警察官発砲で容疑者死亡 適切な職務執行か

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 八尾市の路上で13日午後、警察官2人が盗難車に対して4発を発砲し、乗っていた容疑者が死亡する事件があった。警察では対応に問題がなかったかを調査中であると報じられている。警察官の発砲による容疑者死亡の案件では警察を批判する声が起きるが、今回はどうなのか。伝えられる範囲で検討してみると、法的には問題なさそうに見える。

■降車の警告に応じないため発砲

写真はイメージ

 本件は伝えられるところによると、パトカーで巡回していた警察官が手配中の盗難車を発見して追跡、職務質問をしようとしたところ、パトカーに衝突させてきた。パトカーに乗っていた2人の警察官が降車し、盗難車の両脇に立ち停止を求めたが、男が逃げようとしたために警告をした上で発砲。4発が撃ち込まれ、少なくとも1発が運転していた40代の男の上半身に当たった。

 その後、盗難車は信号機の柱に衝突、警察は男を公務執行妨害で現行犯逮捕したが、治療の必要があるためすぐに釈放し、容疑者は搬送先の病院で死亡した(NHK WEB・警察官が停止求めるも向かってきた盗難車に発砲 男性死亡 大阪、2023年1月13日閲覧)。

 事件の報道としてはNHK WEBが最も詳しく伝えているが、よく分からないのは、「この際、2人が車を挟むように両脇に立ち、それぞれ2発ずつあわせて4発を発砲し」(同)としながらも、記事の見出しには「警察官が停止求めるも向かってきた盗難車に発砲」とある点。

 他媒体では、「車が路地に逃げ込んだためいったん見失ったが、パトカーはこの車を周辺で発見。赤信号で停止中だった車は突然バックし、パトカーにぶつけてきた。…警部補と巡査長はパトカーを降り、運転席にいた男性に車から降りるよう警告したが応じなかったため、運転席側と助手席側からそれぞれ2発ずつ発砲した。」(毎日新聞電子版・警察官2人、追跡中の盗難車に4回発砲 運転の男性死亡 大阪、2023年1月13日閲覧)と報じられている。

 こうしてみると、車の両脇に立って運転手に向かって発砲したもようで、NHK WEBの見出しにある「向かってきた盗難車に発砲」は、盗難車を突然バックさせ、パトカーにぶつけてきた行為を「向かってきた」と表現したと解釈すべきであろう。

■発砲は警職法7条に規定

 警察官が拳銃を携帯し、発砲できるのは以下の法の規定による。

【警察官職務執行法7条(武器の使用)】

警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。但し、刑法(明治四十年法律第四十五号)第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。

1 死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。

2 略

 2人の警察官は容疑者に危害を与えており、正当防衛か緊急避難、もしくは同条1号に該当する場合であることが求められる。もし、盗難車を警察官に向けて発進させ、殺害しようとしていたら文句なく正当防衛が成立するが、今回はそれはなさそうである。

 ただし、容疑者が盗難者を警察官が乗ったパトカーにぶつけてきた時点で、警察官への暴行罪(刑法208条)は成立している。そして逮捕に向けて2人の警察官が車の両脇に立って「運転席にいた男性に車から降りるよう警告したが応じなかった」(前出の毎日新聞電子版の記事から)というのであるから、警察官への抵抗(攻撃)は継続していたと判断すべきと思う。

 もし、発砲しなかったら、容疑者は自動車で逃走する、あるいはパトカーから降りている警察官を轢き殺そうとすることも考えられ、「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」という状況であり、前述のように正当防衛が成立する状況であるから、警職法7条には抵触しないという考えは成立すると思う。

 警察は過剰防衛(刑法36条2項)でなかったのかという点を調べるのかもしれないが、パトカーに盗難車をぶつけ、警察官の警告も無視して停止しないのであるから、過剰防衛の要件である「防衛の程度を超えた行為」とは言えないという結論が出ても不思議はない。

 仮に正当防衛と言えない状況であった場合でも、7条1号での発砲と解釈する余地は残る。同条の「死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪」は、警察官等拳銃使用及び取扱い規範2条2項に規定されており、同項2号の「人の生命又は身体に危害を与える罪として次に掲げるもの」のイ「刑法第百九十九条(殺人)及び第二百四条(傷害)の罪」とあるから、傷害罪が成立していれば1号に該当する可能性はある。つまり、警察官がパトカーを降りてから車を降りるように警告した際に、容疑者の抵抗(車の運転)で傷害を負っていれば傷害罪が成立するため、警職法7条1号による発砲という可能性もある。

■発砲の正しい道筋を踏んでいるか

 仮にこのように発砲していい状況であったと認められるとしても、適切な発砲の道筋を経ているかが問題となる。これは前述の警察官等拳銃使用及び取扱い規範で規定されている。

第5条(拳銃を構えることができる場合)

第6条(拳銃を撃つ場合の予告)

第7条(威嚇射撃等をすることができる場合)

第8条(相手に向けて拳銃を撃つことができる場合)

 問題となるのは6条の予告で、相手に予告してから撃つことを定めているが、「ただし、事態が急迫であつて予告するいとまのないとき…と認めるときは、この限りでない。」とあるから、あくまでも状況次第である。警告を無視して停止しない、警察官はパトカーから降りている状況であれば、予告している時間的余裕があるかは単純に疑問が残る。

 また、8条の相手に向けて撃つことができる場合も問題となり、警職法7条但し書き(正当防衛、緊急避難)に該当する時とされている。これは報道される範囲の情報で判断すれば、おそらく正当防衛が成立すると判断されると考えるのが通常の思考であろう。

■命を賭けて職務を執行する警察官

写真はイメージ

 こうしてみると、現時点では警察官の発砲は適正なものであったと判断される可能性があるように思う。この種の事件が起きる度に、警察官の発砲を否定的に扱う声も出るが、その場合は少なくとも関連する法規を読み、冷静に判断すべき。

 もう半世紀近く前になるが、我が家に父と同郷のナベクラさんという警察官がよく家に遊びに来ていた。とても明るいお巡りさんで、僕たち家族と親しく付き合っていた。そのナベクラさんがある時、事件に遭遇し、街中で発砲した。その発砲は違法ではなかったが、適切とも言い難い事案だったとされたようで、ほどなく退官を余儀なくされた。母が「ピストルを撃ったけど、怪我人も出ていないのに、すごく悪く言われて、警察に居にくくなったみたいだよ。可哀想に」と言っていたのを思い出す。

 その後、ナベクラさんは他の仕事をしていたようであるが、家に遊びに来ることもなくなり、ほどなくバイクに乗っている時に事故で死亡した。それを聞いた時に、幼な心に大きなショックを受けた。

 昭和の時代に比べれば、警察官の職務に対する国民の理解は進んでいるように思う。大事なのは法に基づく適正な職務執行であったかどうか。根拠なく、感情的に警察官を批判するのは避けるべき。彼らは命を賭けて仕事をしていることを忘れてはいけない。

"警察官発砲で容疑者死亡 適切な職務執行か"に1件のコメントがあります。

  1. 老眼ジジ より:

    こういった事件こそ事実だけを粛々と伝えて頂きたいものだが、今の日本に存在するメディアの大半は何処の国のメディアなのか判らないので無理だんでしょうな。

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