独戦翌日もスポーツ紙売れず society5.0へ意識を

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 サッカーW杯カタール大会1次リーグ初戦が23日行われ、大方の予想を覆して日本が強豪ドイツに2-1で勝った。日本のサッカー史上最大級の価値を持つ勝利と言えるが、翌24日のスポーツ新聞の売れ行きはいまひとつのようであった。以前なら売り切れ必至の状況にありながら、都内各所のコンビニエンスストアを覗くと、ほとんどが売れ残り状態。もはやオワコンというレベルを通り越した存在とも言えるスポーツ紙に生き残りのための提言をする。

■コンビニの前の壁飾り化

いつものように売れません

 日本対ドイツは劇的な勝利となった。前半、PKで1失点、その段階では力の差は歴然と思われ、大量失点を予感した人も少なくなかったのではないか。しかし、後半、GK権田が4連発のスーパーセーブで失点を防ぎ、途中から入ったMF堂安、FW浅野と立て続けにゴールを決めて試合をひっくり返した。

 1993年のドーハの悲劇から29年の時を経て、W杯優勝4度の強豪・ドイツを悲劇のその場で1次リーグの初戦で破る大金星。日本のサッカーもここまで来たかと感慨に耽った人も少なくないと思われる。

 しかし、翌日のスポーツ新聞の売れ行きを見ると、いつものように売れ残っており、コンビニエンスストアの前の壁飾りと化していた。4箇所で写真を撮影したので、ご覧になっていただきたい。①が駅構内、④が駅を出てすぐ、②と③が市中にある店舗。

 ①は駅構内の店舗、午前8時50分なのでかなり売れていてもいいはずだが、各紙売れ残っている。市中の店舗は昼間に見たが、②は左端の日刊スポーツが10部程度残っているように見える。③は15時40分なので残りは少ないようだが、この時間になるともう売れることは期待できないので、最終的には返品されるのは確実。④に至っては夕刊紙と並べられているから、新聞としての価値はほとんどなくなっている。

 もはや見慣れた光景かもしれないが、W杯でドイツに勝った翌日の新聞である。それでこれだけ売れ残っていると、「一体、いつなら売れるの?」と聞きたくなる。「今日の新聞には1000円札が挟み込まれています」とでもしない限り売れそうにない。

 今回の勝利は従来なら翌日のスポーツ新聞があっという間に売り切れるぐらいの状況である。劇的な内容で歴史的勝利を飾った上、キックオフが日本時間午後10時で、試合終了が午前0時前後。そうなると、家庭に届けられる「宅配」では都内であっても試合結果は入らない。家で読む新聞は「日本とドイツが対戦」という見出しで、試合途中の写真が入り、原稿は試合前でも書ける内容しか入っていない。

 読む方はフラストレーションを溜めながら家を出ることになる。しかし、コンビニエンスストアなどで売っている「即売」は締切時間が遅いため、試合結果が入る完全版となる。そのため、人々は争って駅でスポーツ新聞を買うことになるーーそういう時代もあった。

■売れ残るのは当然

 実際、日本が初めてW杯出場を決めた1997年のジョホールバルの歓喜では、出場した選手の一人が帰国した時に「スポーツ新聞を買おうと思ったら、全部売り切れていた」と悔しそうに語っていたのを聞いた人もいるのではないか。

 2022年の今、多くの人は前日の試合をテレビやネット(Abema)で観戦し、その後の余韻をネットで楽しむことになる。選手のコメントや新聞やテレビの速報記事、SNSでの書き込みを確認する。少し変わったところでは、日本の勝利に対する海外の反応を日本語訳してアップするサイトもあり、そこを見るのも悪くない。

 それは翌日の電車内でも同じで、スマートフォンで新しい記事や書き込みはないかを確かめる。一通り情報を仕込んだら、駅のコンビニでスポーツ新聞を買う気など起きない。こういっては申し訳ないが、新聞記者のサッカー担当も半可通と言っていいレベルで、サッカーの技術論などを読みたい、聞きたいと思えばAbemaの元代表の本田圭佑氏の解説の方が遥かに聞く価値がある。

 こう考えると、スポーツ新聞は即売を買ってもらえる要素はほとんど見当たらない。ドイツ戦の翌日でも売れ残るのは当然と言えば当然である。

■スポーツ新聞とsociety5.0

 僕は日刊スポーツ新聞社の出身であるが、今の経営陣に「society5.0」を知っているかを聞いてみたい。これは政府が策定した第5期科学技術基本計画(2018年)で日本が目指すべき社会として示されたもの。基本計画では人類がこれまで経験した社会とこれからの社会を狩猟社会(society1.0)、農耕社会(society2.0)、工業社会(society3.0)、情報社会(society4.0)、そして超スマート社会ともいうべき新しい社会(society5.0)に分類。第1次産業革命で工業社会へ入り、第2次産業革命で軽工業から重化学工業へと中心が移った。そして第3次産業革命でコンピューターやインターネットが普及し情報社会へと入った。

