1つの投稿が台湾を救った 大みそかのドラマ
葛西 健二🇯🇵 @台北 Taipei🇹🇼
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2019年12月31日、ネットのある投稿が、新型コロナウイルスの脅威から台湾を救いました。世界でも例を見ないほどの成功を収めた台湾の防疫対策は、何気ない投稿に気付き、素早く反応した台湾政府関係者の力によるものと言っていいでしょう。昨年大みそかに電脳空間で繰り広げられたドラマをお伝えします。
■脱新型コロナウイルスが進む台湾
台湾は4月13日以降8週間連続で本土感染者がゼロです。そのため6月8日以降は各種イベント、飲食店や夜市での人数制限の緩和、公共交通機関では乗車時のマスク着用義務撤廃と、防疫措置の緩和が拡大されています。
世界に先駆けて脱新型コロナウイルスのステージに進めているのは、迅速で厳格な対策なのは言うまでもありません。2019年12月31日、台湾は武漢からの直行便に対する検疫を開始、水際対策の強化を開始しました。昨年末には感染拡大防止に向けて動き始めていたのです。それは2003年に台湾を襲ったSARS禍の経験と教訓が活かされたものでした(参照:新型コロナウイルスは中国からの”挑戦” 蔡英文総統の徹底した対策に政治の匂い)。
同日、台湾政府は衛生福利部(厚生労働省に相当)を通じて世界保健機関(WHO)に、武漢での原因不明の肺炎が発生しており、SARSのような症状であることを報告しました(中央流行疾情指揮センター 4月11日定例会見)。ただ、この情報は他国と共有されることはなく、世界的な早期ウイルス感染拡大抑制の一助となることはありませんでした。
■台湾海峡を渡った危険情報
台湾は新型コロナウイルスの発生と感染拡大を、なぜ、いち早く察知できたのでしょうか。発端は、羅一鈞・中央流行疫情指揮センター医療対応チーム副チーム長(当時は衛生福利部疾病管制署報道官)がネットで見つけたある投稿がきっかけでした。以下にその経緯を紹介します。
【経緯】
1. 12月30日、武漢市中心医院の眼科医であった李文亮医師が、武漢大学医師グループのグループチャットで「武漢の華南海鮮市場でSARSの症例が7件確認され、我々の病院救急科に隔離されている」と報告。検査報告とCT検査の画像を添付し注意喚起を行った。
2.この李医師らのチャットのスクリーンショットがネットに流れ、中国国内で話題となった。
3.12月31日午前2時24分、台湾の有名掲示板「批踢踢實業坊(PTT)」に上述のスクリーンショットが掲載された「武漢疑爆發非典型肺炎冠狀病毒群聚感染? (武漢にて非定型肺炎爆発感染の疑い コロナウイルスのクラスター感染?)」というタイトルのスレッドが立てられた。
4.同日午前3時頃、羅一鈞氏がSNSで、感染症専門医のグループがこの投稿を紹介していることを知る。
5.羅一鈞氏が投稿内容を確認、またネット上で武漢での感染に関する情報(その他医療関係者の会話流出等)を検証、信頼できる情報として直ちに衛生福利部疾病管制署へ連絡。
6.同日、台湾政府は衛生福利部を通じて世界保健機関(WHO)の連絡窓口へメールを送信。武漢でSARSのような症状の患者が現れており、隔離治療が行われていることを報告した。
7.同日、台湾政府は武漢からの直行便に対する検疫を開始。
羅一鈞氏は4月16日の中央流行疾情指揮センター会見上、上述のように報告しました。そして最初に注意喚起をした中国武漢の李文亮医師と掲示板の投稿者に謝意を示し、台湾が感染症を早い段階で把握できたと称えました。
