青学大選手の婚約 取材に答えたら”発表”
松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵
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一部スポーツ新聞電子版が2日、箱根駅伝に出場した青学大の選手が婚約を「発表」したと報じた。4区を走った太田蒼生選手(4年)が左手薬指に指輪をして走った点について記事にまとめたものであるが、取材に答えただけの行為を「発表」とするのはメディアの姿勢として適切とは思えない。SNSなどではネガティブな反応も出ており、プロ選手ではない学生の報じ方として問題が残る結果となった。
◾️デイリースポーツなどが「発表」
箱根駅伝は青山学院大学が往路優勝を果たしたが、競技以外の部分で大きな話題となったのが青学大4区の太田選手の婚約である。襷を受け取る時に左手薬指に指輪をしていることが中継する日本テレビの画面で明らかになり、SNS上で話題になった。同学OBの”山の神”神野大地氏も自身のXで「太田結婚したの?」とダイレクトにポストしている(神野大地Daichi Kamino 2025年1月2日午前11時13分投稿)。
試合後、スポーツ新聞はその点が気になるのか、記者会見で聞いたようで、朝刊スポーツ紙6紙が電子版で記事にしている。それ自体は問題はないとしても、「婚約発表」という見出し、本文で報じたメディアがあったことは見逃せない。
具体的にはデイリースポーツが見出しと本文で「婚約発表」、サンケイスポーツが「婚約を〝サプライズ発表〟」とし、スポニチは見出しで「婚約発表」、スポーツ報知は本文内で「婚約を発表」とした(デイリースポーツ電子版・激走の青学大エース、太田蒼生が婚約発表「早いうちに結婚したい」 左手薬指に指輪付けレースにSNS騒然「学生結婚か?」 往路後の会見で発表」 4区区間賞は愛の激走、 サンケイスポーツ電子版・【箱根駅伝】青学大・太田蒼生が往路V導く4区区間賞の快走 レース後に婚約を〝サプライズ発表〟、 Sponichi Annex・【箱根駅伝】「早く結婚したい」青学大・太田蒼生 “指輪激走”で超異例の婚約発表「彼女との指輪です」、 スポーツ報知電子版・【箱根駅伝】青学大の太田蒼生が婚約指輪を披露 最後に新たな伝説を残す)。
これらの報道に反応してXでは一時、トレンドに「婚約発表」が入るほどの盛り上がりを見せた。このワードが一人歩きを始め、ツイッター速報で「箱根駅伝4区の青山学院・太田蒼生(22)が婚約発表 …」などと報道を引用する形で伝えられ、また、一般のユーザーからは「学生の婚約などいちいち報じる必要がない」「興味がない」といった趣旨の投稿も見られた。
太田選手がそうした報道やSNSでの反応を見てどう感じるか。交際相手と婚約し、一般の慣習に従って婚約指輪をつけて学生生活最後の大会に臨んだところ、おそらく、競技に関係のない部分を聞かれた際に答えただけなのに「発表」とされ、それを見た一部のユーザーから「報じる必要なし」「興味がない」などとネガティブな反応が寄せられるのでは、たまったものではない。
◾️「発表」を広辞苑で調べると…
太田選手が婚約を明かした状況については「往路後の会見で太田は話題となった左手薬指の指輪について『婚約した彼女との指輪です』と、婚約を発表。『早いうちに結婚したいなと思ってます』と明かした。」とされている(デイリースポーツ電子版・ネット騒然の左手薬指指輪で激走の太田蒼生に原晋監督が言及「知らん!勝手に恋愛してください笑」 太田は往路後に婚約を公表)。優勝チームの一員として記者会見に臨み、その場での質問に対して答えたことは明らか。
「発表」とは「①世の中へおもてむきに知らせること。大勢の人々に示すこと。『合格ー』」(広辞苑第7版 新村出編 岩波書店)とされる。取材に答えて明かすことは「発表」ではないとまでは言わないが、一般人の感覚の「発表」は、「自発的に事実や考えを公に明らかにする、大勢の人々に示すこと」というものであろう。
