統一教会問題、騒ぐメディアの偽善
石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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安倍晋三元首相の暗殺事件の後で、日本社会は統一教会攻撃というおかしな方向に転がり出している。大半の人が安倍氏の死を悼んでいるのに、メディアと野党などの政治勢力と「ノイジーマイノリティ」が統一教会を批判し、それと安倍氏や自民党を結びつけてバッシングしている。この動きは、社会をギスギスした雰囲気にしている。
◆内心の問題に、他人が入り込む気味悪さ
もちろん統一教会という、日本を批判する不気味な教義を持ち、多額な献金を信者に強制するとされる宗教団体の異様な行動は批判され、是正されるべきだ。そして、それを選挙で利用し関係を持った故安倍氏、自民党の政治家の軽率さも、当然批判されなければならない。
しかし騒ぎすぎると、多くの問題が発生する。
宗教心は人の内心の問題であり、他者がそこに立ち入るのは慎重であるべきである。多くの刑事事件やテロを引き起こしたオウム真理教は、社会的にさまざまな制裁を受け、残党が政府機関によって監視されている。しかし、その宗教そのものを日本は国として禁止し、潰せなかった。私は潰して欲しかったが、それができないほど「信教の自由」「結社の自由」は現代の日本で重要視されている。
それなのに、その権利の重要さを考えず、ヒステリックに統一教会問題で騒ぐ人たちがいる。その先頭にメディアがいる。
各メディアが政治家に、統一教会問題をめぐる質問状を送り付けているという。攻撃されている自民党の政治家は沈黙している。長崎県の黒田成彦・平戸市長は、長崎新聞から統一教会との関係を尋ねるアンケートが届いたことについての違和感をTwitterに書き込んだ。
黒田市長は「(関係は)ないと答えるが、まるで江戸期のキリシタン弾圧の踏み絵のようだ。隠れキリシタンの末裔である私は遺伝子的にこのような踏み絵行為は気持ち悪い」(同氏8月16日投稿ツイート)と感想を述べた。
これが普通の感覚だろう。人の内心に「正義」を名目にして、ずかずかと入り込む。他者の尊重も、大変なことをしているとの自省もなく、平気で行うメディアや批判者に、私は気味悪さを感じる。「踏み絵」や、大日本帝国時代の大本教や新宗教への弾圧という、反省すべき日本の歴史を、メディアが全く学んでいない。
◆メディアは罪を追及できるのか?
私の感想に「統一教会のような悪質な団体には、激しい批判をやっていいのだ」と、反論する人がいるだろう。そういう点はあったとしても、「統一教会問題」を今騒いでいる人、特にメディアには、その資格がなさそうだ。
新約聖書に「石打ちされた女」の話がある。ヨハネによる福音書8章にある。姦通を犯した女性に、人々が石を投げていた。イエスは女性を庇い「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず石を投げなさい」と諭した。すると人々は恥ずかしく思い、それをやめ去ったという話だ。人は誰もが罪を犯しており、自分の正しいという思い込みを根拠に人を裁く権利や資格をもつ者はいないことを示す逸話だ。
統一教会問題で騒ぐ人たち、特にメディアにこの逸話の通り「罪を犯したことはないのか」という、問いかけをしてみたい。どうも、その資格のなさそうな人たちだ。
例を示してみよう。米国の通信社にU P Iがある。この通信社は、米国の新聞不況の中で2000年に統一教会系の資本に買収された。今でも共同通信がニュースの配信契約を結び、外電として日本の全メディアに配信し、各メディアはこのニュースを一部使って報道している。「U P I=共同」のクレジットのある原稿などだ。つまりメディアは統一教会と20年関係を持っていた。
これだけではない。今報道されている統一教会問題は、1980-90年代の事件が中心だ。直近は少なく、問題が沈静化していた。しかし、メディアは統一教会問題を放置して、突然騒ぎ出した。メディアや騒ぐ人たちは「自民党叩き」「安倍叩き」に使えるから、飛びついたように見える。
