「何もしなさそう」な菅政権のエネルギー政策

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石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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経済・環境ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒、時事通信社記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長、アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のサイトGEPRの編集担当を経て、ジャーナリストとエネルギー・経済問題を中心に執筆活動を行う。著書に「京都議定書は実現できるのかーC O2規制社会のゆくえ」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。
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 安倍晋三首相が辞任表明をし、菅義偉氏が9月14日、自民党総裁に選ばれ次の首相になる。安倍氏に感謝を述べ、辞任理由になった病気の快癒を祈りたい。

 この原稿では、私は自分が多少知るエネルギー問題、それと連動する気候変動政策で安倍政権を総括し、次の菅政権でどうなるかを考えてみたい。

 結論を述べると、エネルギー問題で安倍政権は原子力発電所の長期停止など、民主党政権が作った問題を解決せずに先送りした。それが楽だったためだろう。その結果、日本国内の電力料金は価格が高止まりした。またエネルギーの安定供給の面で、リスクが埋め込まれた形になっている。この無策は継続しそうで、どのようになるか不安だ。

◆民主党政権の「高コスト」エネルギー政策

盛り上がったかに見えた反原発運動。しかし、原子力の活用を行う自民党政権は選挙に勝ち続けた。国会前デモ。(2012年、筆者撮影)

 日本の政府行政機構では、たいていの場合に大臣は「お飾り」で、政策の起案と実施は中央官庁の担当課・担当局が主導する。ただし時代の流れや社会状況によって、特定の問題が重要な政治案件となり、首相自らが乗り出す場合もある。

 2012年までの民主党政権では、エネルギー・原発が重要な政治案件になった。東日本大震災での東京電力の福島原発事故がきっかけだ。野田佳彦首相は「原発が日本に必要」と明言したが、菅直人氏と鳩山由紀夫氏の困った元首相2人、そして下っ端議員は、感情的な「反原発」「電力会社攻撃」騒動の先頭に立った。そして以下の政策が行われた。

(1)脱原発の実行。これまでの原子力規制の行政組織を廃止し、原子力規制委員会が新設された。その規制が過重で、原発の稼働は遅れ続けている。

(2)電力自由化。原発事故が、なぜか電力会社の地域独占のせいにされた。これまでの電力システムには、地域密着、電力の安定供給というメリットもあったが、それがなくなりそうだ。

(3)再生可能エネルギーの補助金による優遇。その発電量は増加したものの、補助金が膨らみすぎ、20年度見通しでは2兆3700億円、一世帯あたり平均月約1000円になる。太陽光発電の増加による森林破壊等、再エネ振興によるさまざまなデメリットも発生した。

(4)福島原発事故で住民避難などの放射線防護対策が行われた。そしてその費用は東電が原則支払った。総額は10兆円を超える。当初からこの事故による外部への放射能漏れで健康被害は起きないと予想され、事実そうなった。住民の健康維持の観点で、その過重な対策のためのコストに見合った効果があったとは思えない。

(5)気候変動問題での過剰対策。2009年に鳩山内閣は途上国への温暖化支援と、2020年まで日本の温室効果ガスを1990年比で25%削減することを表明した。予想通り達成できず、立ち消えになった。

 私は、無資源国日本は原子力を含めてさまざまな手段を使い、安く安定的なエネルギーを作るべきだと、主張している。原発の停止は、電力会社の経営悪化と、日本の電力料金の上昇を生む。反原発だけに注目し、民意に過度におもねり、コストを考えない、一連の民主党政権のエネルギー政策を苦々しく思っていた。

 こうした民主党政権の暴走を、政策のプロである経産省は、止めるべきだった。ところが、彼らはこれをサポートした。原発事故で袋叩きにされそうになったので、人々の怒りから逃れようと、この動きに加担した形跡がある。官僚のずる賢さを感じた。

◆何もしなかった安倍政権

 2012年に民主党政権から自公連立政権に変わった。問題を知る人は、上記の民主党のエネルギー政策の是正を期待した。しかし安倍政権は大きく改めず、エネルギー・原発を政権の中心課題にすることはなかった。気候変動問題にも積極的に触らなかった。首相自ら、こじれた問題の解決に介入しなかった。

 安倍政権を回顧する際に「外交・安保政策は首相主導で日米同盟強化を中心に成果を出した。しかし内政や経済政策は中身がない。重要案件を先送りしただけだ」という評価が多い。エネルギー問題でも同様だった。

 安倍首相は、「世界一厳格な原子力規制委員会の規制審査を経たものから原発を再稼働させる」と繰り返し述べた。これは事情を知っている人から見ると、規制委員会に責任を押し付けた言葉だ。そして、その規制がおかしい。過剰防護対策で原子力の活用は遅れた。「安倍政権は原子力推進」という人がいるが、そうとは思えない。

 こうした曖昧さと先送りが、安倍政権にとって合理的な選択だったのかもしれない。原子力もエネルギー問題も、有権者の行動を左右しなかった。これらの問題だけで有権者が投票をするわけがないのだから、当然だろう。

 そして「神風」と言える現象がエネルギーで発生した。2000年代から米国で始まったシェールガス・シェールオイルの生産が米国で本格化。その影響で米国のエネルギー輸入が減り、石油・ガスの価格が2013年ごろから急落した。

