ドイツ原発ゼロ 壮大な愚行に学べ

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石井 孝明🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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経済・環境ジャーナリスト。慶應義塾大学経済学部卒、時事通信社記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長、アゴラ研究所の運営するエネルギー問題のサイトGEPRの編集担当を経て、ジャーナリストとエネルギー・経済問題を中心に執筆活動を行う。著書に「京都議定書は実現できるのかーC O2規制社会のゆくえ」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞社)など。
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 「ドイツは常に戦略的失敗をして、それを戦術的勝利で補う。だから負けまでの時間が長引く」。私は軍事オタクである。軍オタには色々な種類がある。装備とか軍装が好きな人もいるが、私の興味の中心は戦史と軍の運用だ。ドイツの敗れた第一次、第二次世界大戦を見ると、こんな感想を抱く。(元記事はwith ENERGYドイツ原発ゼロ、必ず起こる大混乱

◆4月15日に全原発停止

独の原発は全て稼働を停止

 ドイツ軍は個別戦闘では頻繁に勝利するが、戦略的に賢明な判断を続ける英国や、凄まじい国力を持つアメリカに負けてしまった。皮肉を込めて「ドイツ人は合理的に間違える」と述べていた英国人の歴史家もいた(誰が言ったかは失念してしまった)。

 エネルギー問題でもそうだ。2023年4月15日、ドイツで最後まで稼働していた3機の原発が停止した。これはドイツの現時点の発電量の6%になる。これも根本的戦略が間違った政策だろう。

 ドイツは1990年代に2020年代の脱原発を政治方針としていた。それが何度も延期された。2011年の東日本大震災・福島第一原子力発電所事故を受けて、2022年の脱原発を決めた。それも2度延期されたが、とうとう実施してしまった。

◆イデオロギーが政治を動かす

 最近の世論調査によれば、ドイツ国民の6割以上が原子力発電を支持している。それなのに、脱原発を進めるという。現在の左派連立政権で、経済環境大臣ポストを持つ「緑の党」はそれを推し進めている。緑の党は、1980年代の反核、チェルノブイリ事故による反原発、平和運動から出発した左派政党だ。自分のイデオロギーに忠実だが、現実を見ない人たちのようだ。

 2040年代に温室効果ガスゼロ、カーボンニュートラルという目標をドイツは掲げている。今後は再エネ拡大、EV普及、ヒートポンプ支援による自家発電増加、ロシア以外からのガス購入という、直近の政策を進めるという。それもコスト増という弊害が大きくなるだろう。

 2022年2月のロシアのウクライナ侵攻を受けて、EUとりわけドイツのエネルギー政策は大混乱に陥った。ドイツの脱原発は、ロシアから供給される天然ガスが拠り所だったのだが、その供給が急速に減少した。ドイツの家庭用電力・ガス価格は、戦争前の3倍になり、冬の厳しい北部地域は4人世帯で、日本円で年60万円、それでも30万円分は国と州政府の補助金で安くなっているなどという報道もあった。(ただ場所と契約によって違うので、この数字は目安。日本の電気代は4人世帯で、年20万円、ガスは都市ガスで10万円程度だろう。)当然、世論は激昂した。

 そもそも、ドイツ企業は原子力ビジネスを閉じ、サプライチェーンが消滅してしまったので、原子力発電をもう続けられない。ジーメンスの原子力部門の人材はごっそり韓国の斗山(ポサン)重工が引き抜いた。同社の完成が危ぶまれたUAEのバカラ原発建設プロジェクトは、この技術者を使って赤字だが完成に持ち込んだと言われる。

◆日本と全く国情が違う

 日本の変な人たちは、「ドイツを見習え」と叫んでいる。エネルギーでもそうだ。けれども、全く日本と国情が違い参考にならない。その実態を説明してみる。

 ドイツの脱原発は環境にも人にも優しくなく、サスティナブル(持続可能性)からは程遠い。ロシアからガスを買えず、ドイツは中東から石油と天然ガスの購入を増やしている。同時に石炭の増産もしている。

 こうした取り組みは、エネルギーのコストが上昇すると同時に、環境負荷、二酸化炭素の排出も増える。太陽光や風力といった不安定かつ変動する電源は、思い通りに発電しないので、増やすほど石炭火力でバックアップしなければならない。

 そしてドイツはフランスから、電気を購入している。特に、電力ビジネスを自由化したので、南部地域の電力会社には、フランス資本が入っている。

 2022年2月、フランスのマクロン大統領は、脱炭素政策の目玉として最大14基の大型原子力発電所を増設すると発表した。ドイツの原発停止分を賄うことも想定しているだろう。「脱原発」をドイツが達成したとしても、それは見せかけだ。フランスの原発を使うのだ。

 EUは東欧諸国を中心に、石炭火力に偏重している。それを原子力に転換しようという動きがある。ドイツの政策は、EUの大勢には影響がない。結果として、原発による脱炭素の動きが強まるだろう。日本の原子力産業のビジネスチャンスもある。

◆壮大な失敗確実のドイツの実験を参考に

大間原発の建設中の原子炉。保安上、構内の撮影は制限されていた。(撮影・石井孝明)

 日本の脱原発・再エネ推進論者は「ドイツを見習え」と、大日本帝国の陸軍軍人や右翼勢力のような発言を繰り返す。それは、間違った認識だ。ドイツがほぼ確実に失敗する壮大な実験をしてくれる。

 私は予言するが、ドイツの現在世界最高水準の高額さであるエネルギーコストは一段と跳ね上がり、一人当たりの温室効果ガス排出量も上昇し続けるだろう。昨年から足踏みを始めた、ドイツの経済成長も鈍化、さらに低下すると思う。(不思議なことに、2022年のドイツの工業指数や経済成長はそれほど落ち込んでいないが、そろそろ影響は出るはずだ。)

 外国の真似が好きな岸田文雄首相と、経産省・資源エネルギー庁と、日本の左派勢力がもしドイツ万歳と言ったら、私たち日本人は「間違っている」と指摘しよう。ドイツの壮大な、そしてほぼ確実にコスト増になる脱原発の愚行を見て学びながら、同じ過ちをしないように、日本は政策、ビジネスを組み立てなければならない。

※元記事は石井孝明氏のサイト「with ENERGY」で公開された「ドイツ原発ゼロ、必ず起こる大混乱」 タイトルをはじめ、一部表現を改めた部分があります。

    "ドイツ原発ゼロ 壮大な愚行に学べ"に1件のコメントがあります

    1. BADチューニング より:

      >ドイツ人は合理的に間違える

      戦車の補助装甲板、一発敵弾が命中したら外れて飛ぶ様なソレに丁寧に一枚ずつ「R1(右側の一枚目)R2(右側の•••」とちゃんと番号を入れてしまう、
      戦闘中に迅速に開ける必要があるかもしれない用具入れにちゃんと“鍵”を掛けてしまう、
      敵のロシア戦車が転輪が1つ2つもげても走っているのに自分の戦車には予備の転輪を何個も積んでしまう、
      乗っている戦車兵も、日本の戦車兵でさえ危ないからヘルメットを被って乗るのに絶対ヘルメットを被らないetcetc……

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