太陽光発電の暴力老人 その人生(終)

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

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青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。
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 太陽光発電設備の合同説明会で住民を恫喝し、男性市議を負傷させた”暴力老人”N・H(80)の人生を振り返る連載、第3回をお届けする。これまで塀の中に落ちなかったN・Hだが、ついに”お縄頂戴”となる。自らの犯罪に関連して死者も出る事態へと発展する。

■刑務所の塀の上を歩くような人生

産地偽装を伝える当時の新聞

 国民銀行の不正融資の相手先となっていた(株)カミパレスの社長を名乗り、自らが代表取締役となった福一産業株式会社を使ってカラオケボックスの運営を行なっていたN・Hだが、国民銀行の問題が明るみに出て(株)カミパレスは破産し、福一産業も新たに作った「二十一世紀コンサルティング株式会社」に商号を譲渡する形で最終的に消滅。バブルに踊ったN・Hの「祭り」は終わった。

 カズノコ買い占め、後に実兄の社長が業務上横領で有罪となった北商の専務取締役、不正融資を受け、銀行の頭取は特別背任罪で有罪となったのに、融資を受けた会社の社長として刑事責任を免れるという、刑務所の塀の上を歩くような人生を送りながら、最後は塀の外に落ちる悪運の強さを発揮していたN・Hだが、人生はそれほど甘くない。

 カミパレスの破産宣告は1999年10月20日。その後、しばらくN・Hの消息は分かっていない。次に動きが確認できるのが2008年(平成20)11月1日、株式会社浜伸(東京都中央区銀座)の代表取締役に就任した時である。

 浜伸は1976年(昭和51)4月28日に有限会社として設立された。目的は「飲食店の経営、その他付帯する一切の業務」とされている。当初の代表取締役はH氏で、取締役には同じH姓の者がおり、おそらく2人のH氏は親子もしくは兄弟(ともに男性名)と思われる(参照・太陽光発電の暴力老人 その人生(1))。食品加工を行いながら、都内や埼玉県内ですし店を経営していたとされる。2005年(平成17)2月から、民事再生手続きが始まっており、民間信用調査会社による2008年(平成20)2月期の売上高は約8億円であった(読売新聞・日本経済新聞2008年9月11日付)。

 浜伸はおそらくH氏親子(もしくは兄弟)が始めた寿司・割烹店が法人化されたものであったのではないか。その経営が傾いたところで、N・Hらが乗り込んできたものと思われる。その時期は2004年(平成16)。同年11月16日にH氏らはそろって取締役を辞任。代わって代表取締役に就任したのが、かつての北商の代表取締役であったN兄である。

 N兄は1983年(昭和58)4月に業務上横領罪で懲役3年の実刑判決が確定しており、おそらく1986年(昭和61)上旬まで収監されていたのであろう。会社法(当時は商法)の規定で刑の執行を終えるまで取締役に就任できない(会社法331条1項4号)。刑期を終えたN兄がどのような生活をしていたのかは分からないが、法的に取締役に就任できるようになって活動を再開したものと思われる。同時に取締役として登記されたのが、太陽光発電のX社の取締役であるI、その1年後の2005年(平成17)12月1日には北商の常務取締役で、太陽光発電のX社の代表取締役のFが登記された。

 2006年(平成18)6月には有限会社浜伸を株式会社浜伸に商号変更して登記。その2年後の2008年(平成20)11月1日にN・Hが取締役に就任、同時に代表取締役として登記されている。

■浜伸のうなぎの産地偽装

 この浜伸がうなぎの産地偽装で世間の注目を集めることになる。当時、うなぎの産地偽装が各地で行われており、次々と摘発を受けていた。浜伸では2006年頃から東京・築地市場で1匹340円で仕入れた中国産うなぎのパックに「鹿児島産」などのラベルを貼り、「原産国 日本国」と記載された産地証明書を付けて1匹590円で販売していた。当時、国産うなぎの卸値は800~900円程度で、N・Hは「古い冷凍物だから」などと取引先に説明していたという。こうして2007年(平成19)9月から2008年8月まで中国産の冷凍うなぎ蒲焼約52トンを国産地を偽って約2億1000万円を売り上げ、約8000万円の利益を得ていた(読売新聞・日本経済新聞2009年6月10日付け、日本経済新聞2009年6月11日付け)。

浜伸に関する動き

 時系列を整理すると、浜伸の経営状況が悪化していた2004年11月からN兄らが経営に乗り込んできて、その3か月後に民事再生手続きを開始。会社の再建の道筋を立てる中、産地偽装に活路を見出したものと思われる。あるいは産地偽装をするために、浜伸の経営権を手にしたのか。2006年頃から築地市場で仕入れた中国産のうなぎを鹿児島産に偽装し、関連会社に卸してスーパーや料理店に流通させていたのである。