 安倍首相は「経産省政権」とも言われた。かつての首相は周辺に、学者や有力財界人などのブレイン(頭脳)集団がいた。ところが安倍首相にはそうした人材が周辺にいない。経済・内政政策のアイデアは、内閣府に集められた経産省出身者を中心に練られた。経産省にとっても、エネルギー価格が下がり、日本経済にとって致命的な負担にならなければ、民主党政権の政策を続けても問題はなかったのであろう。

 もちろん、エネルギー問題で状況を良い方向に変えた政策もあった。アベノミクスは補助金ばらまきを批判されている。その面はあるのだが、エネルギー政策では、電気自動車の急速充電器の設置や、水素自動車向けのステーションで建設の支援が行われ、これらの普及にプラスになった。日本近海の深海部に存在するメタン・ハイドレートなど新しいエネルギーの調査も進んだ。

 安倍首相は福島原発事故処理で、過剰な対策を是正することはなかった。しかし何度も福島を訪れ、予算を優遇し、その復興を支援しようとした。

 安倍政権の外交政策を評価する声は多い。外国との安定的な関係は、日本が無資源国で輸入に頼るために、適切なエネルギー政策の必要条件となる。それが達成された。また安倍首相はインド、東欧、東南アジアなどで原子力発電所建設の売り込みを支援した。良好な日米関係によって、日本が原子力を利用することを認めた日米原子力協定は2018年に問題なく更新され、米国からのシェールガス、シェールオイルの輸出もスムーズに米国政府が認めた。日米関係がおかしくなった民主党政権では、おそらく暗礁に乗り上げて混乱した問題であろう。

 さらに気候変動問題やグリーン・エコノミー(環境に優しい経済)を、欧州の政治家がここ数年騒いでいる。安倍首相は第一次政権でこの問題に力を入れていたが、第二次政権以降に大きく関心を示さなかった。政府が変な約束をしなかったことで、今、民間企業が自由に動ける状況になっている。日本の産業界は数多くの優れた技術を持つため、それを使って日本が利益を得る可能性が出ている。無策が上策となったのだ。

◆何もしなさそうな新政権

 では菅次期政権では、エネルギー問題で何をするのだろうか。安倍政権の、「エネルギーで大きなことはしない」政策が踏襲されるだろう。菅義偉次期首相はエネルギー問題に関心があると、聞いたことはない。そして現状維持でも政権が悪影響を受けない外部環境がある。原子力問題への政治的な関心は薄れており、日本の極左勢力もそれほど騒がなくなった。新型コロナウイルス感染症の拡大によって、世界経済が停滞し、景気と連動するエネルギー価格は当面、下落傾向になるはずだ。

 しかし「何もしないこと」を続けても大丈夫だろうか。現状がそのままになり、安い原発を使えず、再エネ対策で電力網を作り直さなければならない電力会社の経営は今後厳しくなるだろう。原子力を活用できないために、国内の原子力産業の衰退も続きそうだ。中国とロシアの電力会社、原子力プラントメーカーの成長は著しく、技術やコストで逆転の兆しもある。

 さらに中国が南シナ海でこの5年で20ほどの軍事基地を作ってしまった。南シナ海は、日本のエネルギーの輸入ルートだ。中国はそれを簡単に遮断でき、いつでも日本をエネルギー供給の面で、締め上げられる状況だ。

 こうしたさまざまなエネルギー面での危険を避けるために、前述した民主党政権で生まれた政策を抜本的に変えるべきと、私は考えている。そのために動いたことがある。中立であるべきジャーナリストがやるべきではないことで詳細はぼかすが、私は安倍政権の中期まで、有識者・学者グループ(電力業界とは関係ない)と一緒に、エネルギー・原子力政策の正常化のためにボランティアでロビイング(政策に影響を与える活動)をした。ある法律や政府目標に影響を与えようとしたのだ。

 そこで感じたのは、日本の政策決定は、楽な方向に流れてしまうということだ。そして責任の所在がはっきりしない。政治家は「その通りですね」と、言っても動かない。官僚は「そう決まっています」と責任逃れをする。電力会社は、当事者であるのに叩かれるのを恐れ、動かない。そして作られた政策は、さまざまな人の意見を取り入れたために、目的がはっきりしないものになった。

 記者として、どんな問題でもこうなりがちなことは分かっていたが、自分がロビイングの当事者になると改めて日本の政策決定のおかしさを感じた。手間がかかる未来の危機への対策よりも、現状維持が好まれる。私より優れた人が多いと思われる政治家も官僚も、問題はわかっているのだろうが、問題を先送りする安易な方向に動いてしまう。

 「過去の成果を食い潰し、表面的にうまくいっている。しかし、そのために問題を放置して、長い目で見るとおかしくなっていく」。

 最近の日本では個人、企業、産業、そして国で、こういう問題が多発しているように思える。エネルギー問題でも同じことが起きそうだ。

 しかしエネルギーについて無策で大丈夫なのだろうか。無資源国の日本は、石油というエネルギー資源を止められたことで太平洋戦争をはじめ、そして敗戦という亡国を1945年に経験した。1973年、1980年の石油ショックでは、経済と社会が大混乱した。エネルギー問題は、国の存亡に関わりかねないのに、危機意識が足りないように思う。

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