2027世田谷区長への道(2)今も続く攻撃

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 2027年の世田谷区長選を目指す内藤勇耶氏(29)に対して、異例とも言える攻撃が続いている。現区長を推す勢力と思われる人々から、ツイッターなどで選挙戦で訴えた政策について批判するつぶやきなどがアップされ、内藤氏はそれに対して反論。ネット上では選挙戦が今でも続いている。連載の第2回は、続く選挙余波と内藤氏の政策について聞く。

◼️保坂氏支持勢力(?)による攻撃

街頭で演説をする内藤氏(撮影・松田隆)

 選挙が終了してから1か月半になろうというのに、前区長候補への攻撃が続いている。6月7日午前、「市民連合めぐろ・せたがや」というアカウントが、「維新の内藤ゆうや氏」と誤った肩書き(内藤氏は自民・維新推薦の無所属候補であった)で名指しした後、子供の医療費無料化や過剰受診は見直しされるべき、との見解に賛意を示したとツイート

 これに対して内藤氏は「また保坂区長を応援するグループからデマが流れています。」と引用した上で「子供の医療費無料化に賛成です。」「所得制限撤廃も含めて子育て支援を徹底的にするべきです。」と従来の主張を繰り返した(2023年6月8日投稿)。

 選挙が終了した後にも関わらず、こうした攻撃が現区長に近いと思われる人々から為されるのは異例。こうしたことが発生するのも、保坂区長が初当選した2011年の区長選以後、敗れた対立候補は以後、区長選に出馬していないが、内藤氏は明確に4年後を目指していることを表明しているという事情があるのかもしれない。

 保坂氏は2027年の区長選への出馬については明らかにしていない。今年4月2日の世田谷区長選挙政策討論会では、首長の多選について組織の硬直化など弊害を認め、自身は3期を一区切りとすると考えていたとしつつも、3期目は新型コロナ対策に奔走したことなどを挙げて4期目に手を挙げた。その結果、現実に4期目に入った区長が次回、戦わずに既得権を手放すとも思えない。内藤氏への攻撃はそうした思惑が絡み合ったものなのかもしれない。

◼️400億円を0(ゼロ)にチェンジ! 

 今年の区長選で配布された内藤氏のビラには、「400億円を0(ゼロ)にチェンジ!」と大きく書かれている。

 91万人を超える人口の世田谷区といえども、保坂区長が決定した400億円の新庁舎の建設費用の負担は小さくない。同区の世帯数は49万1837(2022年12月1日現在、同区HPから)で、1世帯あたりの負担はおよそ8万2000円となる。この政策に対して、保坂陣営は既に170億円の支払いは決まっており、400億円の負担がゼロになることなどないと主張したが、これは保坂陣営が意識して内藤陣営の政策を曲解していたように思える。 

内藤候補の配布したパンフレット

 建設に必要な資金をゼロにするのではなく、1400億円の基金の低リスク運用や、ネーミングライツ導入、民間の事業者と提携して建物や土地を有効活用し、区民が負担することになる400億円を新たな収益でカバーするというものである。それに対して、「既に一部の支払いが決定しているから、ゼロにならない」という主張は全く的外れであることは明らかであるが、一部の区民には「内藤候補の政策は、実現不可能」という認識として刷り込まれた可能性はある。

 実際に、今回の選挙活動の中で400億円に関する主張について、日を追うごとに有権者の反応は良くなってきていたものの、「ある種、懐疑的な方もいらっしゃったのは事実で、『これは本当にできるのか』『もう始まってしまったのではないか』という声もありまして、それに対して、期間が短くて説明し切ることができませんでした。その点は悔いが残るところです」と内藤氏は振り返る。

 その上で「私の政治の思想の根幹にあるのは『政治が税金に頼りすぎているのではないか』という違和感、疑問です。国や区が自ら稼ぐことができる領域があるにもかかわらず、『税金で』というのは少しばかり違うのではないかなと思います。」と、説明する。

 こうした「稼ぐ」という発想に対し、内藤氏によると保坂氏陣営は「新自由主義的である」と批判をしていたという。

 新自由主義とは、日本では中曽根政権下で民間企業の活力を利用し、財政負担をすることなく社会整備を図る考え方の下、国鉄民営化などが行われ、その後の規制緩和に繋がる一連の政策のベースとなった。いわゆる「小さな政府」、民間でできることは民間でという考え。保坂区長が社会党(現社民党)シンパであった1980年代後半から同党の国会議員であった1996年から2009年までの間、政治的に戦い続けてきた自民党政権の政策と言っても過言ではない。そのような保坂区長の主張は、リベラル層の心情に訴えかけるものがあったのかもしれない。

