教諭に実刑判決の衝撃 那須雪崩事故

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 2017年に那須町の茶臼岳で登山講習中の高校生ら8人が死亡した雪崩事故で30日、宇都宮地裁は業務上過失致死傷罪で教諭ら3人に禁錮2年の実刑判決を言い渡した。部活動中の事故により登山部の顧問教師らが責任を問われて刑事施設で過ごすことになるわけで、現場の教師にとっては衝撃の判決と言っていい。

◾️懲役と禁錮 実刑と執行猶予

事故後に会見する猪瀬修一被告(KYODO NEWS画面から)

 栃木県立大田原高校の生徒らが那須町のスキー場周辺で登山講習の途中に雪崩に遭遇し、8人(生徒7人、教諭1人)が死亡した事故で、同校登山部の顧問の教諭・猪瀬修一被告ら3人に実刑判決(禁錮2年、求刑同4年)が言い渡された。この判決に31日付けの産經新聞は「部活動中の事故で引率教諭らが実刑判決を受けるのは異例とみられる。」と指摘している。

 仕事で部員の生徒らを引率した教諭が刑務所に行かなければならなくなるわけで、本人はもちろん、その家族が受ける心理的影響は小さくない。おそらく教諭らは犯罪とは無縁の人生を過ごしてきたのであろう。それがキャリアの晩年に犯罪者として収監される事態となることを受け入れるのは簡単ではないことは容易に想像がつく。

 禁錮とは「禁錮刑は、規則的労働を強制されない点において、懲役刑と区別される。」(条解刑法 第4版 前田雅英ら 弘文堂 p27)とあり、懲役刑のように刑務所の中で働くことまで強要されていない、ただ、拘禁される刑罰と思えばいい。実際は1日中、無為に過ごすのはつらいことから、刑務作業を行う者がほとんどであるとされる。

 禁錮と懲役の刑の選択は「おおむね破廉恥罪については懲役、政治犯・思想犯…や過失犯罪の一部…については禁錮としているとされる。」(基本講義刑法総論 齋野彦弥 新世社 p328)と説明される。なお、2025年6月17日からは懲役刑と禁錮刑を統合する形で拘禁刑に統一される。

 業務上過失致死傷罪において実刑判決というのはどの程度出ているものなのか。最新の状況は明らかではないが、法務省が発表した資料では2005年(平成17)に業務上過失致死罪で2年以上3年未満の判決を受けた被告人(通常第一審終局時)は執行猶予付き判決が497人、実刑判決が203人となっており、”実刑率”は29.0%であった。

 その1年前の2004年(平成16)は、前者が611人、後者が203人で、24.9%となっている(法務省・業務上(重)過失致死傷罪の科刑状況(通常第一審終局被告人の科刑その他終局区分))。禁錮2年以上とされた被告人のおよそ25~30%が実刑判決を受けているから、刑期という面から考えれば極端なレアケースというわけではなさそうである。

 同種の事件に2006年の白馬岳遭難事件がある。これはプロの登山ガイドがツアーリーダーとなって実施されたツアーで、5人の参加者(50代1人、残りは60代)のうち4人が低体温症で死亡した事案。こちらは山岳ガイドに禁錮3年執行猶予5年の判決が確定している。求刑が禁錮3年で執行猶予が最大の5年ということから、”ぎりぎり実刑を免れた”事案と言っていい。

◾️実刑選択の理由

 31日付けの産經新聞には今回の判決の要旨が掲載されている。裁判所が実刑を選択した理由として①被害結果が非常に重大、②不合理な弁解をした被告に遺族が厳罰を求めている、③危険性の予見は十分可能であった、④基本的な回避措置を講じないなど、相当に緊張感を欠いたずさんな状況下で漫然と実施された、点を挙げている。その上で「執行を猶予すべき事情があるとまではいえず、いずれも実刑を免れないと判断」したとの説明が付されている。

 ②の被告の不可解な弁解という点については、遺族によるHPの中で最終弁論に関してコメントが掲載されている。「弁護側の最終弁論は、被告3人の証言のみに基づいたものであり、何の根拠も証拠もありません。積雪15センチ?目視や体感で情報収集!?生徒が制止を振り切った?安全注意義務は存在しない?この弁論は、現実から目を背け、彼らがこうあって欲しいと願った妄想を述べただけに過ぎず、聞くに値しないものでした。」(那須雪崩事故遺族・被害者の会・第17回公判 結審 論告求刑)と、厳しい声が見られる。

 弁護側の最終弁論に象徴されるような被告の弁解が遺族の感情を逆撫でしたことは間違いなく、それが峻烈な被害者・遺族の感情として実刑へと繋がったことは想像に難くない。ちなみに前出の2006年の白馬岳の遭難事故の二審判決(東京高裁判決平成27・10・30)は遺族による処罰感情などに触れておらず、その点が今回の判決と異なっており、そのあたりが多少なりとも実刑と執行猶予付き判決の違いに関係しているのかもしれない。

 登山講習会の会長でもある同部の顧問で、事件時は本部で指揮をとっていた猪瀬修一被告は事故の2日後、荒天で登山を中止し、ラッセル訓練を行った際には「絶対安全と判断していた」としながらも、結果として多数の死者を出したことについて「その判断を今、現在は反省しなければいけないと思う」と記者会見で微妙な言い回しで答えている(KYODO NEWS・責任者「絶対安全と判断」 栃木雪崩事故、初の会見)。

 ところが、今年2月の論告求刑公判では一転して被告弁護人は全員無罪を訴え、「目視や体感で訓練実施のための必要な情報を十分得ており、安全な訓練範囲を設定した。滑落は予見できても雪崩は予見できず、注意義務違反にあたらない。生徒が頂上に登る強い意志を有しており、菅又被告の制止を押し切って訓練範囲を逸脱した。3人の行為と雪崩による死傷事故に因果関係はない。」と弁論で語った(那須雪崩事故遺族・被害者の会・第17回公判 結審 論告求刑)。

 自らの潔白を主張するのは権利の行使として認められる。とはいえ、仮にそれが認められない場合、被害者感情を厳しいものにする、反省をしていないと見られるなどリスクがあることをどこまで被告は意識していたのか。

◾️学生の命を預かる教師という職業

写真はイメージ

 今回の判決を見てあらためて思うのは、教師という職業の責任の重さである。部活動の顧問として生徒を引率して登山に行き、現地での不適切と認定された判断の結果、多数の死者を出して刑務所に行きなさいという判決を言い渡された。

 部活動で学生を預かるのは安全を保障した上で指導を行うことが前提であり、安全には細心の注意を払わなければならないことがあらためて明らかになった。

 実刑判決が出た以上、被告3人は控訴してくる可能性はあると思う。それ自体は国民が公正な裁判を受ける権利が認められているのであるから問題はないが、前述の被害者感情などを考慮すれば、二審の東京高裁で執行猶予が付けられる可能性はそれほど高くないように思える。

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