中国に負けた原子力産業 高コスト安全対策ネック

The following two tabs change content below.
石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

経済・環境ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒、時事通信社記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長、アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のサイトGEPRの編集担当を経て、ジャーナリストとエネルギー・経済問題を中心に執筆活動を行う。著書に「京都議定書は実現できるのかーC O2規制社会のゆくえ」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。
石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

最新記事 by 石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 (全て見る)

 私は内外のエネルギーニュースを毎日ウォッチしているが、また日本人として悲しいニュースを読んだ。原子力で、日本のライバルである中国の原子力産業がとても元気なのだ。他国の発展は喜ばしいものだが、その国が日本に軍事的威圧を加えていること、日本の原子力産業が衰退していることを考えると、心穏やかではない。(元記事は&ENERGY原子力産業、日本は中国に負けた-民主主義のせい?

◆元気な中国の原子力産業

建設中の大間原子力発電所(2015年、撮影・石井孝明)

 原子力発電所の建設を手がける中国核工業建設(中国核建)が今年の事業報告と、来年2023年の予定を12月21日に発表。建設中の原子力発電所が同年に同国内で30基以上になるとの見通しを示した。国の計画である「第14次5カ年計画(2021-25年)」末には40~50基に達する可能性があるとしている。

 同社は海外市場の開拓も進めており、パキスタンでは原発6基の建設を完了した。そのうち1基は独自技術の「華龍1号」という軽水炉だ。今年初めにはアルゼンチンの国営原子力発電会社と同国4基目となる原発を建設する契約に署名し、現在は準備段階にあるという。

 同国には、他に国家核電技術公司という、米国ウェスティングハウス(WH)社の新型軽水炉AP1000をベースにした新型原子炉を建設する会社もある。ここも現在国内で4つの建設を進め、海外に売り込みをしている。

◆建設数で中国30基、日本1基

 国内で30基を建設する中国に比べて、日本は1基のみだ。建設数では明らかに「日本の負け」だ。原子力発電所を作れば技術は向上し、建設コストも低下し、関連企業は儲かり、産業全体が発展する。日中の原子力産業で差は広がる一方だ。西側で原子力を作れる国は数少ないので、これは西側の負けということも意味する。

 日本国内で建設中なのは、電源開発の大間原発(青森県大間町)と、東京電力の東通原発(青森県東通村)のみ。大間は08年、東通は11年着工だ。しかし東日本大震災以来、建設は止まり、大間が再開した程度。日本勢は、海外の輸出の売り込みはしているが、正式に契約が結ばれ建設に進んでいる例は現時点でない。

 先送りで知られる岸田文雄首相が、珍しくやる気を出したのが、原子力問題だ。GX(グリーントランスフォーメーション:環境技術の転換)の活用のためとして、原子力発電所のリプレース、新型炉の研究を打ち出した。しかし「笛吹けど踊らず」で、具体的な話はまだ形になっていない。三菱重工が今年2022年9月に打ち出した新型軽水炉「SRZ1200」が、関電の美浜原発(福井県美浜町)などのリプレースで建設されること。新型炉では日本が形にした高温ガス炉などが商用化されること。これらを私は期待している(&ENERGYの解説記事「解説・次世代原子炉-経済再生の重要技術」)。しかし、実現には長い時間がかかるだろう。

◆「安心料」という合理性なきコスト

 日本など西側と中国の原子力発電所の建設数の差は、その意思決定のスピードの違いだ。福島第一原発事故のあと各国で安全審査が長期化、厳格化し、国民の反発も起きた。もちろん中国も安全対策を強化したが、建設をスピーディーに進めた。独裁国家はこの点有利だ。

 中国の技術のベースになっている、仏のフラマトム(旧アレバ)のEPR(欧州加圧水型原子炉)、米WHのAP1000が具体的に建設されたのも、本国ではなく中国が先だった。EPR開発には三菱重工が参加。WHは東芝の子会社だった。日本企業の力も、中国に使われてしまった。

 福島第一原発事故のあと3000~4000億円だった原発の建設費が、西側では1兆円を超えるようになった。その間に、劇的な技術革新があったわけではない。この差のほとんどは安全設備の上乗せ、許認可手続き、建設長期化に必要な住民対策へのコストだ。いわば安全性向上にそれほど影響しない「安心料」だが、それが中国製原発は少なくて済む。

 ちなみに福島原発事故前に規制を担当した原子力保安院は規制目標として、重大事故(人体に影響ある放射能の漏洩)の確率を「100万炉年に1回以下」としていた。炉年とは、原子力発電所の稼働期間のことで、定期検査などで停止している期間は除いたものだ。福島事故は、放射能による人体への影響はないので、これには当てはまらない。この目標は計算方法や考えに異論があり、現在の規制当局である原子力規制委員会は採用していない。しかし中部電力が事故後に浜岡原子力発電所の安全対策をして、その結果を試算したところ、「1億炉年に1回以下」に安全性は向上したという。

 人によって考えは違うだろうが、「1億炉年に1回以下の事故」にまで安全性を強化する合理的な意味があると、私には思えない。ただの安心料だ。それより過剰対策によるコストが無駄になると思う。民主主義国の独裁国家に比べた弱さ、民主主義のコストに思えてしまう。

◆民主国家のジレンマ

写真はイメージ(撮影・松田隆)

 技術的には原子力は多くのメリットがある。しかし、政治的にも、電力会社や建設会社の経営的にも、リスクが大きすぎる。原子力発電は、残念ながら民主国家では難しい。

 現在、日本の産業用電力料金(高圧)は、中国の同種の平均の3倍の20円/kWh程度だ。中国は2030年までに、現在54基の原発を100基程度に増やし、発電割合の原子力が占める5%を15%にする予定だ。再エネや天然ガス火力も増やし、その価格を今の半分近くの3円/kWhまで下げる計画だという。

 原子力で負けるだけではなく、それによって生じる電力料金の差で、日本は製造業でも負けるかもしれない。アジアの製造業の中心は中国に移る可能性がある。

 この現実は「民主主義のコスト」なのだろうか。2020年からのコロナ騒動では、当初は強権的に規制を行えた中国など独裁国家が賞賛された。ところが今年までの長期戦になると、グダグダと政策が迷走した日本の死者数が少ないなど、民主主義国家の方が成績が良かった。中国は「ゼロコロナ」政策を堅持して、現在大混乱中だ。

 自由な言論で英知を集め、それによる熟議で正しい答えを導き出す。民主主義の底力を原子力産業の扱いでも信じたい。だが岸田首相の疲れた顔や、反原発デモを取材した時に見た、釣り上がった目で絶叫していた人たちの顔を思い出すと、多分、この状況を変えることは無理だろう。日本は中国に原子力で、民主主義のせいで負けたのだ。

 ※元記事は石井孝明氏のサイト「&ENERGY」に掲載された「原子力産業、日本は中国に負けた-民主主義のせい?」 タイトルをはじめ、一部表現を改めた部分があります。

"中国に負けた原子力産業 高コスト安全対策ネック"に1件のコメントがあります。

  1. 匿名 より:

    日本のテレビ局や新聞社の中に、処理水を汚染水と捏造するニュースや記事が未だにあります。
    政治家や国民よりもマスメディアを先に改革しないとこの国は悪くなる一方な気がしてなりません。
    しかしその具体的な方法が何も思いつきません。

匿名 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です