 情報化社会のsociety4.0では、フィジカル空間にいる人々がサイバー空間にアクセスして情報を入手・分析していた。それがsociety5.0ではビッグデータをAIが解析し、高付加価値な情報、提案、機器への指示を行い、新たな価値を創造する。

 「society5.0とは、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において日本がめざすべき未来社会の姿として提唱されました。」(新しいみんなの公民 育鵬社 P199)

society5.0のイメージ(内閣府HPから)

 これによると新聞はsociety3.0の時代の産物である。情報化社会のsociety4.0では、サイバー空間にアクセスして情報を入手・分析するのであるから、まさに新聞社が運営するネット空間がそれにあたる。

 スポーツ新聞の経営陣はこのsociety5.0の時代にどうやって生き残っていくかを考えているのであろうか。各社がネットで情報発信を始めてsociety4.0に対応しようとしたのはいいが、今でも収益構造はsociety3.0の時代の新聞販売が主流とあっては、いずれ業界全体が消えてなくなるのではないか。

 AIが記事を作成する時代も近いと言われている。それを利用して、AIが1人1人のユーザー、読者が興味を引きそうな記事を提案し、膨大な情報から読者によって不要な記事を取り除いて提案していく時代が来るかもしれない。もちろん、広告も、その効果を考えてAIが決定する。これは既にネット広告では実施されている。

■対独戦翌日の売れ残りを重く受け止めよ

スポーツ新聞に明日はあるか(写真はイメージ)

 情報はいつの時代でも重要で、情報を得たいという人々の欲求はこれから先も続くはず。その意味ではメディアが発信する情報への需要は減ることはないと思われる。

 しかし、時代に合った情報提供方法を模索していかないと、いずれは消え去る運命にある。

 ドイツ戦の翌日にも売れなかったという事実は重く受け止めなければならない。そして、これからの時代をどう生きていくかを真剣に考えるべき時が来ていることを認識した方がいい。

 このまま何もしなければ、やがてスポーツ新聞は消え去る運命にあると思う。朝日新聞などの一般紙も同様である。OBの1人として業界全体、それが無理なら1紙でもいいので生き残ることを望んでいる。

"独戦翌日もスポーツ紙売れず society5.0へ意識を"に2件のコメントがあります

  1. MR.CB より:

    》》ジャーナリスト松田様

    いよいよ親善試合ではなく、ワールドカップで日本がドイツを倒す日が来たんですね。なんと小生はふて寝をして日本チームの歴史的快挙を見逃してしまいました(笑)。直前の強化試合をテレビで観て、「カナダに勝てない日本がドイツに勝てる訳がない」と勝手に腹を立てて観ませんでした。
    まさに俄かサッカーファンの極みですね。

    ともあれ松田さんが懸念される新聞をはじめとするテレビなど既存の媒体が困窮する現状。小生も感じております。いつの間にかスポーツ紙を買わなくなってかなりの時間が過ぎました。今では競馬さえも月契約の電子版で予想しています。残念ながら的中率は全く変わらず生産性も一向に向上しません。
    かと言って完全に“紙文化”を否定して生活から排除している訳ではありません。日経新聞は電子版に数ヶ月は切り替えましたが、どうしても読む記事が偏り情報の漏れが多くなったので新聞紙に戻しました。また書籍に関しても電子書籍は自分にはしっくりこず、未だ本棚の整理に困る毎日です。昭和生まれの小生にとってsociety5.0は、頭では理解していてもこれまでの習慣が染み付いて上手く適用出来ないと言ったところですね。私的には、これもハイブリッド思考だと勝手に解釈しています。
    毎朝の通勤時にキヨスクのスポーツ紙の棚を、今でも無意識に眺める自分がいます。あらためて松田さんが撮られた駅売などの写真を見ると、なぜか罪悪感を抱いてしまいました。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>MR.CBさま

       今回、スポーツ紙の棚を見て、衝撃を受けました。昔は駅の売店で、人の背より高く並んでいましたが、もう、そんな時代はやってこないのでしょう。過去の遺物になりつつあるのを実感しました。根本から考えを変えないと生き残れないでしょう。宅配をやめてネットと即売だけにする、ぐらいの改革をしなければいけないと思いますが、それをするだけのパワーを持った人は会社にはいないと思います。この先、ゆっくりと死を迎えることになると思います。

       22世紀の博物館に展示され「昔は紙に情報を印刷した冊子を配っていた」と説明がつけられるかもしれません。

       ドイツ戦には感動しました。以前の記事で「選手の質は高いが、監督がダメ」という趣旨の文章を書きましたが、ドイツ戦に限っていえば監督の采配で勝った部分は大きかったようです。

       ただし、スペインがコスタリカに7-0で勝って、勝ち点3.5を取ったようなものですから、日本は厳しくなりました。最終的に勝ち点6で3チームが並び、得失点差で決勝トーナメント進出ならずという可能性もかなりあるように思います。W杯は簡単ではないなと思わされます。

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