記者を集めて会見して新製品の発売を明らかにする、それをプレスリリースなどで示すこと、学会で研究の成果を示すこと、などが一般的な発表のイメージ。デイリースポーツなどの記事を読むと、あたかも太田選手が「この場を借りて申し上げます。私は婚約しました」などと自発的に事実を公表したかのようである。仮にそうしたのであれば、当然、自発的に発表がなされた事実も合わせて報じられはずで、それがないのは単に取材に答えただけなのであろう。
こうした事情からか、残るスポーツ紙は異なる表現を用いて報じている。日刊スポーツ、東京中日スポーツは「『婚約した彼女との指輪です。早いうちに結婚したいと思っています」と、コメントを淡々と記述するにとどめた(日刊スポーツ電子版・【箱根駅伝】青学大・太田蒼生「婚約した彼女との指輪です」左手薬指に指輪!早期結婚願望も吐露、中日スポーツ 東京中日スポーツ電子版・左手薬指に指輪キラリ…青学大・太田蒼生「婚約した彼女との指輪。早いうちに結婚したい」4区区間賞【箱根駅伝】)。
◾️ネットリテラシーの重要な要素
デイリースポーツなどは「発表」でも間違いはないという考えなのかもしれないが、それを引用する形で拡散され、一般ユーザーに太田選手が思い上がったようなイメージとして伝わっている事実をよくよく考えるべきであろう。
まだ21歳、プロ選手でもない一大学生の私生活での決断を誤解を招きかねない表現で伝えられ、自身の人生の門出について、少なくないユーザーからネガティブなコメントが寄せられる。それがどれだけ前途ある若者を傷付けるかを考えられないなら報道に携わるべきではない。
箱根駅伝は数あるスポーツイベントでもトップに位置するほどの注目度を集める大会。そして、晩婚化が進む世で男子大学生が婚約指輪をすることは珍しい事例といえ、また、慣習に従って婚約指輪をすることは、世間に対して「自分は婚約している」という事実を示すことになるため、その点について確かめることは報道機関として行き過ぎた取材とは言えない。太田選手がプライバシーに踏み込んでほしくないと思えば詳細はノーコメントにすればいい話で、報じることに大きな問題はないと思ったから答えたのであろう。
それに対してユーザーが「興味ない」「いちいち報じるな」と言うのは勝手としても、報じる方にも報道の自由はある。この場合、ユーザーが心すべきなのは、当事者(今回は太田選手)を含む他者を不快にさせないよう、SNS上で表現に気をつけることがネットリテラシーの重要な要素と認識することである。
◾️臆病な大人も脱帽の結末
太田選手はルーキーイヤーから箱根で活躍し、1年生から順に3区2位、4区2位、3区区間賞、4区区間賞を記録するなど、箱根の申し子のような存在である。4年間を箱根にかける生活であったと想像する。その合間で生涯の伴侶となる人に出会い、愛を育み、最後の箱根で婚約指輪をつけて走るのはドラマでもできないような劇的な展開であるし、今の時代には珍しい美談と感じる。
長く生きた大人の中には(婚約指輪をして凡走したら何を言われるか分からないから、とりあえず外して走った方がいい)と考える人も少なくないと思われる。実際、今回、凡走したら(調子に乗って婚約指輪をして走って、このザマか)という声が出たかもしれない。
そうしたリスクがありながら、優勝に大きく貢献する最高の走り。上記の臆病な大人からすれば「参りました」と言うしかない。そうした大胆な行動、表現は若者の特権であるし、学生生活を箱根に賭けた選手だからこその行為と思う。
昭和の時代には「浪花節」と呼ばれた行為の令和バージョンのようなものかもしれない。それだけに報じる側も「見出しになるから」といった感じで安易に行きすぎた表現を使用せずに、事実を事実として淡々と報じるべきではなかったのか。