小川榮太郎氏vs朝日新聞で考える訴訟リスク
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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文芸評論家の小川榮太郎氏が自身の著書の記述に関し、朝日新聞から謝罪広告と損害賠償を求められていた訴訟の判決が3月10日、東京地裁であった。謝罪広告請求は退けられたが、小川氏と出版元の飛鳥新社は200万円の支払いを命じられた。この訴訟はフリーランスのライターには避けて通れない重要な問題を孕んでいる。
■朝日新聞を厳しく批判した小川榮太郎氏
小川氏は著書「徹底検証『森友・加計事件』朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」(飛鳥新社)の中で、朝日新聞を厳しく批判している。書籍の表題を含め、記述のほぼ全てで真実性は認められないと認定され、名誉毀損が成立すると判断された。請求額5000万円のうち200万円の支払いを命じる請求の一部認容判決であるが、朝日新聞が公表した判決文を見ると、朝日新聞側の主張がほぼ認められる内容となっている。
これに対して小川氏は「極めてスキャンダラスで異常な判断だ」、飛鳥新社は「当方の意見が受け入れられず残念だ」とコメントを発表した(時事通信電子版3月10日付け「評論家と飛鳥新社に賠償命令 朝日新聞の森友報道めぐり―東京地裁」参照)。
小川氏と飛鳥新社は控訴するのではないかと思われるが、控訴審も楽な戦いではないと思われる。
■ライターにとって避けて通れない名誉毀損訴訟のリスク
この問題はフリーランスで活動するライターにとっては避けて通れない。一般的にメディアに属する人間は名誉毀損にならないように注意するが、民法・刑法の名誉毀損について詳細に勉強した人間などほとんどおらず、せいぜい、経験則から「根拠のないことは断定しない」という原則に基づいて記事を書くぐらいである。僕も当初はその程度の認識であった。
幸いにも僕は在職中に大学院でこの種の問題を学ぶ機会があり、当サイトで記事を書く際にも、名誉毀損には格段の注意を払っている。
民事も刑事も大差ないが、民事での名誉毀損は以下のように教えられる。「一般に、人に対する社会的評価を低下させる行為が名誉毀損であるとされており、客観的な社会的評価が被侵害利益だということになる」(内田貴 民法Ⅱ 東京大学出版会 p348)。
もっとも、事実の摘示(例えば、彼は泥棒だなどの指摘)をして社会的評価を低下させたら、直ちに名誉毀損になるかと言われると、そういうわけではない。次の事由が存在する場合には不法行為は成立しない。
①その行為が公共の利害に関する事実に係り
②もっぱら公益を図る目的に出たこと
③摘示された事実が真実であることが証明されたこと
また、意見の表明も名誉毀損になることがあるが、この場合も以下の事由があれば、不法行為は成立しない。
❶公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図るものであり、
❷前提としている事実が主要な部分について真実であることの証明があったときは、
❸人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り、
名誉侵害の不法行為の違法性を欠くとされる。
摘示した事実、前提とした事実が真実であることの証明があればよく、真実と信ずるについて相当の理由があるときには、不法行為の故意・過失の要件が欠けると解釈されるのが一般的である(以上、同p349、p350。最判昭和41年6月23日、最判平成元年12月21日)。
■小川氏は他にやり方があったのでは?
