原晋監督は泣いて馬謖を斬った? 高校の指導者へのお礼を真っ先に口にした理由

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 第96回東京箱根間往復大学駅伝競走を制した青山学院大学では、この1年で4年生が4人退部した。事実上のクビと思われる。元サラリーマンとしては組織の維持のためには仕方なかったのであろうと思うと同時に、それを断行した原晋監督の決断力を感じる。試合直後の会見で真っ先に高校の指導者へのお礼を口にした事情も見えてくるように思う。

■寮で禁じられた飲酒で退部へ

わが母校青山学院大学

 青学大の4年生4人が退部した経緯は、日刊スポーツ電子版1月4日付け「青学V『最弱』から『格好いい4年』厳しさで変化」で明らかにされている。それによると、「3月に勉学、生活態度が乱れていた3人がやめた」という。

 「(原晋監督は)『傍観者になるな』と言い続け、選手たちには意見をぶつけさせた。後輩は『学業をおろそかにするような人と一緒にやりたくない』」という事情だったようである。

 さらに6月には1軍ではない寮で規則で禁じている飲酒があり、原晋監督は「こんな4年生にはついていきたくないよね」と厳しい言葉を並べ、「話し合いの末、部から離れてもらう結論に至った」とされている。

■サラリーマンの世界にも通ずるモチベーション低下

 青学大では2年生の終わりの時点で一定のタイムを記録できなければ選手としては継続できないシステムであることは、以前から明らかにされていた。選手として引退勧告を突きつけられた学生は、マネージャー等に転身して部に貢献する、あるいは自ら部を去っていくという選択肢になるようである。

 通常の大学の部活動ではそのような方法でシステマティックに引退勧告することはあまり考えられないが、箱根駅伝で勝つという使命を負った部としては「学生たち全員で切磋琢磨して」という綺麗事だけの活動では許されないのであろう。

 それでも最上級生になって箱根出場は難しいと感じる、あるいは自主性ゆえに「昔ほど気力がない」と精神面から衰えてくる選手が出ても不思議はない。そのような選手の存在が、組織全体のモチベーションを低下させるのは想像に難くない。

 サラリーマンとしてほぼ30年勤務した僕としては、会社でその類の問題を間近で見てきた。そのために僕が在籍していた日刊スポーツ新聞社でも「第二の人生を支援する制度」という名目で早期退職制度を実施している。聞く所によると、メガバンクなどではラインから外れた者は銀行に残るのは難しく、50歳以上は上級管理職以外はいない状況になるという。

 2019年度、原晋監督はこの問題に直面したと言っていい。

■組織のトップの責務「泣いて馬謖を斬る」

 ここから先は伝えられる範囲での、僕の想像である。

 原晋監督の出した結論は、4人を部から離れさせることであった。その心境は「泣いて馬謖を斬る」だったのかもしれないが、同時に組織のトップがやらなければならないことである。そこで緩んだ組織を立て直し、最終的には大目標の箱根駅伝優勝を達成したのだから、その決断は正しかったと言っていい。

 以前、原晋監督が高校生を取る時のポイントをテレビで語っていたことがあるが「自分で意思表示が出来る」「寮でみんなとうまくやっていける」などを挙げていた。常識的に考えれば素質の高い選手を集めるのが最優先だと思うのだが、そうしないのは、要は箱根駅伝は団体競技でありチーム力を高める方法で勝つのが合理的であると判断しているのであろう。目先のことを考えれば1秒でも速い選手を獲得したくなるが、その選手が組織の力を低下させる要因となるリスクがあれば、獲得を避けるという考えがあるに違いない。

■高校の指導者へのお礼を真っ先に口にした理由は?

 4人の退部に話を戻そう。注目したいのは、4人の退部について他の部員から思いをぶつけさせていることである。部の責任者として4人に「お前ら辞めろ」と引導を渡すことも出来たであろうが、そうせずに同期生や後輩に考えを言わせ、特に4人目については「話し合いの末、部から離れてもらう結論に至った」という形を取った。

 この辺りは権力を持つ者が独裁的に権限を振るうのではなく、組織の構成員から「もう君は辞めた方がいい」と言わせることで、辞める者も、残る部員も納得できる方法を取ったのだと思う。去りゆく者が21歳、22歳という若者であることを思えば当然のことなのかもしれない。

 以上の点をベースにすると、試合直後の原晋監督の「全国の高校の指導者の先生方には、こんなに優秀な人材を青山学院に送っていただいたことに御礼を言いたいです」という発言の真意も見えてくるように思う。青学大の選手は原晋監督がスカウトしてきたはず。自ら招いておきながら卒業前に4人も部を離れさせてしまったら、高校の指導者としてもその後選手を送ることを躊躇しかねない。

 そうしたことを考えた上で、真っ先にお礼を口にしたのではないかと思う。組織のレベルの維持・向上を考えれば、選手の供給元への十分な説明は必要であり、今年は特にそれが求められると考えたのではないか。(大学スポーツでは、そういうリスクがあることも分かってください)(リスクを承知の上で選手を送ってくれてありがとう)と言いたかったのだと思う。

 このように眺めてみると駅伝の世界はなかなか奥が深いと、様々な報道を見て感じた次第である。

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