◆宗教を利用した広告で稼ぐメディア
また宗教を利用する広告で、メディアは儲けている。Twitterで、私が投稿して2500リツイート、24万ビューとなった書き込み(当該投稿)があった。紙面著作権の問題があるのでここに引用しないが、朝日新聞が2010年に「〇〇(女性占い師の名)が金運と幸せ開花への願いを込めた話題の財布」について広告を出していたことを示した。
統一教会は、霊感商法で「ご利益がある」と高額の壺を売っていたという。この財布は同じように、超自然的な方法で利益を得られると強調した商品である。金額の大小以外に違いはない。朝日新聞は、こうした商売に広告で協力してお金をもらっていた。朝日新聞は暗殺事件直後には冷静だったのに、安倍氏、自民党と統一教会キャンペーンを今では熱心に報道している。
朝日新聞だけではない。最近の新聞広告やテレビショッピングを見ると仏像、宗教画、開運などの宗教やご利益絡みのものが多い。メディア広告の影響力が減り、読者・視聴者が高齢化しているために、そうした広告が増えている。ご利益や宗教心を強調して物品を売る行為は、統一教会の行為と違いを示すのは難しいだろう。こうしたメディアの営利活動を振り返れば、それによる統一教会批判は、一種の「ブーメラン」となって自らを批判している。しかしメディア側に反省はない。
政治勢力もそうだ。宗教を最初から否定する共産主義を掲げる日本共産党と違って、立憲民主党などは、選挙に際して新興宗教の支援を受けている。野党は熱心に統一教会問題を取り上げようとしているが、それは一種のブーメランとなって、彼らを傷つける。共産主義思想も、ユートピアを作るという一種の「カルト思想」と言えるので、日本共産党はカルトを批判できるとは思えない。
◆「安倍氏の冥福を祈る」、常識行為を行うべき
統一教会への批判は行きすぎると日本社会にとって、損害の方が大きくなる。メディアを含めて、宗教と関わった多くの人が「ブーメラン」によって傷つく。そして個人にとって重要な人権である「信教の自由」「内心の自由」に介入する先例を作ってしまう。騒ぐ人、特にメディア、政党などの政治勢力には落ち着いて、この問題に向き合ってほしい。
そして騒ぐ人には、そんなことよりも、悲劇的な死を遂げた安倍晋三氏の冥福を祈るという、世界と日本の「普通の人」がしている行為に参加してほしいと、私は願う。
ただしイエスに諭され恥ずかしそうに去った人たちと違って、「アベガー」「ツボガー」と熱く騒ぐ人たちの狂乱する姿を見ると、そうした常識に基づく提案も聞き入れてくれそうにないが。
>もちろん統一教会という、日本を批判する不気味な教義を持ち、多額な献金を信者に強制するとされる宗教団体の異様な行動は批判され、是正されるべきだ。そして、それを選挙で利用し関係を持った故安倍氏、自民党の政治家の軽率さも、当然批判されなければならない。
石井さんによる、故安倍氏、自民党の政治家の軽率さを批判する記事もぜひ読みたいですね。
親分と申します。結構読ませていただいておりますが、そろそろ限界なんで書き込みさせて頂きます。
福岡の放送局と言えば、1社を除き、旧統一教会系団体のイベントを後援したりと、ズブズブな関係である事は、色んなトコで上がって居るんで、周知と思いますけれど、
宗教行為、布教活動を洗脳行為と取り上げた場合、創価学会の献金行為との差をどう捉えるんでしょうか?
立正佼成会の某書籍の出版行為を差し止めた判例と、旧統一教会系の書籍・壺販売行為との明確な差は何処にあるんでしょうか?
一時期日本中に勇名を轟かせた道仁会の発祥地、餃子の王将拡大期の資金入手に関わる同和の偉人上杉佐一郎氏の出身地である小郡という地に生を受けた私としては、ヤクザというだけで全人権を制限されている暴力団新法をみていると、宗教新法を成立させて、キリスト教関連団体や仏教関連団体も規制した場合、人権の制限ですら無視した彼等は、信教の自由という人権も超越するのかなぁ?
あの弁護士さんも、私が相談を受けて居るのは旧統一教会系だけじゃないです、他にも一杯あるんですが、って、言えば良いけれど、、言わないトコを見るとなんか、胡散臭いモンを感じるんですよね。