 この産地偽装について農水省に情報提供があり、農水省から連絡を受けた東京都が2008年7月に日本農林規格法に基づいて加工工場に立ち入り調査に入ろうとしたが、浜伸は拒否。そこで東京都は加工された蒲焼を購入し専門機関にDNA鑑定を依頼した結果、日本では養殖が難しい欧州産と判明した。東京都は立入検査を拒否されたため、警視庁に告発。9月11日、関係各所を家宅捜索した。

 浜伸がうなぎを卸した業者「弥生」も捜索を受け、その翌日に54歳の社長が自殺した。詳細な事情は伝えられていないが、浜伸が卸したうなぎを弥生が都内のスーパーに卸しており、結果的に弥生が産地を偽装された商品を消費者へ届ける役割の一部を負ってしまったことを負担に思ったのかもしれない。ここで不思議なことがある。浜伸に関する動きをまとめた表を見ていただきたい。2008年11月1日にN・Hは取締役に就任し、登記をしているが、この時点で浜伸は産地偽装で家宅捜索を受けている(捜索は9月11日)。逮捕・起訴は目前と思われる時期に、わざわざ取締役に就任している。

 

 当時の報道を見ると、社長は登記にはないN・Yとされ、N・Hと同じ苗字である。社長になっていたはずのN兄の名前は出てこない。そして、N・Yは、福一産業の商号を譲り受けた二十一世紀コンサルティング株式会社の取締役として登記されている。取締役就任は2004年(平成16)1月31日となっており、N兄らが浜伸の取締役となる10か月前である。2009年(平成21)6月10日、警視庁生活経済課はN・HとFら浜伸の幹部合計3人を不正競争防止法違反容疑で逮捕した。当時の報道を見ると、N・Hを「会長」とするメディアもある。実質的な経営者としている媒体もある。

 結局、N・HとFの2人は起訴され、8月26日、東京地裁で初公判が開かれ、N・Hは「私が一人でやったことです」と起訴内容を認め、幹部との共謀を否定した。一方、Fは「偽装と承知の上で加担した」と共謀を認めている。同年11月4日、N・Hは懲役2年執行猶予4年、罰金100万円(求刑懲役2年、罰金100万円)、Fは懲役1年6月、罰金100万円(求刑懲役2年、罰金100万円)の有罪判決を言い渡されている。

 司直の手が入り、逮捕は間違いないと思われる状況で代表取締役になり、初公判で単独犯行を証言する。自ら有罪となるのを望むかのような行動をどう解釈すればいいのか。確かに登記をしないで実質的な経営をしていたのかもしれず、責任を取るために登記を経由したのかもしれない。考えられるのは、N・Hが他の幹部を庇って、一人で罪を背負うというパターンである。報道通りならN・YはN兄の後に社長になっており、もしかすると、N・YはN兄の実子なのかもしれない。二十一世紀コンサルティングの取締役に名を連ねていることから、N・HやN兄の一族であることは間違いなさそうである。そうすると、N・Hは若い甥を庇うために罪を一人で被ろうとしたのかもしれない。もし、そうであれば、深い闇を見るかのようである。

■なぜ単独犯行を強調

北杜市に設置されているソーラーパネル(太陽光パネルの乱立から里山を守る北杜連絡会ブログから)

 こうしてN・Hは有罪判決を受けているが、その後は報道がないので判然としないが、初公判で起訴内容を認め、事実関係は争っていないであろうこと、また、執行猶予付きの判決であるから、おそらく上訴せずに確定したものと思われる。

 法廷ではN・HがFら他の幹部を庇うように、自分一人の犯行と証言している。このあたりを考えると、N・HとFの力関係ではN・Hが上であることは想像がつく。北杜市での太陽光発電の説明会でFがN・Hの暴力行為を全く止めようとしなかったのも宜なるかなというところである。

 そして、法廷でも両者の陳述が食い違っており、遵法精神もなければ、真摯な反省もしない人柄が透けて見えるかのようである。今回、N・Hは市議への暴行で書類送検されている。これまで連載を読んだ方には、N・Hにとってその程度の犯罪は”朝飯前”と感じる人は多いのではないか。

 合同説明会で女性から書類を奪う、怒鳴りつける、殴りかかろうとする、異常な行為の連続にネットは騒然としたが、3回の連載を見ていただくとお分かりのように、もともとそういう人生を歩んできた人であったというところに落ち着く。

 今、太陽光発電には悪質な業者が入り込み、環境破壊などお構いなしにソーラーパネルを設置していくことが問題となっている(参照・太陽光発電規制で悪質業者の排除を)。

 N・Hにも憲法が保障する経済活動の自由はあるので、太陽光発電事業に参入することが許せないとは言わないが、こうした遵法精神に欠ける人々が参入することで、最終的にソーラーパネルを設置される地域の人々が迷惑を被るというのは残念と言うしかない。

おわり

第1回に戻る)

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