この点、判決文を見ると、小川氏は朝日新聞側から指摘された9つの問題ある記述に関して、7つは意見ないし論評の表明であるとし、事実の摘示よりも緩和された要件で免責されると主張している。
しかし、東京地裁は例えば記述1で、小川氏は「原告(朝日新聞)が、森友問題及び加計問題について、スクープをねつ造して虚偽の事実ないし疑惑を報道した」(判決文p18から)との事実を摘示したとし、その上で「被告(小川氏)らは、その真実性の主張に当たっては、原告(朝日新聞)の主観的事情として…疑惑に根拠がないとの認識を有していたことを主張立証する必要がある」(同p27から)とした。
これを主張立証するには、編集局長が会議で「根拠がなくてもいいから、安倍首相を叩け」と命じたことなどを出すなどするしかなく、相当、ハードルは高い。
そうした状況を考慮し、仮に僕が書籍を執筆する場合であれば、証拠が掴めない以上、いくつかの”無理筋”の記事を挙げた上で「これらの記事を読むと、組織的に安倍叩きを目的に報じていたと感じる人も出てくるのではないか」というレベルの意見の表明にとどめるだろう。こうすれば、そのような記事が書かれていたという事実は真実であり、上記❶~❸の要件を満たし、免責されると考えられるからである。
■直感的に思った「危ない人だなぁ」
基本的なスタンスとして、情報発信をする上で根拠を示せない場合は断定すべきではない。思い込みと客観的事実の峻別は必要で、それは訴訟リスクを回避するという点からも極めて重要である。
僕は小川氏とは面識はなく、どういう人なのか知らないが、月刊Hanadaの最新号(2021年4月号)の「小池百合子の野望を挫け!」を読んだ時に(危ない人だなぁ)というのは直感的に感じた。記事内の「小池氏のような無能・無責任で上昇志向の強いオポチュニスト(機会主義者)は…」(同号p36)という表現を見た時には、他人事ながら(大丈夫なのか)と心配したほどである。
小川氏が主張するように、報道機関がこの種の訴訟を提起することは、表現の自由の萎縮につながるというのはその通りであろう。しかし、表現の自由とて無制約に認められるわけではない。
言論機関も、やる時はやってくる。小川氏の訴訟を見ると、情報発信のリスクについて改めて考えさせられる。
文芸評論家とは、どういうお仕事なんでしょうね。評論は、感じたままをストレートに書くということなんでしょうか。
小川榮太郎氏は、危うい表現をする傾向があるように思います。過去、LGBTに関した記事でも、誤解を生むような表現をしています。
月刊Hanadaで、伊藤詩織氏に関した記事を数回書かれていますが、どれも棘があるタイトルに感じます。また、氏による、この事件を詳細に検証した記事も読みましたが、そこには伊藤氏が事件当日に着用していた下着の写真も掲載してありました。これは、さすがにやり過ぎでしょう。重要な情報だとは思いますが、写真まで載せずとも、ブランド名と形状の説明程度で十分だと思います。
私は伊藤氏の言動を嫌悪していますが、彼女の下着まで公開する必要は無かったし、晒し者にされて気の毒に思いました。
小川氏は、表現に品性が無さ過ぎて残念ながらショボい記事になっています。
松田さんは、名誉毀損にならないよう意識して書かれているんだろうな…と感じます。
小川氏も参考にしたらよろしいのに…。
>>月の桂様
コメントをありがとうございます。
小川氏のキャリアを見ても法律を勉強する機会はなかったようで、文芸評論家ということから名誉毀損という部分には無頓着なのかなという気がします。
伊藤詩織さんの下着の写真の公開は、状況は分かりませんが、それが必要あるのかなと率直に疑問に感じます。こちらはモラルの問題でしょうが、見ていてあまり気持ちがいいものではありません。
伊藤氏vs山口氏の問題は、とにかく、両者の人権に配慮して書くことが大事だと思います。小川氏もそうですし、もちろん、山口氏を攻撃するメディアも人権への配慮が欠けているというのは感じます。それが残念です。
松田様 今回も素晴らしい記事だと思います。
朝日新聞の「請求額5000万円」という数字も随分吹っかけたもんだなあと思っていましたし、巨大組織が弱小出版社や個人に対して「踏み潰してやるぞ」とばかりの傲慢さを感じずにはいられないものでした。
今回認められた額が200万円とのことですが、朝日新聞の主張の4%しか認められていないようにも見えてしまいます。それを大勝利で当社の主張が全面的に認められた!と喧伝するのはいかがなものなんでしょうね。疑問に感じてしまいます。
過大な額を請求しごくわずかでも認めさせれば法的には本当に大勝利なんでしょうか?
たとえとして非常に不適切ですがひき逃げ死亡事件の加害者に1億円請求したとして額が400万円だったとしたら、大勝利とはとても感じられないと思ってしまいます。
とは言え200万円というのは個人にとってもちろん多大な負担であり、「俺たちに刃向かうものは潰すぞ」と喧伝し萎縮させる効果もあると感じます。大組織の傲慢さを感じずにはいられません。日頃報道の自由を守れ!と言ってる者達の主張とはとても思えませんでした。
>>表現の不自由様
コメントをありがとうございます。
朝日新聞は報道の自由を享受しつつ、他者の報道の自由には狭量なのだろうなというのは感じます。
小川氏の表現は、メディアにいた僕などから見ると、「少しは考えて書いた方がいいよ」と言いたくなるものではありますが。