに半可通だ、

    拉致被害者、横田めぐみさんの存在は、日本国民の政治意識を目覚めさせた等々。
    だから横田家は泣き寝入りする必要はないと。

  8. アバター 月の桂 より:

    〉アメリカに数年住んでいた知人(日本人)は、「ピアーズ氏は悪くない。銃を構えている相手に歩み寄るなど、自殺行為だ。服部君の方が悪い。」と言います。私も同感です。

    *****
    皆様、「悪意に深読み」されていらっしゃいませんか?
    ちはやふる様の書かれた文章は、知人が話された内容です。同じ日本人でも、アメリカでの生活経験があり、アメリカの文化を知っている方と、銃社会とは無縁の日本で暮らしている方とでは、この事件に対する視点が違うということでしょう。私は、ちはやふる様は、服部君やご家族を批判しているのではなく、同様の悲しい事が起きることのないよう、相手国の文化を学ぶことの大切さをお話されているのだと思いました。
    ですので、同感だとコメントしたのですが…それは、「半可通」?「一番困る」?

    批判するなら、平常心にてお書き下さい。
    感情に任せて書いたら、アウトでしょう。

    胸部を避けて発砲すべき云々も、銃社会にいない日本人特有の発想かなと感じます。
    不法侵入者が、爆発物を携帯している可能性もあります。銃を向けられ、静止を警告されたら、絶対に動いてはならないのです。

    とは言え、ご遺族は納得出来ないでしょう。
    彼が、訪問先を間違えることの無いよう、誰かがサポートしてあげられなかったのかな…と暗澹たる思いになりました。

  9. アバター 名無しの子 より:

    日本に住んでいる私にとって、やはり服部君の事件は(理屈では理解できても)感情の面では理解できません。なんの罪もない(文化を知らなかったということ以外には)大切な息子さんを突然失ったご両親の気持ちを考えると、いたたまれないからです。でも相手に復讐するわけにはいかないから、気持ちを銃の問題に持っていったのでしょうね。
    この事件が起きる前、もっと言えば服部君がアメリカに渡る前に、アメリカという国はこういう国だからと言うならわかります。また、服部君がケガで済んだ場合もわかります。でも、亡くなってしまった以上、服部君が悪いとは、私は言いたくはないですね。それは、文化でも法律の問題でもなく、感情の問題にすぎませんが。
    また、松田さんは、ジョージさんの問題との比較をされたのですよね。この問題も私には理解できません。日本でこういうことが起きても、それほどの金額が支払われますか。はっきり言って、相手は犯罪者ですよ。犯罪者相手に警官が常に気を使わなければならないなら、警官の命がいくつあっても足りません。この警官が過剰防衛や傷害致死というならわかりますが、殺人罪とは。正直言って驚きました。ただ、私は身内に警察官がいるから、警官びいきになるのかもしれません。また、黒人だからかなというように見えるのは、私だけでしょうか。
    多分私は、一生アメリカには行かないでしょう。アメリカの社会を、頭では理解できても感情の面では到底理解はできないので。伊藤詩織さんのように、日本は〜と日本を批判する人もいますが、私は、日本が大好きです。一生を、井の中の蛙で過ごすことになるかもしれませんね。
    これは私の感情の問題です。それに対して、意見を言われましたら傷つきますので、どなたからの返信も結構です。できるならば、この問題は、もう終了したいというのが本音です。刑も確定したし、失われた命は、もう二度とかえってはきませんからね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。