◼️国がやり続けてもいいのではないか

 民間の活力を利用するという点では、内藤氏の政策は新自由主義と似たものがあるかもしれないが、「民でできることは民で」が新自由主義であるのに対し、「官ができることを、民だけに任せておかなくてもいいのではないか」というのが内藤氏の考えであり、「私の考えは新自由主義とは発想が全く異なります」(内藤氏)と言う。その趣旨を以下のように説明する。

 「政府がやるべきことは新自由主義よりもむしろ大きいのではないかと思います。私は自民党から推薦をいただいたので言いにくいのですが、郵政民営化には反対です。郵政は国がやることでもっと稼げたのではないかと考えているからです。稼ぎを国庫に入れることで、国民の税負担を下げられたのではないでしょうか。国がやっても稼げる領域、公益性があって国がやってもおかしくないのであれば、国がやり続けてもいいのではないかという発想で、そこで生んだ利益を住民サービスに充てようという発想です。公の領域を減らすのとは異なります。」

 内藤氏の言う「官が稼ぐ」話は、決して夢物語ではない。実際の成功例としてJRA(日本中央競馬会)が主催する中央競馬がある。勝馬投票券(馬券)の発売という、刑法の賭博罪(刑法185条)に抵触する事業であることから民間の事業者が競馬開催できないという事情があり、国が日本中央競馬会法に基づく特殊法人を通じて独占的に事業を行っている。それが結果として中央競馬が広く国民に愛されるレジャー、娯楽となり巨大な利益を生み出している。

 JRAの2022年の売り上げは約3兆2938億円で、純利益は約838億円。馬券の売り上げの約10%は国庫に入り、2022年は3692億円余が国庫に納付された。この国庫納付金は国の一般財源に繰入れられ、約75%が畜産振興に充てられる(残りは社会福祉に活用)。

 もし、国が中央競馬を開催していなければ、昨年であれば3692億円を国民に新たな税負担を求めることになる。消費税のような形にしたとすれば、1人あたり年間約3000円程度の負担増である。なお、大井競馬などの地方競馬は各地方公共団体が行う事業で、地方財政法に基づき公営競技納付金を納付している。

 内藤氏は税金だけを頼りにする行政からの決別を主張。自身が作成し、配布したビラに書かれた「増税反対派」はこうした政策に裏打ちされたものである。税収入が頭打ちになっている状況で、住民サービスを充実させなければならないという現代の地方行政の難題を解決するための新たなアプローチでもある。

 「あくまでも区がやるべきことは引き続き区がやりましょう。その中で区も、住民の皆さんも現業(旧郵政や国鉄などが代表例)の関係で稼げるのであれば、それは区が稼いで、住民に還元しましょうという発想です。」

◼️行政手腕+経営者としての資質

笑顔を見せる内藤氏(撮影・松田隆)

  もし、内藤氏が当選していれば、世田谷区は”自力で”400億円を稼ぎ出し、区民の負担を軽減できていたかもしれない。もっとも、区が稼ぐ政策を実行する以上リスクもある。前出の地方競馬の例で言えば、赤字を生み出すだけの存在となった公営ギャンブルが廃止された例は少なくない。たとえば2003年の足利競馬(栃木県足利市)、2004年の高崎競馬(群馬県高崎市)、2005年の宇都宮競馬(栃木県宇都宮市)など。

 この点は「ポートフォリオの理論が大事でしょう。何かの事業一辺倒ですと倒産のリスクもあります。たとえば利益を期待値として10%生み出す事業を10もったとします。1つ失敗したとしても全体としてはプラスになります。事業を総合的にどう管理していくかがこれから求められるのかなと思います」と話す。

 21世紀の首長は行政手腕だけでなく、経営者としての資質を求められるのかもしれない。少なくとも内藤氏の政策を実現するには、その2つの要素が必須となる。こうした考えを、内藤氏は引き続き訴えていく考えである。

 「これらのことをこれからの4年間でどう区民の皆さんに分かりやすい言葉で伝えていくかというのがこれからの課題と思っています」と4年後を見据えている。

(第3回へ続く)

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