なお武漢の李文亮医師はチャットでの発言により1月3日、中国当局から「違法行為」として訓戒処分を下されました。そして李医師自身が新型コロナウイルスに感染し、2月6日33歳の若さでこの世を去っています。3月、中国政府は李医師を新型コロナウイルス拡大の抑制に模範的な役割を果たしたとして表彰、中国では「白衣战士 (白衣の戦士)」と称えられています)。
■「救台灣(台湾を救った)」投稿の内容
台湾に危機を伝え、防疫措置開始を促した投稿はどのような内容だったのでしょうか。
この投稿の投稿者は「中国のネットで活発な討論が行われている問題」として、武漢市衛生健康委員会発行の「原因不明の肺炎治療状況に関する緊急通知」の書面、上述のスクリーンショットを掲載し「2003年のSARS第一例も前の年の12月末に見つかった」ことから、以下のように続けました。
「當然非典型肺炎不見得都是冠狀病毒感染、大家還是多注意衛生習慣勤洗手戴口罩 也能做好預防日常流感或減少疾病發生的機會 (もちろん非定型肺炎全てがコロナウイルス感染ではないが、手洗いとマスクといった衛生習慣に留意し、日常の流感予防や疾病発生機会の減少に努めよう)」
投稿者は(原因不明の肺炎=SARS再来の可能性)を危惧していることが窺えます。また私の感想ですが、「非定型肺炎」「クラスター感染」といった言葉や具体的な予防対策(マスク着用と手洗い)の言及から、この投稿者は医学の知識を身につけた人物だと思います。
■SARS再来かの投稿に即座に反応した台湾ネットユーザー
この投稿に対して台湾ネットユーザーは即座に反応しました。深夜にもかかわらず投稿後1時間以内で約50人がコメントを残しており、その関心の高さが窺えます。31日当日のコメントを見てみましょう。
SARS又要來啦 (SARSまた来るのか)
幹又來,之前SARS也是中國過來的 (くそっ、また来た、以前のSARSも中国からだ)
中國肺炎又來了 (中国肺炎が又来る)
SARS再来を危惧するコメントが多数です。さらに以下のようなものもあります。
武漢大學流出訊息 應該會被河蟹 (武漢大学から出た情報だ 恐らく【中国政府から】脅されるだろう)
當然是先封鎖消息 (当然まずは情報封鎖からだな)
などと、中国政府の情報規制を指摘するものも見られます。
照理中共會封鎖消息 然後病情失控傳到國外 (中共のことだし消息を封鎖する。そして病状コントロールできずに国外へ伝播)
まさにその後を予測しているかのようなコメントもありました。このあたりはSARSの時も中国の情報規制があったためでしょう。
先準備口罩 (まずはマスクの準備)
台灣政府不能掉以輕心 (台湾政府はこれを軽視できないぞ)
外交部早該對中國發布紅色旅遊警示了 (外交部は早く中国への渡航危険度を赤色に引き上げろ)
予防対策を呼びかけ、さらに政府に注意を呼びかけるなど、人々の危機意識の高さが感じられます。それはSARS禍を経験しているが故でしょう。
これらの書き込みに羅一鈞氏が素早く反応して、同日に武漢からの直行便の検疫開始となり、その後の台湾の一連の防疫につながっていきます。投稿から短時間のうちにこれを見つけ、事の重大性と緊急性を認知し即座に該当機関へ報告をした羅一鈞氏は「防疫英雄」とも呼ばれています。
■李文亮氏の注意喚起から繋がる成果 「情報」と「人」
台湾の初期防疫対策は、感染の注意喚起に立ち上がった武漢の李文亮氏の意思、その情報の重要性をネットで台湾の人々に知らせた投稿者、それを調査検討し即座に対応した羅一鈞氏、台湾政府の迅速な決断、これらが噛み合って成されたものです。
ネットの「情報」伝達の速さ、それを活かす「人」の柔軟さや俊敏さによる成果といってもいいと思います。
台湾の人は今でも第一報を「救台灣 (台湾を救った)」と讃え、掲示板を訪れコメントを残す人が後を絶ちません。彼らはそうした行為を「朝聖」と呼びます。
「朝聖」とは、日本語の「巡礼」を意味します。